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もろもろ

「古代ローマの庶民たち」とかいう本を読んでいると、その中に奴隷の章があった。奴隷って庶民ではないと思うんだがな。

唐宋史料筆記叢刊の『曾公遺録』を入手したので、気に入ったところだけぱらぱら読んでみる。当事者の一方的な発言なのでなかなかおもしろい。しかし言葉で残る以上は行為といえども主観を離れないわけだから、この紀事がそっくり偽物だと、なかなか笑える話ではある。

ついでに唐宋史料筆記叢刊の銭塘遺事校箋考原。どうも特定の人が編集すると、異様に注が多い。それを目的に編集したからそういう書名になっているのだろうけど、注がメインなのか本文がメインなのかよくわからない。注は本文の通読に邪魔なんだがな。もっともこのシリーズは研究目的で使うことが多く、一般人が趣味でよむものではあるまいから、それでいいのかもしれない。

全宋筆記は三輯まで買ってやめたが、唐宋史料筆記叢刊はたまにしか発売されないので、新刊を見るとついつい購入してしまう。研究しているわけでもないのに、無意味なことだ。

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どーでもいいこと

高校生の頃、韓非子か何かの解説で、地中海世界の方が変化(言語とか気候とか)が大きいとか書いてあって、当時は中国の古典が好きだったので、妙に反感を持ったものだが、たしかに最近はそう思わないでもない。もちろん中国も広いから気候は異なるし、実際に話している言葉の発音もかなり違うのではあるが、差異の大きさという点では地中海世界の方が大きく感じはする。もっとも、それは私が漢籍は読んでもラテン語もギリシア語も全く読めないからそう思うのか、それともやはりそうなのかはよくわからないけど。

それはそうと、諸般の都合で嫌々ながら北宋末の女真の進撃ルートを調べているのだが、手頃な地図がむつかしい。地図をかく技能があれば、作成したりするのだろうけど、ないものは仕方ない。いや、手書きという意味ではないけどね。もちろん手書きでもかけないけど。InDesignCS6を購入したとき、セットでIllustratorもついてたけど、使い方もよくわからないレベルなので、どうにもならないな。

特になにも書くこともないが

唐宋史料筆記叢刊がしぶとく続きを出すとすると、ますます全宋筆記と区別がつかなくなる。わたしは全宋筆記よりも、唐宋史料筆記叢刊の方がレイアウト的にも、本の大きさ的にも、使いやすいと思うが、それはともかく、唐宋史料筆記叢刊はどこまで出すつもりなんだろうか。全宋筆記は、その名のとおり、宋代の筆記類はすべて出すつもりだろうなあ(解釈の違いで漏れるのもあるだろうけど)。

1月頃は春秋権衡を読み進めていたが、別件が横から入ったおかげで、それもずっと止まったままになっている。別件はなかなか片付かないから、始めようもない。どうしたものかな。

そういえばサイトの方に残している高畠関係のデータは、2006年からはじめたらしい。もう十年も前になるのか。あのころは高畠さんの文章を読むのが楽しかったな。いまでもおもしろいことはおもしろいが、さすがにあの頃ほどのおもしろさはなくなった。トシをとったからかもしれないし、手に入れやすい文章はほぼ読み終わってしまったからかもしれないけど。

経話上篇

ねる前に少しずつ『廖平全集』の経話を読んでいるが、経学雑記的なところがあって、まあまあおもしろい話もある。もちろん中には廖平の経学説(第二期以降の)を証明しようとして、すこぶる退屈なのもあるけど、備忘録的に書いていたり、学問教授上の教訓を書いていたりするのは、実地に即していて(即しているように書いているだけかもしれないけど)、興味深い。ひとつふたつ紹介したいところだが、いまは別の本の訳注に時間をとられているので、また今度にしよう。

権衡211

二一一 八年、「公子遂会雒戎盟于暴」(公子遂 雒戎に会し暴に盟す)。【注1】左氏は「之を珍とするなり」【注2】という。言うこころは、公子遂が権に戎と盟を交わしたのは、事の宜を得たものであるから、褒めて公子といったのである、と。間違いである。もし両つながら公子と記しているので【注3】褒めたと見なすのであれば、僖三十年の「公子遂如京師、遂如晉」(公子遂 京師に如き、遂に晉に如く)は貶したことになる。あちらで貶したといわないのは、なぜだろうか。【注4】

【注】
1 経は「冬、十月、壬午、公子遂会晉趙盾、盟于衡雍。乙酉、公子遂会雒戎、盟于暴。」と続く。暴の盟に対して、杜預は「公子遂不受命而盟、宜去族。善其解国患、故称公子以貴之」(公子遂 命を受けずして盟すれば、宜しく族を去るべし。其の国患を解くを善みす、故に公子と称ひて以て之を貴ぶ)と注す。
2 伝は「冬、襄仲会晉趙孟、盟于衡雍。報扈之盟也。遂会伊雒之戎。〔伊洛之戎、将伐魯。公子遂不及復君、故専命与之盟。〕書曰『公子遂』、珍之也。〔珍、貴也。大夫出竟、有可以安社稷、利国家者、専之可也。〕」(冬、襄仲 晉の趙孟に会し、衡雍に盟す。扈の盟に報ずるなり。遂に伊雒の戎に会す。〔伊洛の戎、将に魯を伐たんとす。公子遂 君に復するに及ばず、故に命を専らにして之と盟す。〕書して『公子遂』と曰ふは、之を珍とすればなり。〔珍は貴なり。大夫 竟を出ずれば〕、以て社稷を安んじ、国家を利すべき者有れば、之を専にするも可なり。〕)という。〔〕内は杜預の注。
3 本経の前にも「公子遂会晉趙盾、盟于衡雍」と公子遂を記していることによる。したがって「公子遂如京師、遂如晉」において公子遂を褒めるには、「公子遂如京師。公子遂如晉」と記さねばならないはずだと言いたいのであろう。
4 『権衡』巻四・一九〇条を参照。なお「公子遂如京師、遂如晉」の主題は「遂」であり、そこで明確な褒貶は発されていない。

【参考】
・劉氏伝……曷為れぞ再び公子遂と言ふ。之を与せばなり。
・意林に説なし。

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HN:江藤清通
かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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