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ビー玉・オーロラ・光る玉

子供のころ、私はビー玉が好きだった。おそらくピカピカ光るのがよかったのだろう。カラスでもあるまいに、光りものが好きというのも考えものだが、そのビー玉好きは今も続いている。

とはいえ、私も今ではいい大人だから、ビー玉を買いあさるようなまねはしないし、そんなものに出費もしたくない。珍しいビー玉が売られていると、ちょっと気になるという程度になっている。だからビー玉ファンからすると、もっとも不熱心な部類にはいるだろう。

ビー玉に興味のない人はご存じないやも知れないが、ビー玉というのは思いのほか種類が豊富なのだ。おもちゃ屋や文具売場に置かれている錦玉や青黒いものから、はてはガラス屋やインテリアショップに売られている趣向を凝らしたビー玉まで、実にさまざまな種類がある。中には蛍光塗料を素材に用いた蓄光ビー玉というのもあり、しばらく光にあててから暗闇に置くと光を放つものまである。

豊富な種類に彩られたビー玉は、それぞれに魅力的で、見ていて飽きない。そんな魅力的なビー玉の中でも、私が最も気に入っているのは、「光るビー玉」といわれるものだ。この「光るビー玉」にはいろいろな名称があるらしく、他にも「オーロラ」や「油玉」とも呼ばれているらしい。私は子供の頃に店員から「油玉」と教えられたので、以来それに愛着を覚えているが、世間では「光るビー玉」や「オーロラ」の方が有名らしい。

ところで、このオーロラ(光るビー玉)にはどのくらい色の種類があるのだろうか。むかし私が持っていたオーロラは、赤と青、黄と緑、そして透明(クリア)の五色だった。ネットの通販を調べて見ると、店によってまちまちのようで、赤と青と透明(透明はオーロラでない場合もある)の三色が多く、ままそこに緑と黄が加わるらしい。しかしどうも赤・青・緑・黄・透明の五色が基本になっているらしい。

オーロラに愛着を感じる私としては、もう少し色のバリエーションが欲しいと思っていたところ、しばらく前にトチギヤというところで九色のオーロラを発見した。興味のある人はリンク先を追ってもらいたい。赤(レッド)と黄(イエロー)、クリアの単独色と、緑三色(ライトグリーン、グリーン、エメラルドグリーン)、青三色(ブルー、ライトブルー、コバルト)、総計九色のオーロラが見つかるだろう。

オーロラを手に取ったことのある人なら分ると思うが、オーロラというのは、品によって少しずつ色に差がある。それこそ油の混ざったような非常に色の濃いオーロラから、普通に赤や青が光っているだけのオーロラまで、いろいろあるのだ。だから同じ店で購入しても、玉によって色の濃淡に違いがあることも珍しくない。もちろん差があると言っても、いわゆる品質管理が悪いというのではなく、違いが分かるというたぐいのものだが。

ではこの九色のオーロラは大丈夫だろうか。九色に分けるほど、色に差はあるのだろうか。たしかに赤と黄は単色だし、クリアはそもそも無色だ。問題は青と緑である。

じつはこれ、あまり区別がない。上のトチギヤさんの写真からも分かると思うが、実際に手にとって見てみると、青系と緑系のオーロラは、相互にかなり色が近い。特に緑系のライトグリーンとエメラルドグリーン、色の薄いグリーンは、混ざると区別するのが大変だ。これは薄い色のブルーとライトブルーの間にも当てはまる。ただし同じ青系でもコバルトだけは全く問題ない。さすがにコバルト。コバルトだけは全くもってコバルトだ。

子供のころは、赤と黄と青と緑と透明の五色以外に、もっと色の種類はないものかと思っていた。いや、実際に九色のオーロラを手にするまでそう思っていた。しかし青と緑の三色を手に取ると、なるほど五色くらいが綺麗なのかも知れない。とりわけ赤と青は色が鮮やかで目立っている。これこそ特別に二色だけが販売される理由なのだろう。

もちろんオーロラはインテリアとして用いるもので、上のトチギヤさんも業務量に販売しているのだ。だからグラデーションを演出するときは、むしろ緑系や青系を利用した方が綺麗だろう。九色のオーロラが売られ、その販路がある以上、各々に各々の存在理由があると言わなければならない。赤・青が綺麗だというのは、単にオーロラをオーロラとして、個人が眺めるときだけにすぎない。


トチギヤさんでオーロラの購入を考えている人に補足。

トチギヤさんには九色のオーロラが売られている。それらは業務用のため、1箱単位で販売されており、1箱あたりのオーロラの数も多く、その分値も張る。しかし個人でオーロラを楽しみたい人のためにか、1箱に複数色のオーロラを詰め込んだ「ミックス」なるものが発売されている。しかしこの「ミックス」はあまりお勧めできない。ライトブルーやライトグリーンが入っていない場合があるからだ。だからどうしても珍しいオーロラを手に入れたい人には、値は張るだろうが、個別に購入することをお勧めする。


改訂:2010/02/15(文字遣い)

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テーマ : 日記
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カードキャプターさくら THE MOVIE COLLECTION

カードキャプターさくら THE MOVIE COLLECTION (初回限定生産)カードキャプターさくら THE MOVIE COLLECTION (初回限定生産)
(2007/05/25)
丹下桜、岩男潤子 他

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部屋を整理していたら,『カードキャプターさくら THE MOVIE COLLECTION』が出て来た。今更もいいところだが,予約開始と同時に急ぎ予約して購入したのだ。もっとも,買って手にとって喜んで,それで本棚にしまったまま,今日まで鑑賞もしていないのだから,いい加減なはなしではある。

DVDは高いので滅多に買うことはないが,たまにこの手のものを買うことがある。さくらは,このMOVIE COLLECTIONが出る前に(二三年だったか一年だったか忘れた),DVD-BOXが発売されて,大枚はたいて購入した。もちろん今でも手許にある。こちらは全部見たはずである。(でかすぎて邪魔なんだが。いや,決してさくらが邪魔なんじゃない,箱が邪魔なんだ)

DVD-BOXの方は,二三箇所,音飛びがあって幻滅した。それに購入得点のフィギュアにはちょっとね,期待はしてなかったけどさ。それとインタビュー....レーベルといい,箱(ボックスね)といい,何かにつけて不満が多くて,アマゾンのレビューにも,発売当時にはその手のことが書かれてあった。中味はいいんだから,もう少しその辺を考えて欲しいとかなんとか。私も全く同感だ。

今更いっても仕方ないんだが,高い金だしてんだから,もう少し考えてくれてもいいだろう,別に普通の箱にするだけなんだから金がかさむわけでもなかろうし,レーベルだってブツブツ....これでは折角のさくらのすばらしさがブツブツ....やめとこ,いろいろ不満があったから。

そういう意味で,BOXには少々残念なところがあったわけだが,MOVIE COLLECTIONはどうかというに,これは個人的には満足している。以下,今更もいいとこながら,敢えて説明してみる。

まず中味。

『カードキャプターさくら THE MOVIE COLLECTION』は,1BOX,中に2セットのDVD及びその収納ケースが入り,解説書,DVD利用方法,本作品の広告(裏面は同時発売のCLOVER),バンダイビジュアルの広告(私のは発売日前後のもので2007年6月の広告),EMOTION FAMILY CLUBポイントシートからなっている。

広告その他はいいとして,まずBOXは,封印のコスチューム(赤い方)を着込んださくらが大きく描かれている。これはアマゾンのサンプル画像を見て頂ければ分ると思う。個人的にはこのBOX表紙のさくらは非常に綺麗に描かれており,これだけでも買って得した気分になった。ホントホント。


次に附録の解説書。

表紙は,まず表が香港編の時のさくらと知世のセット。どこかで一度使われた絵だったようにも思うが,思い出せない。私のさくら病も落ちてきたかな....ともかく,さくら・知世ともにチャイナドレスを着込んでいる。解説表紙の裏は,これも香港編の最後の封印時のコスチュームのシルエット。これは普通だ。

解説の中味だが,まず香港編のさくら,知世,小狼などの絵と若干の解説。「絵」はデッサンではなく,作中の映像を絵におこしたもの。(なぜかケロちゃんだけは線がだったが,まあケロちゃんは線がでも分るから)人物紹介の後に,香港編に登場するクロウカードが写真入りで解説。名場面の写真はない。次に封印編。これは香港編と同様。最後に劇場版『ケロちゃんにおまかせ!』キャラクター紹介がある。

この後,解説書にはケロちゃん役の久川綾氏のインタビューが見開き2頁で載り,劇場版さくら関係のグッズ一覧(CD,コンプリートブック,パンフレット)が続き,最後にさくらの歴史がちょこっと記載されている。最後は単行本各種,テレビ版の設定画像,DVDBOXと,ツバサ(アニメの)の写真が少しずつ挿入されている。以上,解説書冒頭からここまで,総計14頁になる。

解説書の中味は至って普通だが,さくらのコスチュームが完全に写真で収められているのは高得点である。ただ,コンプリートブックとかシングルCDとかは,本作発売時には手に入らなかったと思うんだが,これはアリ?それともこれを買う人間は,持ってて当然なのかね?これみて思い出せってこと?いいんだけどね。思い出したし。


次に問題のDVDの中味。

リマスター版は,音飛びとか配色が違いすぎて見た感じが変りすぎだとか,いろいろと問題の起こる場合もある。で,今回のため,私も久しぶりにさくらちゃんの勇姿を見たわけだが,結果,綺麗に仕上がっていたと思う。少なくとも,リマスター版である本作だけを見て,もとと違いすぎて不快に思うことはなかった。え?もちろん,単品のDVDももってるよ。


DVDの中味は問題ないので,次にその収納ケース。

まず香港編と封印編,両方とも表はむかし使われた絵を再利用しており,裏はさくらと知世(香港編),さくらと小狼(封印編)のシルエットが描かれている。こちらも綺麗な出来である。ケースを開くと両者ともに見開きに絵があるが,これも昔の絵が再利用されている。

が,しかし,問題なのはDVDのレーベルである。まえのDVD-BOXは....というのはおいといて,これが実にいい!非常に美しい出来栄えである。さくらのコスチュームに準じて,香港編は青,封印編は赤の,透き通るような色遣いのレーベルが貼られてある。ほんと,見ていて気持ちいい色遣いである。


総評。
この『カードキャプターさくら THE MOVIE COLLECTION』は綺麗だ。それに尽きるとは思わない,というか,さくらのかわいさを置き去りにしてそんなことはとても言えない。が,とにかく綺麗だということだけは何度も言いたい。

このMOVIE COLLECTIONを買った(買う)人の中に,現役でさくらを見ていた人が何人いるのか知らない。多分そういう人は,買っても見る時間がないか,見るに憚られる環境にいるだろう。しかし,さくらにまだ未練があるようなら,これは是非買っておくべきだ。見るに越したことはないが,もし見られなくても,さくらが好きなら,このBOXを眺めるだけでも,さくらの透き通った心に触れることができる。そんな気持ちにしてくれる。いやぁ,ほんと素晴らしい出来だ。

ああ,そうそう,私はこれを買ってDVDは見なかったけど,中味はもちろん全部確認したよ,買ったとき。で,上に書いたこととほとんど同じ感想を持ちましてね。だから,いまさら気付いたというわけではありません。

……それにしても,我ながらなにを馬鹿なことを書いてるのかしらん。



しかし,私はさくらから儚さを感じたことは無いんだが,他の人はどうなんだろうか?

テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

陽明学とその文献

と、もっともらしいタイトルを付けてみたが、そんな大した話しをするつもりはない。

中国思想の中で、『論語』や『孫氏』といった諸子百家のものを除くと、日本で一般に知られているものはほとんどない。その数少ない中ではあるが、相対的に結構な知名度と人気を誇っているのが、陽明学ではないかと思う。陽明学の対(というわけでもないが)のはずの朱子学はというと、今一つ人気がない。これは誰かさんが封建反動思想だとかなんとか言ったせいかどうかは知らないが、ともかく陽明学というのは、妙に人気がある。

とはいえ、陽明学といって出て来るのは、王陽明(王守仁)その人の生涯か、『伝習録』であって、極めて稀に王龍渓(王畿)と王心斎(王艮)の名前が出て来る。試みに、心許ないウィキペディアで陽明学を調べてみると、陽明と龍渓と心斎には独立のページがあるようだが、その他の人物についてはページがないのはもちろんのこと、場所によってはリンクすら貼られていない。

ちなみにウィキペディアの「陽明学」の項目は、どなたが執筆なさったのか知らないが、ずいぶん熱の入った作られようである。というか、島田先生と荒木先生の合作のような出来になっているのは気のせいなのだろうか?

閑話休題。陽明学について語る場合、善かれ悪しかれ、黄宗羲の『明儒学案』がよく引かれる。こういうとツウの人から黄宗羲の独断的史観を頼るのは間違いだ!的な御言葉をいただきかねないが、その場合は「明朝の思想に見るべきもの、価値のあるものはなく、ただただ陽明学は不毛で誤謬に充ちた学問だった、ただ江戸の日本人に好む奴がいて、近代以後にも熱狂的なファンが一部にいただけだ」という、身も蓋もない結論になってしまう。だから陽明学を意味づけようとすれば、どうしても黄宗羲の『明儒学案』にいきついてしまう。別にそれが正しいというわけではなく。

で、便宜的に『明儒学案』を調べると、陽明学というのは、まず陽明と龍渓という陽明地元集団と、江西周辺の学者、そして泰州の一派(王艮の学統)の、大きく三派が存在する。そして黄宗羲の考えでは、この三派の中、陽明の正伝を受け継いだのは、江西の陽明学者だということになっている。

江西の陽明学者、江右王門と呼ばれる人々の中、主だった名前を挙げてみると、鄒東廓(鄒守益)、欧陽南野(欧陽徳)、聶双江(聶豹)、羅念菴(羅洪先)の四人が挙がる(本当は羅念菴ではなく劉両峯(劉文敏)だが、史料の関係で普通は羅念菴を挙げる)。これ以後になると、王塘南(王時槐)と万思黙(万廷言)、定宇(以瓚)あたりが大物として名を連ねる。『伝習録』でお馴染みの陳明水(陳九川)も江右王門に入るが、扱いは必ずしも高くない。ちなみに丸括弧内が姓名で、外のは姓+号である。

これに陽明地元の龍渓と、もう一つ、王艮の一派(泰州学派)が加わることになる。泰州一派は、今でこそ王学左派とか、陽明学左派とか、現成派とか呼ばれ、陽明学内部で有名になったが、黄宗羲の私見では、彼等は異端なわけである。もちろんこれが正しいかどうかは別である。

それはともかく、陽明学を扱ったちょっと高級所の本を読むと、大抵彼等の名前を見かける。彼らがいかに重要か力説されてある。しかし遺憾なことに、陽明学ファンには彼等の名前は届いていないらしい。もちろん陽明学の精神は『伝習録』にあるのだから、それさえ読んでおけばいいというのは一応の理屈だ。そういう行き方をするのが、陽明学者的な行き方、あるいは日本の陽明学者的な行き方なのかも知れない。

これに対して、「陽明学を語る以上、陽明とその高弟のことくらいは知っているべきだ」というのは、いかにもインテリぶった考えのようでもあるし、私も嫌らしいと思う。しかもそういうインテリ先生に一つ聞いてみたいのは、そもそも陽明学ファンがいかに陽明高弟の思想を知ろうと思っても、現実的にはかなり難しいのではないか、という根本的な問題だ。

仮に原典――即ち漢語で書かれたものであっても、例えば江西集団の場合、鄒東廓、欧陽南野、聶双江、羅念菴は前にも書いた『陽明後学文献叢書』に収められ、現在でもそれなりの値段で購入できるが、それ以外となるとなかなか面倒である。劉両峯はそもそも著作をほとんど遺さなかったので論外だが*、王塘南は『四庫全書存目叢書』に文集が取られており、私も機会があって拝見したが、彼の現存著作には巻数の違う文集が別に存在するため、本当に研究しようと思う人間には面倒なのだ。万思黙は尊経閣文庫に文集が収められており、孤本だとされており、京大と台湾と北京には尊経閣の影印本が収められている(私は未見)。定宇の文集は何種類かあるようだが、私が見たのは『文潔公佚稿』十巻で、何かの叢書に入っていた記憶がある。『明儒学案』収録の語録と相違があったので、他の版本も見る必要があるだろう。

一方、龍渓の文集は『陽明後学文献叢書』に収録されているが、王艮の全集は、実は簡単に入手できない。これ以外の学者は、江右といい、泰州といい、顔山農(顔鈞)や何心隠のような唯物的だとか何とかで評価された人間を除くと、原典すら容易に見ることができないのだ。見ようと思えば、大学の図書館へ見に行くしかないが、大抵この手の本は線装本だから専門書庫に収められてあって、普通の人は見られない。また影印本であれば複写不可だから(マイクロ可のところもあるが、値段が素晴らしい)、その場で読んで帰るという、神業を演じる必要が出て来る。いや、そもそも研究者でもない一般人が出向いていっても、門前払いされる懼れの方が高い。

これらは原典の話しだが、日本語訳となると、これはもう無いに等しい。日本語訳というべきか問題もあるが、一番多くの文章を収めているのは、『陽明学大系』の『陽明門下』上中下だろうと思う。これは上に挙げた王龍渓、王心斎、鄒東廓、欧陽南野、聶双江、羅念菴を中心に、周海門などの有名どころの文章を収めたものだ。ただし訳文は伝来の書き下し文で、まま読み誤りもある。では日本語訳はとなると、王心斎のものが『シリーズ陽明学』の一冊として出版されているくらいで、他はないに等しい。

こんな状態では、日本で陽明学について学ぼうと思っても無理だ。もちろんインテリ先生の書いた本だけを読んでおけばいいというのなら話しは別だが、我が日本ではやらせようとか、認知度を広めようとか思っているなら、まずは何よりも必要な文献が日本語で読めることが必要である。これは一見、英訳でいいではないかというグローバル化と反しているように思うかも知れないが、如何せん思想は人であり、人は大地に生きており、大地を離れて存在し得ず、結局はその地元に受け容れられるような形で思想を伝播していかなければ、思想そのものが広まらない、と私は思う。未来はともかく、少なくともここしばらくは。陽明学関連の著作を翻訳しようという奇特な人間でも現れない限り、日本には『伝習録』の思想しか流れないのだろう。

もちろん私は陽明学が嫌いなのだから、そんな紹介をしようとは露ほども考えたことはない。悪しからず。


* 劉両峯の史料は『明儒学案』に引かれる「論學要語」がほとんど唯一の史料である。もしかすると地元に何か残っているかも知れないが、私はそこまで興味がないし、調べようという気持ちもない。

テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

林癸未夫『随筆天邪鬼』

林癸未夫氏は,一時期,我が国において国家社会主義を唱えた一人である。林氏の著作については,前にいい加減な目録を作ったことがあるが,その中に「随筆」なるものが含まれていた。
随筆というのは,その人間の思考の来歴を知り得る場合があり,思想的に特徴ある人間の場合は是非とも読んでおきたいものである。林氏の随筆は国家社会主義提唱後(あるいは終了後)に出版されているだけに,私としてはこの随筆『天邪鬼』によって,もしかしたら林氏の国家社会主義理論の片鱗を知り得るのではないかと期待していた。というわけで,しばらく前にようやく本書を見つけて,勇み読んでみたわけである

結論から言うと,『随筆天邪鬼』は,林氏の国家社会主義と全く無関係だった。

以上。


何というか,本書は林氏の幼少時代の思い出や,嗜好品,遊び(碁など),息子さんのこと,大学での授業方法(人気の取り方)etc....というもので,私の期待していたような,国家社会主義の理論だとか,発想だとか,国家社会主義者との会合の話しだ,などというようなことは見られなかった。

善くも悪くも,林癸未夫という人は,常識的な人間だったようだ。もちろん個性的なところもあるだろうが,それも人間なら誰でもあるという程度のものに過ぎない。強いて成果を求めるなら,第一に,林癸未夫『随筆天邪鬼』には国家社会主義理論は説かれていないということと,第二に,こういう常識的な人間が国家社会主義を唱えていたということが確認できたということくらいだろうか。

考えて見れば,林氏の国家社会主義理論の大綱である『国家社会主義原理』も,仰々しき国家礼讃しているだけで,実は真面目で地味な本であるような気もしないではない。ここらが同じ国家社会主義者でも,津久井龍雄氏や石川準十郎氏らの,主義者,活動家といった範疇に入る人々と,林氏のような学者との差だろうか。

ちなみに,林氏の国家社会主義は,津久井龍雄『異端の右翼―国家社会主義とその人脈―』(評伝・第六)に「林癸未夫の『国家社会主義原理』」と題して,簡単な解説(事実上の要約)がある。『国家社会主義原理』は古本屋でも内容の割に異様に高いので,簡単な概要を知りたい人には,津久井氏の解説が便利である。尤も,津久井氏の本も簡単に手に入らなかったりするが。

林氏の学説を直に読む場合は,『国家社会主義原理』『国家社会主義論策』『国家社会主義と統制経済』に見えるが,それ以外の著作は遺憾ながら私も全て見たわけではないので,詳細は不明である。関係ありそうな『西洋思想の日本化』あたりは見ておきたいので,これはまた機会があれば調べてみたい。(近くの大学図書館にあるのだが,何分,身分がないので見せてもらえない……らしい)

追記:2008/12/06
『西洋思想の日本化』を読み得たので感想文を書いた。

テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

孔子の資料(3)

前回の続き(訂正:2009/04/30)

(4)孔子の弟子

孔門の徒三千という表現をよく見かける。孔子晩年に多くの人材が孔子の門人だったという伝説である。『論語』にも孔子と弟子との問答は多いので,弟子も『論語』の主人公の一人(?)といっても差し支えないだろう。だから自然と弟子にも興味が集まる。

孔子の弟子の研究は古くからなされているが,基本的なものは『史記』孔子弟子列伝(弟子はテイシと訓む)が不可欠である。これ以外にも『孔子家語』の七十二弟子解が有名だが,既に述べたように『孔子家語』はややこしい本なので,価値的には『史記』孔子弟子列伝の方が上にくる。

しかし『孔子集語』と同じように,『史記』孔子弟子列伝や『孔子家語』以外の古籍から,孔子の弟子の言行録をまとめる人々もいた。『聖門十六子書』(聖門は「孔子=聖人の門人」の意)などはその大部な書物の1つである。これらはもともと各種の古典から孔子の弟子に関係する部分を抜粋したものなので,『聖門十六子書』そのものの翻訳はない(ただし引用された古典は各々翻訳されているはずである)。

『聖門十六子書』まで大げさな本でなくても,孔子の弟子の中でも特に有名で,ある程度の資料が残っている人間については,単行本も存在する。『曾子』と『子思子』がそれである。両者とも岩波文庫から出版されており,古本でも比較的安価で手に入れられる。なお曾子は孔子最晩年の弟子であるが,子思子(子思のこと)は孔子の孫の孔伋のことで,孔子の弟子ではない(曾子の弟子)。

岩波文庫版『曾子』は,曾子にまつわる記事をほぼ網羅しており,なかなか便利な本である。ただし訳文はいわゆる「書き下し」で,現代語訳でない点が惜しまれる。『子思子』も原文+書き下しのスタイルであるが,中庸・表記他の子思作とされる『礼記』四篇と,輯佚文『子思子』二篇,最後に『孔叢子』から子思関係文章を収録したものである。碩学の手になるものだが,書き下しなので現代の読書人にはやや荷が重い。

(5)その他の資料集

たまに見かけるものに,藤原正氏の『孔子全書』(岩波書店)がある。これは原文と国訳(書き下しう)を合わせたもので,孔子に言及のある有名な文献をほぼ網羅しており,便利と言えば便利な本である。誰が買うのか知らないが,最近,岩波からまた復刻(?)されたようで,私も最近本屋で見かけた。ただし2万円近くするので,金銭的にかなり余裕がないと買えない。

最近のものでは,明徳出版社から吹野安・石本道明両氏の訳注として『孔子全書』が出版されている。2008年3月現在で11冊,内10冊は『論語』で11冊目から『史記』に入った模様である。これは前の藤原氏のとは異なり,原文の収録のみでなく,著名な『論語』の注釈も併せ収めているため,現代向きではある。とはいえ,まだ『論語』相当部分までしか刊行されていないので,それ以外のものを知ろうという向きには,まだ利用し兼ねるところもある。

中国にはこの種の資料集が豊富に出版されている。なかでも最も網羅的なのが,『孔子資料彙編』と『孔子弟子資料彙編』である。両者とも『孔子文化大全』(もしくは『儒学精華大系』)の1つとして,山東友誼書社(もしくは斉魯書社)から出版されている。これは南北朝以前の現存資料から孔子とその弟子に関係する文献を根こそぎ集めたものである。両書とも1万円くらいするが,資料集としては便利で,孔子とその弟子たちがどこで何を発言しているか一目瞭然である。やや変則的な使い方にはなるが,原文を読めない人は,本書を利用して引用原典を探り,その引用原典の翻訳に当たり直せば,孔子とその弟子たちの発言の翻訳を読むことができる。ただし両書とも出版年が古いので,紙質が悪く,レイアウトも善くない。だから閲読にはあまり向かないという欠点がある。

資料集だけを求めるなら,『孔子資料彙編』と『孔子弟子資料彙編』の2つがあれば,普通はこと足りるだろう。これ以上は専門家の領域なので,足を踏み入れないことをおすすめする。

(6)原典

これも多数存在するので,翻訳に名前の頻出しそうなものだけを挙げておく。

何晏『論語集解』
皇侃『論語義疏』
邢昺『論語注疏』
朱熹『論語集註』(同『精義』『或問』)
胡広等奉勅撰『論語大全』
劉宝楠『論語正義』

何晏(かあん)の『集解(しっかい)』は古注の最高権威である。その系列のものに皇侃(おうがん)の『義疏(ぎそ)』と邢昺(けいへい)の『注疏(ちゅうそ)』がある。いわゆる十三経注疏の1つに数えられるのは,邢昺の『注疏』である。『義疏』と『注疏』は,『集解』の解釈に沿って『論語』を再解釈したものである。

経文は古い文章なので,文字の意味や論旨が分かり難い。そこで何晏は先行する学説を用いて,やや老荘風味に『論語』を解釈した。ところが何晏から数百年経つと,何晏の解釈(『集解』)も古くなり,文字の意味や論旨が分かり難くなった。そこで学識ある人が,何晏の解釈を襲いつつ,当時の言葉で『論語』を再解釈し,さらに何晏の『集解』も解釈した。これが皇侃の『義疏』と邢昺の『注疏』である(この再解釈の学問を義疏学という)。

朱熹の『集註(しっちゅう)』は新注の最高権威である。同『精義』は朱熹が『集註』を作るとき参考にした解釈の集まりで,『或問』はその是非を論じたもの。胡広らの『大全』は,古注に於ける『注疏』に対応するものだが,その評判は極めて悪い。ただ朱熹以後の学説を広く網羅しているので,新注系統の注釈を読む場合には参考になる。

劉宝楠(りゅうほうなん)の『正義』は,清朝考証学の成果を集大成したもので,清代の論語解釈を網羅的に調べるには,とりあえずこの『正義』を見ることになっている。

翻訳にはこれ以外にも多くの学者の名前が登場するが,上記のどこかに引用された学説である場合が多い。ただしこれらはすべて原文(中国古文)で書かれたものだから,漢文が読めないことには理解できない。これらの厳密な翻訳は,朱熹の『集註』を除いて存在しない。またそのような試みは多分なされないだろう。研究者にとっては拷問に等しい作業なので。


追記。

ここまで書いて1つ書き忘れを思い出した。『論語』の成立事情を落としていた。日本では武内義雄氏の『論語之研究』以来,いろいろな立場が表明されているが,今後の出土文献の情況によっては学説も変化しそうなので,触れないことにする。20~50年くらいすれば,定論をみるのではないかと思う。

テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

孔子の資料(2)

前回の続き。(改訂:2009/04/30)

(3)孔子の生涯

簡単に言うと,孔子は魯の襄公21年に生まれ,哀公16年に死んだ。しかしなかなか自分の理想通りの人生は歩めなかった。周王朝建国の功臣・周公丹の封国である魯に生れた孔子は,必ずしも幸福とは言えない幼少期を送り,諸種の学問を修め,理想の実現に向けて努力した。しかし昭公の放逐,陽虎との政争,隣国で大国で斉との抗争の果てに,夢やぶれて母国を去り,自分の理想を実現できる人を探して諸国を歴訪する。孔子の名声は諸方にも拡がっていたので,結構なもてなしを受けることもあったが,逆に厄介事に巻き込まれたこともあった。しかし14年にわたる外遊にもかかわらず,遂に孔子の意にかなう国は存在せず,また自身も老齢になったことを機に,母国魯に帰国し,後進の育成に当たることになる。

70近くになって母国に帰った孔子は,ここでも不幸に襲われた。まず息子の孔鯉が死に,ついで最愛の弟子・顔回(顔淵)を失い,さらに愛弟子の仲由(子路)も失い,失意のままその翌年に没した。その最晩年,すなわち顔回の死んだ翌年,子路の死ぬ前年,太平の世にのみ現れるという麒麟を獲て,遂に自分の道の行われないことを知り,後世に王道を託して作ったとされるのが,『春秋』である。

孔子の生涯については大昔から研究されている。特に『論語』各条の歴史的背景や意味は歴代の注釈に多く見える。有名どころでは,昨今の研究に基礎を与えた清朝考証学者の諸成果(劉宝楠『論語正義』など)や,近代以後の研究がある。しかし普通の日本人がそれらを読む必要はないし,また読むにはかなり高度な専門的知識を要する。だからその成果だけを読めばいいのである。ではその成果はどこに書かれてあるか。言うまでもなく,『論語』の翻訳の解説や付録(年表など)である。要するに,解説や付録の豊富な『論語』の翻訳を読めば,孔子の生涯に関するおおよその研究成果は入手できるのである。

ただそのような個別的な歴史ではなく,孔子がどのような生涯を歩んだのかを知ろうと思えば,おのずとそれ専用のものがある。孔子の生涯は金谷治氏の『孔子』(講談社学術文庫)が便利だが,孔子の生涯を概観するならば,結局のところ『史記』の孔子世家(こうしせいか)を読む必要がある。そもそも孔子の伝記の最古の編集物にして最後の拠り所は,この孔子世家を置いて他にないのである。

『史記』は歴代帝王の年譜を記した紀,諸侯の年譜を記した世家,専門分野の歴史である書,年表である表,そして各時代に活躍した人間の歴史を扱った列伝(伝)の5分類から成り立っている。孔子は諸侯ではないが,諸侯並みに扱われ,その生涯は世家に収められた。

『史記』の翻訳は筑摩書店に全訳があるが,少し読みにくい。現在,岩波文庫から世家と列伝が出版されており,世家は全3冊,孔子世家はその中巻に収録されている。孔子の生涯を知りたい場合は,まずこの孔子世家に目を通せばいいわけである。

しかし孔子の生涯とともに,最低限その周辺の政治的事件もあわせて知りたい向きもあるだろう。春秋時代の歴史そのものは,現代の教養書(「世界の歴史」とか「中国の歴史」など)に任せるとして,孔子の生涯とすり合わせるには,もう少し詳しい本を読む必要がある。これには大きく2つの方法がある。

まず最も簡便なのが,同じ『史記』の他の世家を読むことである。孔子の死亡,すなわち春秋時代までの王室の伝記は,『史記』本紀(周本紀)を読む必要があるが,諸侯の歴史は岩波文庫『史記』世家の上巻に収録されている。ただし『史記』の記述は簡略である。孔子の関係記事を探るために『史記』の本紀や世家を開いた人は,おそらく拍子抜けするだろう。この程度の知識であれば,それこそ翻訳本『論語』の解説の方が詳しいだろう。そこで孔子の活躍を詳しくしるには,どうしても『春秋左氏伝』を開く必要が生まれる。

『春秋左氏伝』(『左氏伝』『左伝』ともいう)は,経書『春秋』の注釈書とされている。しかし歴史的記述が豊富なため,経書の注釈書を離れ,単なる歴史書としても読まれてきた本でもある。収録範囲は魯の隠公元年から哀公27年までである。『左氏伝』は少し癖のある本で,経文(つまり『春秋』のこと)の配列にそって事件が列挙されており,事件の発端と顛末を手っ取り早く理解するには都合が悪い。しかし『左氏伝』は現存の史料の中で,孔子生存期間の歴史を最も詳しく書いており,孔子の時代を知るには不可欠の読み物である。そもそも年月日単位で『論語』の記述を追跡できるのは,本書に負うところ最も大きい。

『春秋左氏伝』も,『史記』と同様,岩波文庫に全3冊に収録されている。孔子の誕生から死亡まで,魯の君主でいえば襄公から哀公までは,岩波文庫の中巻と下巻に相当する。しかし孔子が著名になった後の歴史だけでいいなら,昭公から哀公を収めた下巻だけで充分である。

さきに言ったように,『春秋左氏伝』は年月日順に記録されているため,記事を読むには便利が悪い。岩波文庫の『左氏伝』は,各巻巻末に列国大事索引というのがついていて,各国に起った大事件を拾って読めるようになっており,事件の経過をしるのに便利である。また訳文がこなれており,古い翻訳にありがちなぎこちなさがないのも特徴である。ただし岩波文庫の『左氏伝』は特殊な解釈を施した部分も少なくない。余裕があるなら,竹内照夫氏の『春秋左氏伝』(平凡社。中国古典文学大系)をあわせて利用した方が無難である。

『史記』『左氏伝』ともの著名な本なので,原文+訓点の本も多数存在し,またいわゆる「書き下し文」もある。しかしそのようなもので内容が理解できる人は,この記事を読まないだろうから,ここでは触れないことにしたい。また岩波文庫『春秋左氏伝』の列国大事索引の試みは,本場中国でもむかしから試行錯誤がなされており。その最も有名なものが『左伝紀事本末』(『歴代紀事本末』所収)と『春秋大事表』(『清経解続編』所収)だが,これらはかなり専門的な本なので,推薦しない。

次回,最後。孔子の弟子とやや専門向けの本に論及する。

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ジャンル : 本・雑誌

孔子の資料(1)

ブログの存在を完全に忘れていた……
人間,忙しいとダメですね。いろいろ大事なものを忘れていきます。大事じゃないものも。それはともかく,ちと思い出したので。

(訂正:2009/04/30)

儒学関係の有名な人といえば,どうしても孔子があがる。そこで孔子の著作はというと,『論語』が登場する。どこのランキングだったか忘れたが,金谷治氏の飜訳になる『論語』がかなりの上位にランクされていたから,今でも需要はあるのだろう。

しかし正確には『論語』を孔子の著作ということはできない。『論語』は孔子とその弟子の言葉を集めたもので,「著作」ではないからである。

伝承によると,孔子の著作は『春秋』と『周易』の十翼のみで,編纂物として『書』と『詩』が存在し,手を加えたものに礼と楽があった。ただし礼と楽は動作や楽譜なので,普通予想されるような「本」ではない。要するに,高校の授業に出て来る(私の時代は出てきた)五経もしくは六経が,孔子の著作もしくはそれに準ずるものである。

日本では江戸時代以降に四書が流行し,かえって五経(六経)が隅に追いやられたが,本場中国では五経(六経)が最高権威にあり続けた。もちろん四書も読まれはしたし,就中『論語』は大昔からよく読まれたが,やはり経書というと五経(六経)があがり,あらゆるものの頂点に立っている。

ではなぜ日本で四書が流行したのだろうか。このような漠然とした理由は証明が難しいが,一説には五経(六経)は古い文章が多く読み難く,また読んでも現代人と感覚が違いすぎて面白くない,というのがある。裏側から説明すると,五経(六経)の面白さを理解するにはかなり時間がかかり,自分が面白いと思える時期が来ると,既に他人と距離が生まれており,他人から理解されない,ということにもなるだろう。そこで短い文章で孔子や弟子達の言葉がつまった『論語』などが好まれる。もう一つの原因に,四書に朱熹が注釈を加えたおかげで,江戸時代の日本人の目には,古めかしい四書が「モダン」に見えたというのもあるが,これはややこしいので省略する。

(1)『論語』の翻訳本

『論語』にはむかしから多くの翻訳本がある。そのどれも相応の評価がなされているし,なにぶん種類が多いので,ここでその全てを挙げることはできない。以下,比較的利用している人の多いものを挙げておく。なお『論語』はよく再版されるので年月日は記さない。
  • 金谷治『論語』(岩波文庫)
  • 吉川幸次郎『論語』(朝日)
  • 加地信行『論語』(講談社学術文庫)
  • 武内義雄『論語』(岩波文庫。旧版)
  • 宇野哲人『論語』(講談社学術文庫)
  • 木村英一『論語』(講談社)
  • 貝塚茂樹『論語』(中央公論。出版社が潰れたので今は知らない)
  • 宮崎市定『論語』(岩波現代文庫)

一番よく見かけるのは,金谷氏の『論語』だけども,通向き(?)には吉川幸次郎氏の『論語』もよく読まれるようである。最近では加地信行氏の『論語』もファンが多いらしい。珍しいところでは,宮崎市定氏の『論語』もある。それ以外にも各々愛好家はいるが,だいたいこの三つくらいが著名ではないかと思う。

なお『論語』を含む四書を読む際は,各翻訳者の解釈基準を知っておく必要がある。『論語』の解釈は大きく3つに分かれる。第1は古注系統のもの,第2は新注系統のもの,第3は独自解釈のものである。

第1の古注系統とは,『論語』の総合的注釈では最古のものである孔安国の注釈を基調としたものである。第2の新注系統とは,南宋の学者・朱熹の注釈を基調としたものである。第3は現代の研究成果を利用して,孔子の時代の文化・制度を視野に収め,そこに翻訳者の見識を加えたものである。一見すると第3のものが一番立派なように見えるが,なにぶん孔子の時代のことは不明な点が多く,結局は翻訳者の思い込みに陥らないとも限らない。その点,第1は孔子以来の伝統を汲んで『論語』を解釈したものであり,伝統という意味では信頼がおける。第2は江戸時代以降の日本人に最も読まれた『論語』なので,日本人には安定感があるかも知れない。どの系統の『論語』を読んでも害はないが,『論語』の翻訳にはこの3つの系列があり,系列間で解釈に相違が生まれることは予め知っておいた方が便利である。

ちなみに上の翻訳書は,第1と第2の折衷,もしくは第3の系列が多い。ただ傾向的に,金谷氏のものは第1の系列で,宇野氏のは第2の系列である。その他,宮崎氏は東洋史の学者のためか,従来とは異なる解釈が多い。武内氏のは解釈の独自性よりも,文献批判の斬新さに定評がある(妥当か否かは別として)。木村氏のは弟子の解説に力が注がれている。貝塚氏のは氏の解説が面白い。

まあ各々の翻訳には各々の特徴があり,読者の好みによってその特徴が好きにもなれば嫌いにもなる。しかしどれも研究を積んだ学者が翻訳したものだから,単純に善いか悪いかという意味では,どの翻訳も立派だと思う。どれを読んでいいか分からない場合は,とりあえず本の太さと値段を考えて選べばいい。

(2)『論語』以外の孔子格言集

『論語』はもう読んだ,もしくは『論語』はメジャーだから敢えて別のものを読みたい,という人が次に目を向けやすいのが,『論語』以外の孔子の格言集ではないかと思う。その場合,市場の問題から,次に目を向けるのは『孔子家語』だろう。以後,『孔叢子』や『孔子集語』と続く(かもしれない)。

まず『孔子家語(こうしけご/くしけご)』だが,実は本書には少し面倒な問題がある。たしかに『孔子家語』は孔子の格言集である。その点は『論語』と同じである。また『漢書』芸文志という古い漢代の宮廷図書目録にもこの書物の名があるので,『孔子家語』がそれ相当の来歴ある本であることは疑いない。恐らく孔子とその弟子の言葉を集めたものだったはずである。しかし現存する『孔子家語』は,この来歴ある本ではない。

『孔子家語』は『論語』と異なり,後漢末には世間に流通していなかったようである。この後漢末から三国時代,鄭玄という学者が名声を擅ままにしていた。鄭玄は博学な人間で,知らない本はなかったらしい。しかしその鄭玄をもってして,なお『孔子家語』は読んだことがなかったと言われている。

ところが,魏晉のころ(三国志の時代),この鄭玄の学問(鄭学)にライバル心を燃やす男がいた。王肅という人で,この人もたいそう博学だったらしいのだが,どうも鄭玄への対抗意識が強すぎたらしい。王肅は一計を案じて,鄭学の徒をやりこめようとした。――「もし鄭玄すら知り得なかった孔子の資料があり,それを自分が利用したどうだろう。きっと鄭玄の学説をたたきつぶせるはずだ」と。相手の知らない知識を利用するというのは,常に論戦に勝ちを収める方法だからである。そしてこの論戦のために王肅が持ち出した資料が,『孔子家語』である。

王肅の言い分では,孔子の子孫から来歴ある『孔子家語』を借りて読んだところ,鄭玄の誤りを発見した。だから『孔子家語』でもって鄭玄の学説を訂正したい,と。鄭玄はかくかく言っているが,『孔子家語』にはこう書いてある。『孔子家語』は孔子の御言葉である。随って正しいはずである。随って鄭玄は間違っている。云々。という具合に王肅は『孔子家語』を用いたのである。

しかしこの仕方はたちまち鄭学の徒から批判を受けた。長い間存在すら確認されなかった本を,なぜ王肅だけが知っていたのだ。しかもあの鄭玄すら見ていなかったものではないか。きっと『孔子家語』は王肅が改竄したものだ,と批判されたのである。こうして鄭玄を信じる学者と,王肅を信じる学者とに別れて,長い間対立した。

対立の歴史は省略するが,結果的に,これ以後に伝わった『孔子家語』は,王肅の発見した『孔子家語』である。そして論争はあったが,孔子の言葉が多く収録されているというので,代々それなりに読まれはした。特に宋代(趙宋)までは『論語』とならんでよく読まれた。明朝に至り,あらゆる学問が衰退するまでは。

清朝には考証学(文献学の一種)と呼ばれるものが流行した。この方法を用いて,清代の学者が『孔子家語』を分析したところ,次のような結論が得られた。

王肅の発見した『孔子家語』は,孔家伝来の本ではない。当時(後漢~魏晉)に存在した古典籍から,孔子の言葉を抜粋してきただけのものに過ぎない。しかも王肅が鄭玄を批判するために利用した部分(つまり鄭玄の学説に反する『孔子家語』の言葉)は,王肅が偽造した部分だ。つまり『孔子家語』は,古書に残された孔子の言葉を集めただけの資料集である。しかも王肅の偽造した部分(鄭玄の学説に反する部分)を含むため,利用には相当慎重になる必要がある。

鄭玄と王肅の論争はさておき,結局のところ『孔子家語』は来歴ある本なのか,それとも王肅が改竄したものなのか。これは現在でもよく分かっていない。一般的には上のような説明がされるが,資料のほとんど残っていない古い時代の話しである。結局は分からないのである。

ただ『孔子家語』が長い間珍重された本であり,また古書(現存しないものを含む)に残された孔子の言葉を集めたものであることにはかわりない。その意味で孔子の言葉を知りたいと思う人は,一読しても損はないだろう。

『孔子家語』の翻訳は多くない。現代語訳+全訳のものは,(1)宇野精一氏の『孔子家語』(明治書院)しかない。ただしこれは漢文の参考書用のため,レイアウト的に読み難い。また訳文もそれほどこなれていない。(2)藤原正氏の『孔子家語』が岩波文庫から出版されている。これはいわゆる「書き下し文」のみで,注もほとんどない。しかし『孔子家語』の全文を収録しており,しかも小冊子なので,持ち運びには便利である。値段も高くない。ただ本文には古い文句の多いから,現代の人間には利用しにくい点も多々ある。(3)冨山房の『漢文大系』の1つに『孔子家語』があり,これは明の何孟春本をテキストに,他書で増訂したものである。既に宋代の完本が発見された以上,出版の歴史を調べる以外で利用する意味は見いだせない。またこの本は訓点付き漢文なので,普通の日本人には恐らく利用できないだろう。

翻訳の数すら少ないというのが,『孔子家語』と『論語』の決定的な差を示していると言えるだろう。その他,明徳出版社の中国古典新書シリーズと明治書院の類似のシリーズから抄訳が出ているが,あえて推薦する気にはなれない。

次に『孔叢子(くぞうし/こうそうし)』。『孔叢子』はタイトルから推すと,孔氏家の家伝のように見えないでもないが,早くから軽蔑された贋作である。現在の『孔叢子』は,中に『小爾雅』と呼ばれる,全く関係ない部分が存在する。『小爾雅』は古い字典のようなものなので,これ単独の研究もされているが,『孔叢子』そのものは相変わらず無視されている。

『孔叢子』には和刻本(訓点の付いた本)はあるが,翻訳はなかったと記憶する(専門雑誌に翻訳があったかも知れないが,自信はない)。ただし『小爾雅』に対しては,中国の本だが,『小爾雅集釈』や『小爾雅匯校集釈』などが出版されており,研究は盛んである。

最後に『孔子集語』について。これはずっと後の人が現存する古典籍から孔子の言葉を集めたものである。だから資料集としては便利である。しかし現存する古典から集めたということは,本書に引用された孔子の言葉は,現存する古典のどこかにあるわけである。ならば厳密に孔子の言葉を読もうと思うなら,本書の引用文を読むよりも,原典に当たって読む方がよいだろう。ならば本書には資料集としての価値しかないことになる。もちろん本書の翻訳はない。


孔子の格言集は『論語』『孔子家語』『『孔叢子』の3つが主流で,特に前2者が有名で有益である。また普通の日本の読者が読めるものと言えば,その2つを挙げるのが適切だと思われる。しかし格言はあくまでも格言である。自分の心にしっくりくるところを手軽に開いて読むことができる反面,その言葉の背後の事件や孔子の生涯などは分からない。孔子に深く引きつけられる読者が次に目を向けるのは,おそらく孔子とその弟子たちの生涯,はては孔子の時代だと思われる。

以下,次回。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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