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昨日の続き

先日書いたように,『宋史』は雑然としていて,歴代正史の中で最長の長さを矜っている。歴史の事柄を細かく知るには,確かに史料の豊富な方がよく,その点,『宋史』は長いというだけで評価されそうである。しかしそれは近代的な歴史研究が事柄の分析を重視するからであって,単に書物として読もうと思えば,甚だしく長い本は,それだけでマイナス点を付けられる。

これは『続資治通鑑長編』も同じで,英宗朝までの部分と,神宗・哲宗朝の部分とを比べた場合,読み物としては英宗朝までの方が綺麗にまとめられている。

『続資治通鑑長編』は,節録本の類を除くと,現行本の源流は一つで,いずれも『永楽大典』からの輯佚書にたどり着く。清朝の四庫官(四庫全書編纂官)が『永楽大典』から本書を輯佚したとき,太祖から英宗までの部分を収めた『永楽大典』には缺失がなかったのに対し,神宗・哲宗・徽宗・欽宗の四朝はそういう訳にはいかなかった。まず神宗は即位後三年あまりが欠落しており,哲宗も即位後三年あまりが失われており,徽宗と欽宗の二朝については全く『永楽大典』が残っていなかった。従って,『永楽大典』から復元された本書は,太祖から英宗までと,神宗・哲宗の冒頭三年の除く部分を合わせたものである。そのため単に表面的な形態だけからしても,英宗までと,神宗以後とでは,史料の保存上に優劣が生まれてしまう。

『続資治通鑑長編』(忘れていたが,宋代の歴史において本書を引く場合は,『長編』と略称するのを通例とする)には一つ特徴があり,同時代人からも賛否があった。それは古い時代に粗く,新しい時代に詳しいというものである。太祖から英宗までと,神宗,哲宗とは明らかに長さが違う。現行の中華書局の整理本は20冊あるが,冊数上では英宗までは8冊,神宗と哲宗で12冊。時間上では太祖から英宗までは107年,神宗と哲宗は(欠落分計6年を除く)33年に過ぎない。随って,単純に考えても,長さの上では3:1のものが,分量では2:3ということになり,どれほど後半に詳しいかが分るだろう。正確に言うと,神宗以後が異常に細かくなっているのである。ここに欠落分の6年のみならず,治世25年あまりの徽宗朝と,1年間の治世とはいえ抗金戦争という大事件を控えた欽宗朝が加わった場合,どれほどの分量になったことか。(まあ徽宗朝の中味はスカスカだろう。ちなみに同シリーズの『資治通鑑』も全20冊である)

確かに宋代史を知ろうとすれば,神宗・哲宗の時代は不可欠で,その資料が豊富だというのは都合がいい。しかし長すぎるのはやはり欠点である。通常,『長編』を読む場合,余りに長くて,よほど宋代が好きな人間でなければ読み了えられない。だから読み物として楽しく読めるのは,110年余りの時代を8冊程度にまとめた英宗朝以前の部分なのである。

とはいうものの,先日の『宋史』と『東都事略』とは逆に,私は『長編』に限っては,神宗・哲宗の部分が面白い。これは全くの偏見で,単に私が神宗哲宗時代の党争が好きだというだけの理由である。宋代の争いは,武力や刑罰による威嚇ではなく,言論や人事,政論で戦わされた。それがどれほど現実に意味があったかはどうでもいい。単に党争として見た場合,武力や死刑という最終手段を封じた場合,どれほど複雑で巧みな(そして嫌らしく,低レベルな)争いが繰り広げられたか。この点を知るには,やはり長くても神宗・哲宗朝が最も面白い。

長い中国史でも,これほど言論だけで諍いをつづけた時代は他に存在しない。壮大な実験という意味から歴史書を読むのであれば,神宗・哲宗朝は頗る面白い。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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