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ご連絡その他

ブログ拍手の確認を忘れておりましたところ、どうも1週間ほど前にコメントをいただいたようで、ありがとうございました。いや、連絡がおくれてすみませんの方がいいのかな?

> 漢書の記事へのリンク

了解しました。私もその記事を見たと思います。ネットの世界でリンクは自由のはずですので、必要とあらばご随意にどうぞ。

拍手というのはおもしろいものですね。私もコメントを書くほどでなくても、拍手なら気軽に押すことがあります。もちろん、たくさんの訪問客がくるブログでは、かえって邪魔なこともあるでしょうが、私のこのブログていどだと、ちょっとした反応を楽しめていいですね。

でもその拍手、たまによく分からないのに入っている場合があります。一度きりなら偶然というのも分かりますが、なぜ複数の拍手が入るのか、ちょっと私には分からないときがあります。たとえばかなり前に『読書志』の春秋学関係の書目だけをリストアップしたことがあるのですが、なぜかそれにいくつか拍手が入って、ちょっとびっくりしました。

別に解説があるわけでもない、単なる書目なんですが、いったいどのような理由で役に立ったのか。いや、役に立ったにせよ、それだけで拍手をクリックさせるほどのなにがあったのか。ちょっと知りたいところです。

話は打って変わって、今週は少しずつ件の『春秋学綱要』(春秋学入門)の補正をしていました。いちおう本文は終わりましたので、明日は補注の部分を書きたいと思います。予定では日曜日に更新するつもりです。とはいっても、予定は予定ですから、断定はしかねます。特に最近ちょっと興味のあることが出来たので、そちらにふらふら移るかも知れません。

しかし改めて訳文を見直すと、まずい訳は至る所にあるとして、あまりにひどい誤訳があってビビりました。訳文を見る限りでは、必要な注釈を読んだ形跡はあるのですが、なぜそれであのような訳になるのか............思い込みとは恐ろしい。あらためて自分の未熟さを痛感した次第です。まだまだ駄目ですね、というより、全然だめですね。でも、めげずに公開します(矛盾か?)。

それでは拍手の連絡がてら、ちょっとした報告でした。


*さきほど「記事を保存」したらアクセス集中とやらで記事が全部消えてしまった。まあプレビューの画面があったので、すぐコピペしましたが。

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資料の処理

歴史の調べごとをしていると、ふと気づくときがある。自分の知りたい事柄はきっと解明できると思い込んでいることに、気づかされる。時代が近くなればなるほど、資料の数も増えるので、分かる範囲も多くなる。しかし常識的に言って、過去のことがすべてわかることは、まずありえない。それは現在おこりつつある事件の真相ですら分からないのだから、当然のことといえる。ましてや環境も人間もなにもかも異なる過去のことなら、なおさらのことだろう。

ところが歴史の資料を分析していると、なぜかしらん、自分の求めていることが、資料を通して解明できるのではないかと錯覚してしまう。私の場合なら、『長編』(続資治通鑑長編のこと)とか『宋会要』とか、あるいは他の文集やら何やらを使えば、解明できそうな気になってくる。もちろん単純な事柄、例えば誰某の卒年とか、法令文章の全文とか、その手のものは解明の可不可が簡単に分かるので、もともと調査の対象に入らない。ここでいう「求めていること」とは、ある事件の全貌とか、ある問題の影響とか、そういったもう少し大きい問題を指している。

なぜそういう大胆不敵な考えを懐くのか、その理由はさまざま考えられるが、その一つに、資料に正しいことが書かれているから、それをうまく捌けば(組み立てれば)正しい結論が得られるはずだ、という思い込みが挙げられる。もちろん上の考えは、理論上はだれしも否定する。いや、そもそも肯定する人間などいないだろう。ところが実地に資料を分析し出すと、この考えがなぜか頭をもたげてくる。

例えば、歴史の研究をする場合、相互に矛盾のある事柄にでくわすと、「Aか、それともBか」という二者択一の方法、もしくは「AとBは一見すると矛盾するが、実は両方正しい」という資料の整合を取る方法と、あたかも自明のようにこの二つを選択する場合がある。だから資料をうまく捌けば、ただしい事柄が分かるはずだ、ということになる。

しかしこれは明らかにおかしい。当然ながら、「AもBも全て間違っている」とか、「あらゆる資料を使っても、求めるところの解答は得られない」という選択肢もあるはずなのだ。しかし不思議なことに、資料を調査している瞬間は、どうもこの考えが消し飛んでしまう。それはちょうど、ある人間の人生が「どうがんばっても無駄」という結論を導けるのと同じほど自明であるのに。

私などは、平素から、歴史など分からなくて結構だと思っているのにも関わらず、資料を前にすると全てが解明できそうな気になるときがある。なにごとにつけ、自分の関与することだけは特別だとでも思っているのだろうか。だとすれば驚くほど未熟な話ではある。もっとも、それは「正しい歴史」があると思うからのことで、「正しい歴史」は作るものだと思えば、なにも問題はおこらないのだが、どうも私の頭は古いのか、なかなか綺麗に頭が回転してくれない。

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更新記録+劉敞雑感

先週の続きで、劉敞の『七経小伝』巻上および巻下、『公是弟子記』巻1と巻2のテキスト、その他、序跋類いくつか。例の如く、以下は更新場所のリンク。

・春秋学関係の序跋
・『七経小伝』巻上および巻下
・『公是弟子記』巻1巻2、その跋文

それにしても久しぶりに劉敞の『七経小伝』と『弟子記』を読んだ。両書ともに劉敞思想の必読書であり、その春秋学を理解する上でも不可欠な書物ではある。しかし前に読んだときはあまり気づかなかったが、改めて読み直すと、なるほど彼はずいぶん老荘(『老子』と『荘子』という意味)から影響を受けているね。基本的に劉敞の経学説はテクニカルな話しが多い。特に春秋学のような専門中の専門は、どうしてもその傾向が強くなる。しかも宋人の云うように、春秋や尚書は事柄の学問だけに、専門的な研究者であればあるほど、事柄の証明に労力が費やされ、思想方面の発言は少なくなる。

しかしそれが『論語』のような書物になると話は変わる。『七経小伝』の巻下は全巻が『論語』の解釈に充てられている。解釈といってもいい加減なもので、完全な注釈もあれば、備忘録ていどのものも多い。劉敞の『論語』解釈は北宋当時においても有名で、経筵で講義されたほどだったが、現在から見ると、新説というよりは、変わった解釈が多い。日本でいうと荻生徂徠の解釈と一致する部分があるのが面白いところだ。話が逸れてしまったが、要するに、劉敞の『論語』解釈を読んでいると、思いのほか老荘から受けたと思われる発言が多く、少々驚いた。そういえば朱熹が「劉敞は結局老荘だ」とか言ってたなと、今更のように思い出した。もちろんだからといって朱熹に敬意を表す気はサラサラないのだが。

もう一つの『弟子記』は劉敞の箴言集なので、まあ思想的な発言が多いのは当然だ。おおむかし読んだときには、難解すぎてよく分からないところが多かった。今回はどうだろうかと思ったが、やはり意味不明なところが多い。まぁ、劉敞は頭の良い人だからねぇ、文章に省略が多くて、論旨が摑みにくく、そこが難解な理由だと思う。以前よりは読めたと思うが、意味不明なところも相変わらず多かった。ちなみに句読は意味が分からなくても付けられるので。例えば「あの山は屍が羊だったのだ」という日本語を理解するのは至難の業だが、「あの山は/屍が/羊だったのだ」と区切ることはたやすい。これと同じことである。

劉敞ついでにもう一つ小ネタ。

劉敞には易学に関する著述がない。経学の大家にも関わらず易学の発言を欠くのは残念という呉雁南氏らの発言は、確かに正しい。もっとも劉敞も易学に興味がなかったわけではないらしい。未完成の著作に易学関係のものがあり、また『公是集』にも易本論なる論文が残っている。しかし果たして劉敞が易学に造詣が深かったか否かは、かなり疑問がある。未現存の書物はともかく、その易本論にしても、序卦伝の焼き直しのような論文で、新味に欠ける。いや、劉敞はすべての物事を形式的な側面で体系的整合的に捉えたがる癖があるので、易も形式的に体系を構築したかったのかもしれない。しかしそれだけといえばそれだけのことで、『弟子記』から易学関係の言葉を拾ってみても、あまり芳しいものはなく、むしろ無視してるのかと思えるほどだ。この点はちょうど程頤と好一対というところだろうか。

とはいえ、易学に縁のない人間は礼に詳しい。劉敞の経学の真髄は礼にあるというのは、上の呉氏らの発言であるが、これも正しい。彼が礼をどれほど重視していたかは、春秋学の著作にも見えるが、それ以上に『弟子記』によく現れている。しかし畢竟礼はそれのみでは意味を持ち得ない。何か具体的な物事に即して、始めてその存在意義が発揮される。その点、春秋学は劉敞に最適だったのかもしれない。春秋学と礼学は表裏一体。礼の規定に外れればこそ筆誅が下り、規定に合致すればこそ褒賞が加えられる。そして礼とは具体的な状況に即して変化するものであるが、同時にそれは五礼などと総称され体系化されるように、強度に形式的な体系性を追跡する学問でもある。礼の実践が春秋学上で可能なのだから、劉敞が春秋学に熱を入れても不思議ではない。

よく言われるように、易学というのは儒学者にとって抜け穴の一つになり得る。本来ならば、儒学者は全てのことを人事で処理しなければならず、そこに偶然の入り込む余地はないはずである。しかし現実には易占のような偶然性を持ち込み、人倫のみの世界に風穴を開けている。これはこれで意味のあることだろうが、一個の人間として、そのような不可解なものに牽かれる人と、それを突っぱねてどこまでも人倫一筋で理知的にゴリゴリに生きていこうとする人もいる。易学に牽かれる人間は、うまくいけば融通無碍で、非常に柔軟性のある知性を持ち得る。しかし逆にゴリゴリに生きて行く人も、うまくいけば、どこまでも真っ直ぐで強い人間になり得る。どちらを好むかは畢竟その人の性格しだいだろう。

劉敞は頭が良く、しかも人心の機微を見抜く学者だから、一つのことだけで単純に捉えることはできないが、彼の春秋学を考えるときには、そういう点もあながち無視できないものだと思う。もっとも人間は単純でいて複雑なものだから、劉敞の嗜好が春秋学に近かったのか、それとも春秋学を研究したからそんな性格になったのか、結局のところ、考えようによってどちらとも言えるものではある。

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『漢書』の在庫切れ

知らなかった。『漢書』の文庫本は在庫切れになっていたんだ。おなじ筑摩書房の文庫でも『史記』の方は在庫がまだあるらしいのに(本紀は筑摩書房のサイトでは在庫切れのようだが)。いやはや、なんというか、ご愁傷様です。

中国では『漢書』と『史記』は併称され、どちらもよく読まれた書物なのだが、日本ではなぜか『史記』の方が有名で、『史記』の方が断然おもしろいという人もいる。ということで、『漢書』の在庫がなくなるのもまたやむを得ぬところだろう。

かくいう私は『史記』よりも『漢書』の方が好きだったりする。もちろん『史記』も好きなことは好きだ。例えば本紀の経書とだぶる部分とか、世家の一部(斉・魯などの聖賢の時代と関わる部分)、あるいは孔子世家と孔子弟子列伝などなど。ただし戦国期以降の『史記』は読む気にならない。『史記』には独特の土臭さがある。面白いと思える人はそこが面白いのだろうが、私はその土臭さがたまらなく嫌で、その手の話の多い戦国~漢代の『史記』は読もうと思わない。むしろ王朝の基盤が定まり、窮屈な中でセコセコ生きた人々を描いた『漢書』の方が楽しく思える。

実際の所、現在の生活に近いのは(といっても相当遠い世界だが)、『史記』よりも『漢書』だろう。自由にのびのびと世界を破壊しまくる――なんて『史記』の世界は、現在では難しい。善くも悪くも、己の身一つでどうかなるほど、この世は簡単でなくなった。だから『史記』と『漢書』のどちらが為になるかと言われれば、私としては『漢書』を推したい。

とはいえ、この訳本『漢書』、あまり分かりやすい翻訳とは言い難い。直訳というと聞こえはいいが、王先謙の『集解』を種本に、書き下しに少し手を加えたような翻訳になっている。「これを某す」とか言われても、「これ」は指示代名詞ではなく、某の動詞たることを示す「これ」ではないのか、と思える部分もある。この文庫が発売されたとき、既に単行本は入手不可だったので、私もこれを買ったが、正直なところ、あまり使った覚えがない。

ちなみに『漢書』は美文で知られる。この美文というのは、その文章の論述が美しいというだけではなく、その文字(漢字)の用い方が美しいという意味でもある。したがって、美文の『漢書』は、どれほどの達人が翻訳しても、原文の美しさは損なわれる。もっとも、これはどんな言葉で書かれた古典にも言えることだろうけども。

どうせ美文が損なわれるなら、漢文臭味を完全に排除した新しい『漢書』の翻訳を目にしたいものだ。

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五論・十論

呂大圭に『春秋五論』があり、春秋学の綱要をあますところなく説いたのは有名な話だが(宋元代限定)、同じような書名の書物はたくさんある。その一つに洪亮吉の『春秋十論』がある。洪亮吉といえば『左伝詁』が有名で、中華書局から校点本が出版されて大変便利になった。が、それとは別に『春秋十論』というのがあり、春秋学の重要著作の一つに挙げられている。ちなみにこちらも中華書局の『洪亮吉集』に収録されている。

『五論』『十論』と似たような書名だが、現在の我々から見ると、両書はずいぶん傾向を異にした書物に感じる。『五論』は従来の義例説を批判的に理解したところに特徴があるとはいえ、その主旨は単に批判に止まらず、いかにも春秋学を体系的に述べたものである。しかし『十論』はずいぶん趣きが異なる。その題目を挙げれば概ね察知し得るであろう。

第1論:春秋時以大邑為県始于楚論
第2論:春秋不諱娶同姓論
第3論:春秋時晉大夫皆以采邑為氏論
第4論:春秋惟秦不用同姓而喜用別国人論
第5論:春秋晉比楚少恩論
第6論:春秋時君臣上下同名不甚避諱論
第7論:春秋時楚国人文最盛論
第8論:春秋時諡法詳略及美悪論
第9論:春秋時以隠疾為名論
第10論:春秋時仲尼弟子皆忠于魯国并善守師法論

各論文とも実に魅力的な問題提起だとは思うが、体系的に春秋学を論じたものではない。どちらかというと「春秋学の十大問題」という論説である。毛奇齡のような学者はしばらくおき、清代に活躍した多くの考証学者には、なかなか呂大圭のような体系的な論述がなく、個別的な議論をものにした場合が多い。

もちろんこうした諸種の学説を下積みにして、最後に今文学派(の中の特殊な人々)が現れ、比較的に体系的な学説を提起するのだが、その人々の学問はもう考証学と随分距離のあるところにある。清代の学者は宋元代の学者が春秋学を滅茶苦茶にしたと言ってよく謗るが、その実、では春秋学とはどのような学問ですか?と問われると、実に有り体の、したがって中身のない答えしか帰ってこない。この辺りが彼らと我らの差なのだろう。どちらが正しいというのではなく。

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病んでます

歴史が面白いのは趣味だけで、研究などは全く白ける話だ。もちろんこれが対中戦略のための政治的な研究として行うならやりがいもある。つまりその歴史が解明されることで、日本人(人間でも可)に利益がもたらされるとは到底考えられないが、対外的問題を解決するために政治的な意味で歴史を研究するのは極めて価値がある。

日本人の中には、歴史は価値がないという人がいる。確かにその人の言う意味では正しいと思う。私も歴史にはなんの価値もないと思う。しかし外交上、歴史を用いて実益を処置する必要もあれば、それによって相手を煙に巻かねばならぬときもある。その時、歴史はそれ自体に於いて無価値であっても、その意味とは別次元の意味に於いて、我々に実益をもたらしてくれる。従って、そのような政治的な意味で歴史を研究するというのは極めて価値あることだと、私は思っている。

もちろんこういうと政治のために歴史的事実を曲解しようとしていると文句をいう人間が現れるだろう。しかし私はそれに対して敢えて言いたいのは、むしろ進んで曲解すべきだということだ。歴史に真実などない。あるのは紙に書かれた文字と現在存在する物だけだ。なるほど煕寧三年に死んだことが明白な人間を、敢えて煕寧元年に死んだと強弁するのは曲解だ。しても構わないが、すぐに論破されるだろう。しかし煕寧三年に死んだ意味は、我々が決めるのだ。

ある人の言葉の通り、過去は何も語らない、ただそこに佇むだけだ。そこに意味を与えるのは現在の我々なのだ。だからこそあらゆる時代を通じて、歴史は哲学あるいは神学の下に組み敷かれてきたのだ。なぜならば歴史だけでは意味を付与できないからだ。過去をいくら解析しても、なにも得られない。得るべき目的を与えられてこそ始めて歴史は意味を持ち、その得るべき目的は歴史の外に存在する。

歴史の本来的使命は、得るべき目的を達成するために古書を用いて権威を与えることにある。歴史を扱うもの自身が、みずから歴史の使命を探るなどは、驚くべき謬妄、甚だしき僭越と言わねばならない。本来的使命を忘れた学問に未来はない。

もちろん春秋学は神学であると同時に歴史学であるという、希有な存在である。

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更新記録

サイトの更新を行った。今回はいつにもまして利用価値の低いものを公開した。内容は劉敞の春秋伝、権衡、説例、意林、および伝記資料、ならびに七経小伝の春秋学関連部分。いずれも原文に句読をつけたもの。古いデータなので、句読の誤りもあると思うが、見つけた際は御指摘ください。

例の如く、更新場所のリンク。ただし今回はすべてリンクを貼ると煩雑なので、綜合ページのみ。そこから全てのページにいけるようになっている。

劉敞春秋学著作

以上。

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演説

ふらりと本屋を訪ねると、コメンテーターか評論家か知らないが、「プレゼンを上手にする方法」のような書が売っていた。正直なところ、私はテレビをほとんど見ないので、その著者のコメントを聞く機会はほとんどなかったし、特に記憶に残るものでもなかった。だから本屋でその人の新刊を見ても、不信感を拭うことはできなかった。

で、なんとなく気分が優れないので、少し離れた本屋に行ったところ、アリストテレスの『弁論術』が売っていた。私には縁のない書物だと思っていたが、さきほどの新刊のこともあり、ちょっと読んでみることにした。有名な書物を未だ読んでいなかったというのは恥ずかしい話だし、本書の内容上、若い頃に読まないと意味がないもの故に、というか、若い人に指導してやらないと意味のないものだから、今の私には無縁とも思えたが、まあ余興で読んでみることにした。

『弁論術』そのものはなかなか面白かったが、読んでいてそれとは別のことばかりを考えていた。ギリシアもローマも、演説が多いなあ、よくこんなものを信用する気になるなあ、と。中国は広すぎて発音が違うためか、朝廷では演説(らしきもの)があったとはいえ、人々の心に訴えたのは演説よりもむしろ文章の方だった。中国には演説集は見かけないが、名論集はたくさん存在する。特に文章がやたらと残りだした宋代くらいから、しょーもない形式通りの論文が山のように出版され出す。『皇宋名臣奏議』とか、『歴代名臣奏議』とか、『名賢確論』とか。

それはともかく、他の人は知らず、私はあまり演説が好きではない。胡散臭いというのが一番の原因だ。演説は直接自分の目耳に入ってくる。とくに演説を聴くときは、その政治家の支持者が周りに多いから、一種の熱気のようなものがある(もし政治家の演説会に行ったことがない人は、ぜひ一度足を運ばれたい。でも変な立候補者のところには行かない方がいい)。

だからぼけーっと聞いていると、穴だらけの意見でも立派なように聞こえる。いや、立派なように聞こえる力強い歯切れの良い議論は、正しく感じるのだ。政治なんてどんな方法でもかならず欠点はあるんだから、それでいいのだ、といえばそれまでで、そう思える人はそれでよかろうが、私はそう思えない。だからどうしても演説は聴かないが、文章は読んでみるということになる。

ちなみに文章にも感動的なものがある。うまい小説はその代表例だろう。私も小説を読んで感銘を受けることがある。しかしそれは長くても一日二日の話で、短ければ数秒で頓挫する。ちょっといい話だからと思って何度かその部分だけ読みかえしたり、普段読んでいる書物を繙くと、すぐにさきほどの感動は薄れてしまう。

平たく言えば、「まぁ、よくある話だな」ということになり、つづいて「あそこの記述はあの場面を引き出すための恣意的記述だ」と思うようになる。もっといえば、感動させる為に書かれた書物にいちいち感動してやる義理はないし、感動する自分も癪に障る、という曲がった根性で感動を打ち消してしまう。で、改めて考え直してみると、大したことない、という結論になる。

あらゆる素晴らしい演説は、ぜひともすべて文章に起こして欲しい、演説の口調そのままの形で。

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無題

秦山がどこまで考えていたか知らないが、彼の学問は閉鎖的だ。彼の考えでは、日本人は日本の中に縮こまっていなければ存続できない。いかにも神道らしい。

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そろそろ

ボチボチかなというこの頃。このブログと自分とどちらが早く消えるのか、あんがい時間の問題かもしれない。

それはそうと、我ながら経験して始めて分かるものは確かにある。頭で分っていてもしっくりこなかったものが、経験することで始めてしっくりくることはある。命も然り。

しかし、人生うまくいかないからといって、無意味に暴れる人間は何とかして欲しいものだ。その程度のことで世の中に存在意義を知らしめることはできない。世の中を破壊するほどの「活躍」をしなければ、悪人として名を残す人間にはなれない。

章惇は素晴らしい。史伝に忠実たらんと欲すれば、彼一人の憎悪が一個の王朝を滅ぼしたのだから。世にその存在を知らしめたいと望む全ての敗北者は、章惇を見習うべきだ。

もう一つ、運命を自力と錯覚してはならない。軽薄さを招くから。終わりが近いと思いつつ、不思議なほど冷静になる瞬間、改めてこの気持ちを強くする。

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道徳否定

古代と現代の思想がそれ以外の思想よりも価値があるとは思わないが、確かに古代の思想には思い切った発言が多く、その分だけ人の心を捉えるというのは理解できる話だ。先だって部屋の整理をしたとき、『沙門果経』(中村元など『原始仏典』第1巻)の写しが出てきた。これはいわゆる六師外道の教理を仏教側から説いたもので、なかなかスリリングな発言に満ちている。

もちろん私は異端の外道の方に引かれるクチであり、その中でも仏陀から激しく罵倒された(らしい)運命論のマッカリ・ゴーサーラがお気に入りだ。が、今回はプラーナ・カッサパの発言に注意が向かった。プラーナ・カッサパは道徳否定論者として知られている。これ自体は別に珍しくもないイズムではある。しかし彼の発言はなかなか思い切ったもので、あまりにも率直に道徳を否定していたので、我ながら読んでいて戦慄を覚えた。

〔自らの手で〕傷つける者、〔命令して〕傷つけさせる者、〔他人の手足などを〕切断する者、切断させる者、苦痛を与える者、苦痛を与えさせる者、……生き物を殺す者、……強盗を働く者……こういう者の行為は罪悪とはなりません。たとえ周囲が剃刀のように鋭利なチャカによって、この地上の生き物を〔切り刻んで〕一つの肉の塊り、一つの肉の山にしたとしても、それによって罪悪はなく、罪悪の出現はありません。……(65-66頁)



現在これほど明白に道徳を否定するのはなかなか難しい。権力への抵抗や反権力を食い扶持にする学者は大勢いる。しかしそれらの発言など上の言葉に比べれば児戯に等しい。この種の知的興奮を得られるのが過去の思想を扱う最大の喜びと言えるだろう。もちろん変な思想にかぶれて犯罪者になっては元も子もないし、私の場合、上の文献の原語が読めるわけでもないので、喜びも半減といったところだが。


ちなみに、私はこれに味をしめ(?)、松濤誠廉氏の訳になる『聖仙語録』(ジャイナ教側の文献。九州大学文学部創立四十周年記念論文集)を県立図書館で借り出してみたものの、訳語が高尚すぎて意味が分からなかった。


原始仏典〈第1巻〉長部経典1原始仏典〈第1巻〉長部経典1
(2003/02)
中村 元

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『君主の統治について』(感想)

君主の統治について―謹んでキプロス王に捧げる (岩波文庫 青 621-2)君主の統治について―謹んでキプロス王に捧げる (岩波文庫 青 621-2)
(2009/09/16)
トマス・アクィナス

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本書『君主の統治について』はトマス・アクィナスの著で、柴田平三郎氏の訳。岩波文庫。2005年に慶応大学出版会で出版されたものの文庫化らしい。解説とあとがきを含めて238ページだから、小冊子の部類に入る。ちなみに解説は全体の半分あまりある。現時点で定価660円(+消費税5%)。

私の歳になると、知らない分野の教養書(古典?)はあまり読む気にならない。正直に言って、読んでも分からないからだ。本文だけを読んで意味が分かるわけではなく、また解説を読んでも、その解説の妥当性を判断できない。言うまでもなく、私は学者を信用していない。論理的な解説というのは、著者の頭が論理的なだけで、解説としての正当性とは無関係だからだ。極端な話、まったくの与太話であっても、専門家なら適当な史料で誤魔化せば、知らない人間を欺すことくらい分けないだろう。とはいえ、「君主」の言葉に引かれたのと、買えない値段でもないというので、買って読んでみることにした。

まあ、内容はねえ、キリスト教の話を除くと、要するに、君主は道徳を身に付けるべきだというに過ぎない。なんの感動も湧かなかったが、中国でも向こうでも、古い時代は同じことを言うんだなと感じたぐらいだろうか。しかし君主の職務はくたびれる仕事だと考えていたことと、その正当な報酬が神様の恩恵に預かることだとかいう話は、向こうの国らしい考え方だと思った。もう一つ、君主の存廃を民衆が決められると思っているのも、まぁ、向こうの国らしい考え方だ。しかしこれも常識に属することで、だから中国の君主制は驚くべき専制体制として批判されたのだ。だからいちいち感心するに及ばない。

訳文は全体的に現代風だが、ところどころ不似合いな漢語表現(ただし文字は平仮名)が散見されたり、気持ち悪い文章があった。例えば第1巻第1章の標題:
「生活を共にする人びとは誰か王によって慎重に統治されるのが必要であること。」
第2巻第2章の標題:
「王や君主は都市あるいは陣営を建設すべくいかにして空気が健康に良い地方を選ぶべきか。」
意味は分かるが、なんとも気持ち悪い表現に思える。もっとも私の場合、本書全体を通してそれほど精密な議論だと思えなかったので、分かりにくいところは1~2行飛ばしつつ読み通した。

と言うわけで、すこぶる退屈な本だった。ではこれに対して訳者は如何なる価値を与えたのだろうか?本書全体の半分近くを占める解説になにか書かれているのではないか?しかし残念なことに、私は本書の解説を流し読みしかできなかった。内容が面白くなかったのだ。理由は2つある。1つ目は、本書の内容と直接関係のない部分が全体の2/3を占めていたこと。第2は、本書を「歴史の相の下に」位置づけて理解しようとしていたからだ(153頁)。

悪いが私にとって、歴史的にどのような産物だろうと、現在の私に価値を感じられないものは、即、価値がないと思っている。過去に価値があろうとなかろうと、過去にどのような読み方がなされようと、そんなものは知ったことではない。もちろん歴史は客観的(というか人間のあらゆる主観から離れて)に理解でき、その過去をつなぎあわせれば「一般法則」が導かれ、現在を理解でき、おまけに未来も分かる、などという与太話は、敢えて論ずるに及ぶまい。とはいっても、訳者はそこに価値を感じているのだろうから、別にそれを否定するつもりはない。ただ訳者はそれに価値を感じた。私は感じない。だから訳者は本書を評価できるが、私はできない。それだけだ。学者が言うからといって、いちいち強いて自分を感心させるほど、私はおめでたくない。

ついでにもう一つ些細な問題を付け加えておくと、「最近」の動向として参照を求める欧文論文の掲載年が、1950年代から70年代というのは、どういうことだろうか?訳者の解説には、最近とみに研究が盛んだというが、本当にそれは「最近」なのか?というのも、私の知る分野でも、「最近」と称して数十年前の議論を振りかざす人間がいるからだ。しかもその種の人々が滑稽なのは、自分に都合のいい欧文論文は参照するが、自分たちと価値観の対立する欧文論文が提出されるや、無視という手段にでることがあるからだ。

ある考えに対して、他者の否定的意見にも関わらず、一人の学者として「これには価値がある」と主張するのは構わない。学者とはそのようなものだ。そして学問は民主主義では成立しない。世の全ての人間が反対しても、正しいものは正しいのだ。その逆も然り。しかし最近の議論は何が中心で、どのような研究に興味が集まっているかというのは、一学者の興味や価値とは別に、公平に指摘され、評価されなければならない。それが自分の信ずる価値にとって、どれほど不都合なものであってもである。私は本書に対して、寡聞にしてなにが真実なのかを知らない。

という感じの本だった。個人的に、本書全体を通して最も評価できた点は、カバーが綺麗なところだった。岩波文庫は表紙にカラー写真を使っていたかな?最近はめっきり読まなくなったので、なんとなく斬新に思えた。

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更新記録

昨日サイトの更新を忘れていた。今回は手持ちの高畠本の表紙を写真に収めてみた。だからどーよという気もするが、一度やってみたかったのだ。ちなみに「偏局観測所」の方は容量が危ないので、写真は「公孫樹の資料庫」に挙げている(ただし解説は向こう)。写真に撮り忘れたのが幾つかあったので、まだ未完。以下、毎度のことながら更新場所のリンク。やや重いので要注意。

偏局観測所トップ
著作陳列室(著書)
著作陳列室2(翻訳書)
著作陳列室3(その他)

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直方の暴言

(追記:2010/02/06)
南学・秦山・崎門関係の記事はサイトの方に改訂整理しました。以下は拍手をいただいた記念に残しておきますが、間違いは訂正していません。
(以上、追記終わり)

いろいろあって、やはり秦山はすばらしいということになった。秦山は人に生きる勇気を与えてくれる。

まぁ、それはそうと、かねてから佐藤直方が秦山を謗った文章を見たいと思っていたところ、この度ようやく原文を見ることができた。以下、直方全集の第1巻(戦前の墨塗本ではない方)。いずれも『韞蔵録』巻六(与稲葉正義書)

○九月十七日書
土佐之丹三郎死去、三宅九十郎茂痢病なり。死者両人共に非可惜之人矣候、為道ノ幸と申事候。

○十月十一日夜
猶々此度上方江参候而、三十日計之在京之内、何ヤカヤいな事共、兎角皆俗儒ニ而候。就中神ノ筋、丹治茂我ヲ折申候。土佐之丹三郎茂相果、三宅九十郎茂相果、神儒二先生茂目出度ト丹治茂笑ひ申候。能々目ヲはきと御さまし可有之候。以上。

惜しむべきの人に非ず、道の為の幸い、とはなかなかひどい言い様ですね。ちなみによく引かれる話によると、直方が死んだとき、かつての弟子・跡部良顕とかつての同門・植田玄節は「神罰が降った」と評したらしい。

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HN:江藤清通
かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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