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今年最後

これで今年最後の記録になります。これから年末年始にかけては、ちょっとブログをやる時間を取れそうにありませんので。

今年もいろいろなことがありましたが、総じて下降傾向にありました。恐らく来年はさらに下降するでしょう。理由もなく人生上昇するものではありませんから。しかしそれもこれも身から出た錆と思えば、いたしかたありますまい。

さて、総じて役に立たないことばかり書いているこのブログですが、今年は私の予想以上に(といっても他のブログに比べれば微々たるものですが)訪問していただきました。ありがとうございました。本来なら来年もよろしくと言うべきところですが、来年はもうどうなるか分かりませんので、よろしくというのは差し控えたいと思います。ですがもし来年もつづけられるなら、記事数は少なくしても、もう少し役に立ちそうなものを書き残したいですね。

それではみなさまはよい新年をお迎えください。今年はほんとうにありがとうございました。

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テーマ : 日記
ジャンル : 日記

干支の換算

中央研究院の兩千年中西曆轉換の場所が変わったのかな?

研究とかやってる人間は、みんな干支の順序を暗記してるのかね?自慢じゃないが、私は長いあいだ研究していたけど、干支の順番は暗記していない。甲乙丙丁……と子丑寅卯……の順序は覚えているけど、合体させて60種類の順序を覚えるのは面倒くさてしなかった。

最近は干支も上のサイトで自動換算してくれるので計算ミスはなくなったけど、むかしはExcelに六十干支のリストを登録して、それを利用していた。史料に日付(干支)が出て来るたびに、Excelを起動して、六十干支を表示させ(甲子と乙丑だけ入力すれば、あとは範囲で勝手に60種類を表示してくれる)、その横に起点となる干支の日数を記入して、一日ごとに数字を増やしていく……という、書くとややこしいが、作業は簡単ということをやっていた。

もっともこれは今でも日付の連続した史料を扱うとき、ちょくちょく利用してはいる。でも普通の人はどうやって干支を数字に換算しているのだろう?作業の内実を人に示すことはないので、もっと効果的な方法がありそうに思うが、いちど習慣になってしまうと、なかなか我流を止められない。

甲子乙丑丙寅丁卯戊辰己巳庚午辛未壬申癸酉
甲戌乙亥丙子丁丑戊寅己卯庚辰辛巳壬午癸未
甲申乙酉丙戌丁亥戊子己丑庚寅辛卯壬辰癸巳
甲午乙未丙申丁酉戊戌己亥庚子辛丑壬寅癸卯
甲辰乙巳丙午丁未戊申己酉庚戌辛亥壬子癸丑
甲寅乙卯丙辰丁巳戊午己未庚申辛酉壬戌癸亥

干が十日ごとにモトに戻るので、役所は10日ごとの休日だったと思う。

テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

儒学の復興はあるか

タイトルはでかいが、大した話しはしない。ふと思いついたので、書いておくだけだ。

儒学の定義は難しいが、私などは権力を肯定するための存在だと思っている。だから私は儒学に価値があると思っている。こういうと反権力が正義だと勘違いしている人間に嫌な顔をされるかもしれない。しかし人間には権力が必要なのだ。それにも関わらず、権力は暴走しやすく、扱いが難しい。その厄介な存在をうまく捌くために、いろいろな知恵を出し合って作り上げたものが、儒学ではないかと思う。何事につけ政治第一の中国らしいが、この辺りが中国の優れたところでもあり、また難しいところでもある。

でも儒学は単なる理念ではない。理念だけを掲げて、現実政治に融合するものではない。そこには経書(聖書みたいなもの)があり、伝来の解釈があり、立ち居振る舞い(儀式)がある。経書は書かれたものだからほとんど不動の存在だが(たまに出土史料で改訂されることがある)、その解釈は比較的融通無碍で、立ち居振る舞いに至っては、時代に合わせればよいという。これは歴史研究には迷惑なことだが、生きた思想となるためには、当然ながら不可欠なものだろう。固定化された解釈や儀式では、揺れ動く時代に通用しなくなる。

儒学が今後どうなるかは知らない。しかし儒学が儒学として生き続けるのなら、当然ながら国家権力と融合して、国家権力を肯定しつつ指導しつつ批判しつつ、経書を都合よく解釈し直し、現代チックな儀式を作るのではないかと思う。もちろん都合のいい解釈だとか、現代チックだとか、そういう風に思われるようでは、未完成の謗りを免れない。儒学が真に復活したならば、その理念の下で動く人々は、過去と異なる解釈や儀式に何一つ疑問を抱かなくなるだろう。そしてそれこそが正しい思想の用い方なのだと、私は思う。ちょうど朱子学が新たな思想で人々の心をつかんだようなものだ。朱子学に許されて、我々にそれが許されぬはずはあるまい。むしろそれを否定する人間こそが異端なのだ。

昨今の日本には歴史的研究が横行している。中には思想まで歴史で語ろうとする人間がいる。これはいけない。思想は生き物だが、歴史は死骸だ。生き物をわざわざ殺して何になるのだ。過去の思想がこうであるからといって、現在もこうでなければならない理由はない。今までそうであるからといって、これからもそうあり続ける必要はない。思想はあるべき現実を実現するために、現実に足を付けつつ現実を否定するものでなければならない。そんな生きた思想を死骸にしてしまっては、なにも得られはしない。過去は思想の半面でしかない。

ただし物事を正しく予見するのは難しい。思想は己の臆断を正しいと妄信させてくれる。だからこそ思想は危険だ。それを振り回す人間も危険だ。長らく自分を培い、人々の信頼を勝ち得た思想ですら、未知の人々は畏怖する。ましてやそれが若い頃から特殊な儒学思想にかぶれ、ひたすら突き進む人間であればなおさらだ。私だってそういう人間とはつきあいたくない。直感的に危険だと感じるのだ。しかし、思想がそういう危険を含むものであっても、あまりにもあふれかえる歴史的研究を前にしては、どうしても私はそれを否定せずにはおれない気持ちになってしまう。

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黙識録序

(追記:2010/02/06)
南学・秦山・崎門関係の記事はサイトの方に改訂整理しました。以下は拍手をいただいた記念に残しておきますが、間違いは訂正していません。
(以上、追記終わり)

黙識録序

朱子曰く、「黙して之を識る者は、言わずして此の物 常に在るなり。今人 但だ説着せる時 在るのみ、説かざる時 在らず」(*1)と。横渠(*2)に『正蒙』の作有り、朱子に偶記の筆有り。其の他 薛氏(*3)の『読書緑』、胡氏(*4)の『居業録』、及び退渓(*5)の『自省緑』、皆 深求詳察、仁義忠信、心に離れず、而して日に其の亡き所を知り、月に其の能くする所を忘るる無からんと欲す。余 幼きより書を読み、今 殆ど六十歳。徒に犬馬と老ひ、而して自得の効無し。所謂存するが如く亡ずるが如く、説かざる時は在らずの致す所、亦 誰か責めん。然れども此の老境、古人 知精仁熟の秋なり。因りて日々見る所を録し、以て自ら他日の進否を察すと云う。

正徳五年乙未臘月四日、尚斎 識す。

〔語注〕
(*1)『朱子語類』巻三十四(『論語』默而識之章)の言葉。
(*2)張載のこと。横渠はその号。『正蒙』はその著。
(*3)薛瑄のこと。号は敬軒。『讀書録』はその著。
(*4)胡居仁のこと。号は敬齋。『居業録』はその著。
(*5)李滉のこと。退溪はその号。朝鮮の朱子学者。『自省録』はその著。

〔原文〕
默識録序
朱子曰、「默而識之者、不言而此物常在也。今人但説着時在、不説時不在。」横渠有『正蒙』之作、朱子有偶記之筆。其他薛氏之『読書緑』、胡氏之『居業録』、及退溪之『自省緑』、皆深求詳察、仁義忠信、不離乎心、而欲日知其所亡、月無忘其所能矣。余自幼讀書、今殆六十歳。徒與犬馬、而無自得之效。所謂如存如亡、不説時不在之所致、亦誰責焉。然此老境、古人知精仁熟之秋也。因日録所見、以自察他日進否云。
正五年乙未臘月四日、尚齋識。

(*)『黙識録』は三宅尚斎(名は重固)の主著。尚斎は山崎闇斎の最晩年の弟子で、同門諸子没後も長らく崎門の長老として重きをなし、また多くの著書を残したことから、崎門三傑の一人に数えられた。本書は尚斎平生の覚書で、朱子学に関することが多い。体裁は『近思録』に似せてある。日本倫理彙編本によると、巻一と巻二は道体、巻三は為学、巻四は問諸生と経解。岡直養校訂本とは体裁が異なる。岡本は手許にないので詳しくは書けない。

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書元亨釈書王臣伝論後

(追記:2010/02/06)
南学・秦山・崎門関係の記事はサイトの方に改訂整理しました。以下は拍手をいただいた記念に残しておきますが、間違いは訂正していません。
(以上、追記終わり)

元亨釈書王臣伝論の後に書す

天を以て天と為し、地を以て地と為し、日月 終古、照臨 墜ちざる者は、我が葦原の中つ国なり。是を以て君は則ち日神の嗣、臣は則ち興台産霊の児、億万載に亘りて一日の如し。なるかな。西土の国を建つる、簒弑を以て基業と為す。堯舜の聖、禅譲の美を尽くすと雖も、然れども実に天地の常経に非ず。是を以て伏羲以来、姓を更うる者 三十氏、弑を以て書す者 二百事、其の余の放廃、紛紛として疏挙すべからず。風俗の薄悪、如何と為さんや。釈徒 天竺を指して閻浮の本邦と為す。而るに其の教 家を出づ。儒者 西土を推して中華礼義の国と為す。而るに其の俗 君を弑す。孟子の曰く、「父を無みし、君を無みする、是れ禽獣なり」(*1)と。信に哀れむべきのみ。世人 常を厭ひ異を好み、外国の書に偏執し、自ら称して夷狄と為し、甚だしくは私に侘方の礼を用ひ、敢然として忌諱を為さざるに至る。名行の壊るる、寒心すべきなり。偶々師練が『釈書』の中、国宝を論ずる者を読む。既に其の言の卓絶、近世の学者 或ひは及ぶこと能はざるを歎ず。又 其の徒に知るのみにて信ずること能わず、躬 髪長の醜類に陥るを悼む(*2)。因て特に之を表出し、聊か鄙意を記し、以て其の説を終ふ。

抑々嘗て諸を源春海翁(*3)に聞く。日本の野、張翼に当たり、而して太微宮 全く之を掩ふ。張翼は己の宮、物 生じて窮まらざるの象。太微を天子の庭と為す。帝坐太子、月卿雲客、上下済済、班列 愆らず、堅垣 域を限り、将相 護衛し、毎日 天に臨み、四極(*4) 法を受く。本朝皇統磐石、外夷 窺を絶つ、其の符 此の如くなる者有り。西土の野、柳星張に当たり、而して軒轅星 全く之を掩う。柳星張は午の宮、陽道著明の象。軒轅は後宮を主どる。后妃夫人の居る所。西土の国と為る、道学大明、文物極盛にして、而も終に簒弑夷狄の禍を免ること能わざる者は、其れ日 中すれば則ち昃き、垣無くして垝れ易きの応か。天竺の野、井鬼に当たる。井鬼は未の宮、万物曖昧、幽暗に帰するなり。天竺の俗、専ら人道の顕明を捨て、而して輪廻因果の冥報に従事す。其の気の偏を受くるか。此に依りて之を言へば、万国の事、蓋し皆な天に非ざる莫きなり。斯の説 古人の未だ発せざる所。因りて併せ載せ以て朋友に寄す。
元禄丙子九月十七日、土佐国 谷重遠 謹みて書す。
『秦山集』巻四十三

〔語釈〕
(*1)『孟子』滕文公下の言葉。
(*2)不詳。
(*3)澁川春海のこと。
(*4)『漢書』禮樂志(安世房中歌)顔師古注云:「四極,四方極遠之處也」。
*字を見て意を推せるものは語釈を省いた。

〔原文〕
書元亨釋書王臣傳論後
以天為天、以地為地、日月終古、照臨不墜者、我葦原中國矣。是以君則日神之嗣、臣則興台産靈之兒、亘乎億萬載、如一日矣。矣。西土之建國、以簒弑為基業。堯舜之聖、雖盡禪讓之美、然實非天地之常經矣。是以伏羲以來、更姓者三十氏、以弑書者二百事、其餘放廢、紛紛不可疏舉。風俗之薄惡、為如何哉。釋徒指天竺為閻浮之本邦。而其教出家。儒者推西土為中華禮義之國。而其俗弑君。孟子曰、「無父無君、是禽獸也」。信可哀已。世人厭常好異、偏執外國之書、自稱為夷狄、甚至私用侘方之禮、敢然不為忌諱焉。名行之壞、可寒心也。偶讀師練釋書中論國寶者。既歎其言之卓絶、近世學者或不能及。又悼其徒知而不能信、躬陷髪長之醜類。因特表出之、聊記鄙意、以終其説。抑嘗聞諸源春海翁。日本之野、當張翼、而太微宮全掩之。張翼己宮、物生不窮之象。太微為天子庭。帝坐太子、月卿雲客、上下濟濟、班列不愆、堅垣限域、將相護衞、毎日臨天、四極受法。本朝皇統磐石、外夷絶窺、其符有如此者矣。西土之野、當柳星張、而軒轅星全掩之。柳星張午宮、陽道著明之象。軒轅主後宮。后妃夫人之所居。西土之為國、道學大明、文物極盛、而終不能免於簒弑夷狄之禍者、其日中則昃、無垣而易垝之応乎。天竺之野、當井鬼。井鬼未宮、萬物曖昧、歸幽暗也。天竺之俗、專捨人道之顯明、而從事輪廻因果之冥報。受其氣之偏乎。依此言之、萬國之事、蓋皆莫非天也。斯説古人之所未發焉。因併載以寄朋友。元祿丙子九月十七日、土佐國谷重遠謹書。

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『秦山集』巻29

惟だ其れ理に根ざして日々生ずる者のみ、浩然として窮まり無し。天地を祭り、山川を祭り、祖先五祀を祭りて、感格せざる無し。

家僮 飢困して、己れ則ち游会宴会す。人情に非ざるなり。

湯武の挙、当日天下の幸なるも、万世天下の不幸なり。若し惟だ舜禹のみ有りて湯武無くんば、則ち秦漢以来、殪死百万、流血千里の惨、未だ必ずしも斯の若きの多からざるなり。


便所で『秦山集』を読んでいたら、秦山らしい言葉を発見したので、メモがわりに書いておく。特に2条目は秦山が好きそうな発言だ。要するに、「使用人(部下でもいい)が飢えているのに、自分(主人)はあちこちの宴会に遊び歩くなんて、とうてい人間のすることではない」というような意味になる。

3条目は湯武革命を批判したもの。崎門の伝統でもあり、また南学の伝統でもある。湯武の革命は当時の人には幸いだっただろうが、天下後世から考えれば不幸なことだった。秦漢以来、内乱で夥しい血が流れたのは、湯武の所行のせいである、と。ただ舜と禹を認めているのは少し意外だ。舜と禹を認めることは、禅譲を認めることになり、君臣一定の道理に叛するからだ。もしかしたら「舜禹の方がまし」という意味かもしれないが。ここだけでは判断できない。1条目は、理を重んじた朱子学者らしい発言。理は天地人に通ずるが故に、祖先の来格を招くというのだろう。

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雑記

土佐国山内家宝物資料館には谷家の旧蔵書が保存されており、私も調査・撮影させてもらったことがある。でもなかなか時間が取れず、まだ読めていないところがあるのだ。今年の年末に読めないかな、と淡い期待を抱いたりしている。

その未調査の書物に、真潮の『北渓随筆』(『土佐国群書類従』所収のとは別のもの)がある。真潮さんのこれは読むのが大変なのだ。裏紙に文字がびっしりなのだけど、表の文字が強すぎて、裏紙にまでべったり墨が映ってしまって読みにくいのなんの。なんでも谷家の人々は自分の勉強様には裏紙をよく使ったらしい。それほど家計に余裕がなかったというのも理由らしいけど、質素倹約を旨としていたからというのもあるらしい。いかにも秦山先生の教えらしく好感が持てる。

でも秦山の抜き書き集である『秦山日抄』はすごく立派な書物なんだよね。直に手にしたけど、ちょっと感動した。末尾に載っている垣守の識語がまた感動的で、彼がどれほど父親を尊敬していたかよく分かる。識語は吉崎久編『谷秦山・垣守・真潮関係書目録』(『神道書目叢刊』七)にも掲載されてます。

ちなみに件の資料館の史料は、利用規約の問題で、このブログに細かく書けませんので、万が一、質問されても答えられませんのであしからず。

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寿命

子供のころは、「むかしは人生50年だった」と聞かされて、短いと思った。たぶん幸せだったのだろう。でも今はむしろそれくらいが幸せなのかも知れないと思わないでもない。幸せな人も、不幸な人も。考えても仕方のないことだが、50そこそこで死ぬのなら、違う人生を歩んだ人もいるのではないかと、思ったり思わなかったり。

いや、もちろん人生を楽しんでいる人に文句をつけるつもりは全くありませんよ。

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古典教育(補足)

あまりこだわるつもりはないが、もう少しだけ書いておこう。昨日の補足。

中国の古典を読んでいて、個人的にためになったのは、個人的なところと実践的なところかな。

例えば、『韓非子』を読めば、どうすれば人をだませるかがよく分かる。もともとは君主が臣下にだまされないための方法を書いたものだが、それは裏を返せば、どうすれば上の人間をだまるかを説いたことに他ならない。なるほど人をだますのはよくないかも知れない。しかし司馬遷は言うじゃないか、「天道、是か非か」って。天道に是も非もないなら、やりどくなんだよ。悪いことなんぞ、ばれなければいいのだ。司馬遷はきっとそういうことが言いたかったに違いない。

宋代の学者に至っては、「人生、うまくいくかどうかは運しだい。正しく生きることが人生の全てだ。だから自分の不遇なんて気にするな!」と言った。また「人間は悪しきことをすると、必ず心のどこかが痛くなる。ところが正しい生き方をしていれば、心の底から楽しく嬉しくなれる。たとえ不遇な生活を余儀なくされても、正しく生きてさえいけば、人間は幸せなのだ」と。

そうなのだ、正しく生きることが人生なのだ。だから悪事が正しいことだと思えば、それを貫くべきなのだ!世の中には悪事をなして心から平然としておれる人間がいるらしい。だったらその人にとって、まことに自分の心地よいことを有言実行したわけだ。その人にとって、悪事は正しいことだったのだ。きっと宋代の学者はこういうことが言いたかったに違いない。

そう言えば、宋儒は仏教を批判して、儒家本天の学とか言ったらしいね。儒家は天に本づく。それは仏教が己の心に本づくのとは全く違う。仏教は自分の私利私欲にまみれた心を基準にして、すべてのことを考えるので、すべての行為や思想は利己的になる。でも儒家は違う。だって公平無私の天に本づいているんだもん!

天は公平無私だ。弱い奴は死ぬ。強い奴は生き残る。強いも弱いも運にかかってるのに、偶然強く生まれたらそれでOK!、下手に弱かったら、もう死んでね!ってか?ほんと、人間から動物・微生物まで、まさに自然の法則を理解した完璧な教えだね。いや、ほんと素晴らしいね。まさしく古典は勝者の歴史だよね。だって読み書きできるくらいの勝者じゃないと、記録に残せないもんね。


まあ、空しいのでこれくらいにしておこう。物は言いようとはよくいったもので、悪いようにも善いようにも、どちらにも取れる。なんでもそうだ。どれほど善い言葉でも、表があれば裏がある。悪く取ろうと思えば取れるのだ。それらをよりよい解釈にするのは、世界が古典の描く論理に従わなければならない。もっとも単純には、孟子の描く理想世界に生きるには、本人だけではなく、まわりの人間もみなその論理に従わなければならないのだ。ちょうど民主主義が、それ以外の主義の存在を認められないのと同じだ。

少し前に読んだ本に、儒学者の理念を批判して「社会の秩序を維持するためには、中国の古典が描くような道徳を基礎とした国内秩序を確立するだけでは十分でないことは明らかであった。なぜなら、中国文化にまったく感化されない外部勢力が存在すれば、中国の社会そのものが滅ぼされる恐れがあるからである」(『戦略の形成』上巻、中央公論新社、2007年、199頁)と書いてあった。これは古典の有効利用にもそのまま当てはまる。いや、外部勢力が存在するどころか、外部勢力しか存在しないこの現在、中国の古典の論理で我が身を処すなど、自殺行為としかいいようがない。

もし私が古典を有益に使えるなら、私は私自身を徹頭徹尾古典から切り離し、自分の都合のいいように、私の好みにあうように、私の必要なところだけを、古典から抜き出してくるだろう。あるいは、もし私が安逸なうちに生活を送れるというのなら、せいぜい古典でも読んで、その意味するところを空想に描いて、豊かで贅沢な人生をすごそうじゃないか。それで文才でもあれば、古典の訳本や解説書を出すのも悪くない。

あるいはより本質的に、古典を有効利用するには、古典そのものを一新しなければならない。旧染の汚を洗い流すように、すべての古典の価値を塗り替えなければならない。そう、これからのほとんどの人間が正しいと信じられる理念にあわせて。そういう「古典」があるのなら、現在でも大いに利用価値はあるだろう。しかし現在の世界の情勢からいって、これが正しい!というような理念は簡単に出てこないだろう。我々が信じている多くのことですら、ここ十年か二十年で崩壊するだろう。理念の見つけられないところでは、やはり古典は自分に都合よく使うのが一番ではないかと思う。

そうそう、最後に蛇足だが、日本の儒学者は、反動的な発言が多くて為になる。みんなみんな、「貧乏がなんだ!」って言うんだもの。みんな貧乏を望んだら、日本は亡びるよねえ。でも、どうにもならない人間の処世術としては、大いに役に立つ。私はそういう使い方をしている。

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古典教育(続)

先々週のこと、若年者に対する『論語』教育(中国古典教育)は有害だと文句をつけたら、一般人にとっての有益な用い方を書くべきだというお叱りを受けた。もっともな話しだ。批判だけなら誰でもできる。しかし正直なところ、『かなめも』のレビューをしたり、さくらちゃんは神だと言ったり、四コマの感想を書く人間が、『論語』のような中国古典の有用性を説くのはどうよという気がしないではない。なによりも、もし人々を賛同せしめるような中国古典の有効利用法を説明できるのなら、恐らく私はそれで飯を食っているはずだ。

ということで、まともにお答えするのは困難なのだが、せっかくのコメントなので、私自身の考えを書いておこう。手順として、まず「恐らく求められているであろうこと」に対する「求められていないだろう答え」を、ついで「相手の存在を無視した私の所感」を書くことにしたい。ただし、ありきたりの解答か、さもなくば肩すかしになるというのは、予め申し上げておく。

*コメントは管理画面で一元的に管理できるので、関係する記事のところに書いてもらって構いません。
*本記事は上記のコメントに対するものです。非表示でしたので、コメントの内容は細かく書きません。

(1)普通の返信

私は一般の人間に古典(中国古典)を薦めるつもりはない。古典を読んで意味があるとすれば、恐らくそうとう裕福な人間に限られると思う。古典を専門にして生活に困らない人間は、古典を学ぶ価値がある。しかし自身の生活も苦しい人間が古典を読んでも、時間を空費することになるだろう。古典は金持ちの遊びなのだと思う。

とはいえ、古典を学びたい人にやめろというつもりはない。例えば、世の中にはhowto本を好む人がいる。うまくhowto本とつきあえるのなら、そのhowto本はその人にとって有益なものとなるだろう。それと同じで、『論語』や『孫子』や『韓非子』を読んで、その人にとって有益なものを引き出せるというのなら、それでいいのではないかと思う。その場合、学者の求めたがる「高尚な解釈」や「理解」を求める必要などない。自分の必要に応じて読めばいいのだ。

また、実益の有無だけで古典の要不要を考える必要もない。つりを好む人がいる。それと同じように、古典を読んでおもしろいと思える人もいるだろう。その人にとって古典は娯楽なのだ。単に同好の士が少ないだけで、その人にとって古典は立派な娯楽たり得ているのだ。ならば楽しく古典を読む人に向かって、価値がないとか、実益がどうとか、そういう発言をすることは無粋だろう。

あそこの記事で、私は「古典は魅力的」と言ったが、あの「魅力」は、恐らく「有効利用」を尋ねられた方の求めていない「魅力」だと思う。

古典は現実と異なる論理で動いている。したがって古典的論理を理解することは、とりもなおさず現実の論理と異なる論理を、自分自身に宿すことになる。しかし現実の論理を否定する論理を同一人の中に宿すのは、思うほど簡単ではない。例えば、現在の日本では、ふつう殺人は否定されている(戦争等を除く)。しかし古典の世界では異なる。むしろ条件が揃えば推奨されることすらある。その二つの論理を同時に肯定するのは、思うほど簡単ではない。

では、なぜこの異なる論理を知ろうとするのか。まず、研究者的態度で言うならば、異なる論理は、それ自体が楽しいからだ。その効能や実益などどうでもいい。知りたいだけなのだ。同じ現実を目の前にして、異なるものとしてその現実を捉えられる。これは発見であり、非常に楽しいものだ。

だが、もう少し実益というものを考慮するならば、次のように説明することも可能だ。すなわち、そのような作業を続けることで、現実の中に潜む問題を認識したり、その打開策を考えることもあるていど可能となる、と。問題を解決するとき、最も有効な方法は、試行錯誤によって問題そのものを無効化することだが、次善のものとして、現実の論理の外にいる人間の知恵を借りる方法がある。古典はその最も有効な利用法の一つだと思われる。しかしそのとき注意しなければならないのは、読み手が古典のもつ歴史性に曳かれることだろう。

人間がなにかを主張する場合、必ずなんらかの背景を必要とする。その背景なくして物事は主張できない。しかし主張を一般化するには、背景が邪魔になる。しかも厄介なことに、数式などを用いて一般化した定理は、現実から余りに隔たりが生じ、現実的な有用性を失ってしまう。そのため古典を利用するものは、常に背景に依存して古典を読みながらも、常に古典の哲理から背景を除去して理解する必要に迫られる。かつて中国の学者が「六経は糟粕だ」と不遜な発言をしたのも、恐らくこの種のことを指してのことではないかと思う。

六経は儒学(したがって旧時代の中国の知識人)の根本聖典であり、糟粕は「残りかす」を意味する。根本聖典であるはずの六経が、なぜ真理を抽出された残りかすなのか。――六経の文字に拘泥して、その歴史性に依存するならば、六経の精神は理解できない。六経の文字に拘泥するものは、六経の糟粕を嘗めるに等しい。だから六経は糟粕なのだ。しかし、六経の精神を、もし心の問題のみとして捉えるなら、それは間違いだと言わなければならない。六経の精神は六経の文字そのものにはないが、その文字がなければ精神は伝わらない。したがって六経の精神を知るには、六経の文字に即しつつ、しかも文字を忘れなければならない。

簡単に言うと、古典を読むのに、その背景となる歴史や一般事項を知っておく必要はあるが、古典の歴史だけいくら勉強しても、古典を読んだことにならないという、至極一般的なことになる。そしてこのようにして有益たり得る古典的知識は、およそ普通の人間には必要ないものだと思われる。普通の人間は、このような古典的知識を得たところで、実際に用いるところがない。用いて有益であるとすれば、それはもっと「高尚な世界」や「高度な判断が求められる世界」に住む住人ではないかと思う。

さて、このような結論がお気に召さないものであることは、私も十分承知しているつもりだ。人間が問いを発するとき、既にある範囲の結論を求めている場合が多い。むしろ自分の好む傾向にある結論をうまく導き出してくれる解答、もしくは自分の好む傾向を導くのに有益な解答を求めて、あえて問いを発する場合が多い。したがって中国古典の有効利用はどうかという問いを発した人間は、有効利用が可能であり、その方法は何かを知りたいのだと、考えなければならない。そしてもし私が商売でこれをしているなら、そのように答えるだろう。あるいは顧客の要望の情報が不足しているなら、段階を踏んで顧客の求めを探り、その上で顧客の望む結論を出すだろう。しかし幸か不幸か私はこれを商売にしていない。

したがって中国古典の有効利用法を尋ねられたとき、私は、中国古典の有効利用はないという結論を出し得る。そのような私からすれば、中国古典の利用法は、通常のhowto本と同じような効果しか期待できない。「東洋思想で磨く人間力」、「ビジネスに活かす中国思想の叡智」、「今こそ求められる春秋の筆法」などともっともらしく説明してみても、それはhowto本と同じなのだ。ただ少しばかり高尚に見えるだけだ。もし実益を求めるなら、古典を学ぶ意味など、ほとんどない。

なお以前の記事で書いたことだが、中国との関係上、中国古典を知っている方が国益に適うというで、そのために中国古典を学ぶのなら、それは明らかに有用だ。その場合の古典の有効性は、いわゆる古典を学ぶという「高尚な」ものではなく、徹頭徹尾実利的なものとして、つまり直接利用するための、もっといえば知識をひけらかす/相手に欺されない/相手を欺すために、必要なものとなるからだ。

一番目の回答はここで了わり。


(2)相手の存在を無視した返信

中国古典の利用法として、私がすぐ思い浮かぶのは三つある。第一に、それによって直に技術や実用知識を身に付けるため。第二に、自身に箔をつけるため。第三に、実践的なもの以外のもののために、例えば暇つぶし(読書)とか、自己満足(俺は知っているという類のあれ)とか、修行とか、趣味(無意味な学者の研究)とか、そういうもののため。

この中で中国古典の利用法として本質的なのは第一であるが、第二の方法も決して無視できない。例えば、江戸時代の儒学者は、もともとネイティブと同等のライティング能力はなく、書き下し文的なものを下敷きに漢文らしいものを作っていたとされる。下敷きが書き下し文なら、それはもう日本語のようなものだから、それなら一層のこと日本語で書けばよさそうなのに、そうはしなかった。なぜか。中国古文で書かないと一流と見なされなかったからだ。当時の知識人からすれば、中国古典の知識を用い、美文らしく見える文章を書くことが、知識人の証だった。だから内容に関わらず(しかも読むのが日本人に限られるのに)、中国古典の知識をもち、それを中国古典のように書く必要があったのだ。箔をつけるための古典利用は、非常に有益で実益のあるものなのだ。

では第二の利用法が現代に有効かといえば、かなり疑問がある。まず第一に、古典的知識に溢れる人間は、少なくとも一般的には評価されるだろうが(日本では顰蹙を買う可能性があるが)、必ずしも必須ではない。殊に中国古典は不利な立場にある。かつて中国古典の影響を受けた我が国でさへ、もはや影も形もなく無視されている。それがもとよりその影響を受けなかった他の大多数の地域であればどうか。古典的知識を持つ人間が尊敬されるのは、その古典的知識が他の人々と共有されているところに限られる。したがって日本人の前でシェークスピアを引用してみても、教養を感じるのは一部の学者だけで、現地人は特別な感銘を受けない。それと同じことは当然ながら中国古典にも当てはまる。

中国人にはいざしらず、中国古典の知識など、日本人にとってほとんど無意味なばかりか、白けられるのが関の山だ。では今後ますます重要性を増す中国で用いるなら有用だろうか。これも大いに疑問がある。仮に中国で古典的知識が喜ばれたとしても、恐らく普通の日本人が普通に学んだ程度の中国古典の知識では、ゴミに均しいだろう。むしろ失笑を買うであろう。日本では古典勉強が冷遇されているので、我が国の古典的知識はほとんど学ばない。しかし他の国がこれと同じというわけではない。要するに、第二の方法として中国古典を用いるのは、努力の割にほとんど実益がない。

では第一の利用法はどうか。かつて中国古典には現実的に有益なものが記されていたと考えられていた。だから多くの学者が古典を研究した。古典には、現在の医学や薬学や経済学と同じ価値があり(あると信じられており)、漢文には現在の英語と同じ効能があった。だから古典の研究に精を出したと考えられる。しかし現在は違う。古典に医学や薬学や経済学と同等の効能を求める人間はいない。なるほど、古典を読めばもしかするとヒントくらいは得られるかも知れない。しかし費用対効果が悪すぎる。不確実なヒントを得るために古典の研究に数十年の時間を払う人間はいないだろう。

ここにもう一つ考慮しておかねばならないのは、かつて古典は人間世界における価値のほとんど唯一の源泉だったが、現在ではそのように考えられていないということである。なるほど古典に価値はあるかもしれない。しかし古典と同様の価値を、近しい時代に生み出され、また現在生み出されつつある書物も持っている。むしろ近現代の書物の方が、古典よりも我々との時代が近い故に、より一層価値があると考えられる。ならば敢えて読みにくい古典を読んで、わずかなヒントを求める必要はない。少なくとも古典と同格の価値を持つ最近の書物を、我々は読めばいいことになる。従って、第一の古典利用法は、現実においてほとんど存在価値がないと言える。

なおこれに関連して、中国の独自性を知るために中国古典を学ぶ必要があるという考えがある。これはなかなか有力なものらしく、あちこちでこの種の考えを耳にする。確かに中国の独自性は中国古典から得られるだろう。しかし中国への効果的な対応は、古典から得られるものではない。かつて実務的に成功した人物の全てが中国古典に通じていたわけではない。否、古典の解釈はつねに変化し続けており、学者によると「進歩しつづけている」らしいから、かつて存在した人間は、誰一人として古典を正しく理解できていなかったはずだ。ならば成功を夢見る人は、古典のような不確かなものを頼りとせず、もっと別のものに身に付けるべきだということになる。

ましてや中国のことを知るのに中国の古典(したがって歴史)を用いるというのは、一種の同義反復でしかない。例えば、現実の中国を研究した結果、A{a,b,c,d}の特徴を得られたとする。それと同様に過去の中国(もっと厳密に言えば歴史書)を分析した結果、歴史順にB{a,c,f,g,}、C{a,b,g,q}、D{a,d,g,z}の特徴と区別を発見し得たとする。この場合、中国を特徴づけるものは{a}であり、変化したものは{b,c,d,f,g,q,z}であり、結果として中国は{g}の特徴を喪失させ、{a}の特徴のみをもつものとして推移したと考えられる。しかしこれは常に現実の中国A{a,b,c,d}に依存する。過去は現実から遡った場合に意味を持つのである。Aが変化するとき、中国の特質も変化する。Aは古典によって証明されたように見えるだけで、古典の意味はAによって決定されている。したがってAを証明するのに古典を用いることは、意味をなさない。

ましてや現実の中国の推移は、歴史的に判断できるものではない。これも便宜的に個々の場合と全体の場合の二つに分けて説明するならば、まず個々の決定について、これはほとんど偶然に依存する。誰しも知るように、ある決断に対して、歴史的英断を下す場合もあれば、「やはり」という決断を下す場合もある。その各々は複雑に動く現実と当事者の間で決定されるのであり、決して大時代的な歴史が決定するものではない。

第二に、これよりも少し大きい問題として、中国の全体性的推移を問題とする場合が考えられる。しかしこれも非常に心許ない判断である。なぜか。大抵この種の大時代的な歴史的推移を根拠とするものは、中国を例に取るならば、中国以外の諸条件が不同の場合、中国はこうなるという判断をする。あるいは顕在化した中国外の諸条件と中国の諸条件を可変的に扱うことで、判断する。もちろんこのような方法は、歴史的問題以外の研究に対しては、例えば経済学のようなものに対しては、ある程度有効性をもつのかも知れない(私は知らない)。しかし古典研究それ自体から価値を引き出すような大きい試みのための方法としては、あまりに問題が多すぎる。

もし古典から大時代的な結論を引き出すならば、潜在化している問題のみならず、人間の無意識下にある問題、さらには人間に関知し得ない問題をも考慮に入れ、常にあらゆる条件が変化しつづける中で分析しなければならない。しかしそのようなものは不可能だ。まれに歴史に依存して正しい現実を把握したと称する人間が、歴史学者の中にいる。しかしその種の学者の著書を見るならば、およそ意識化されない多くの前提や知識が既に存在し、それらに導かれる形で史料を解釈して結論を出したものであることが分かる。極端な言い方をすれば、取り立てて史料的根拠などならべなくても、はじめから結論が出ていたとも言い得る。

こうして考えるならば、中国古典に対する贔屓を捨てたとき、果たして中国古典に特別の価値を与えられるだろうか。中国古典贔屓とは、言うなれば武士道贔屓や仏教贔屓と同じだ。それぞれに有益なものを含んではいるだろうが、それ以上のものではない。その各々のもつ有効性は、他のものがもつ有効性と、おそらくほぼ同量だろう。ならば中国古典を他よりも優遇しなければならない理由はなくなる。他よりも優遇する必要のない存在は、個人の好み以外に魅力を持ち得ず、それは結局趣味ということに他ならない。

そこで最も無益な第三の方法が残ることになる。しかしこれは説明しなくてもいいだろう。こういう利用法は、本質的ではない。学者が古典研究で遊んでおれるのは、せいぜい「我が国にはこういう暇なものに金を出す余裕がありますよ」という見栄にすぎない。見栄をはる余裕がなくなれば、当然ながらまっ先に切り捨てられるだろう。そして学者のように国から金をもらっていない場合、つまり普通の人間が個人的な興味で中国古典を学ぶ場合は、それはもう個人のお金と時間がつづく限り、どうぞご自由にということになる。そして古典に対する第一と第二の利用効果がない現在に於いては、中国古典に対する教養は一部マニアにしか受け入れられず、web上であっても小さいサークルの中で活動するしかなくなる。

結論として、中国古典の有効な利用法はあるかと問われるなら、本人が大人であり、且つそれに興味があるなら、個人及びそれに友好的な理解を示してくれる人間同士で、喜び合うことが懸命な有効利用法だと思う。皮肉な言い方をすれば、わざわざ中国古典を用いなくても、howto本で充分こと足りる知識を、あえて金と時間をかけて手に入れたいと思う人間が、精神的な満足を得ること、それが中国古典の有効な利用法だと思われる。私があえて「大人」と断るのは、古典の描く世界は、その論理に従うならば、それなりに合理的なもの故に、現実を知らない子供が古典を玩び、古典的論理の罠に身を嵌めるならば、現実を否定して古典的論理を肯定しかねず、そうなればその子の将来を駄目にするばかりか、世の中に与える害悪も大きいからだ。

もし中国古典を万人に有用たらしめようと思うなら、なによりもまず万人の望むものが中国古典にあることを示さなければならない。それなくして万人が中国古典を学ぶことなどあり得ない。しかし仮に中国古典の中に有用性を発見し、世の中に開示できたとしても、恐らくそのとき従来の中国古典愛好家は閉口するだろう。なぜなら、そのとき開示される中国古典は、既に愛好家の知るそれではないからだ。愛好家の知る中国古典とは、かつての中国古典であり、医学や経済学のような武器を備えている古典ではないからだ。


なお吉田茂をはじめ、むかしの多くの政治家が漢文に親しんだというのは、別に異とするに足らない。戦前は現在よりも江戸時代に近く、従って現在よりも漢文の知識が漸減しつつ生きていた。漢文を学んだ人々が多い中では、漢文も意味を持ち得る。上の第一と第二の意味が、漸減しつつも、存在したからだ。だから現実的な力が中国古典にあったのだ。現在はその最後の延長線上と考えられる。だからまだ漢文に固守する人がいるのだろう。

私が中国古典に興味を持ったのは、半分は最後の延長線上に引っかかったからだが、もう一つは、私の住む世界とは全く異なる存在として、中国の古典に興味を持ったからだ。言うまでもなく、その場合の中国の古典は、日本ではほとんど知られていないアフリカや南米の諸文化と同等の意味を持つ。自分と異なるものだから、牽かれたというに過ぎない。そして興味を持ち、その道に足を踏み入れた以上、当然のこととして私は中国古典に価値を付与しようと考えた。付与という言い方が嫌なら、発見でもいい。どちらも同じことを別の表現で述べただけだ。私がこのブログで春秋学を無意味に喧伝しているのは、古い春秋学を復活させたいわけでもなければ、春秋学の歴史を宣伝したいからでもない。私にとってそれらは無価値なものだ。私が春秋学を云々するのは、新しい価値ある体系としての春秋学を復活させたいからに他ならない(まだ発見できていないが)。

二番目の回答はここで了わり。

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思い出

今年の4月頃に大急ぎで『秦山集』に目を通した。あのときは偶然だったので、どうしても急がざるを得なかった。もちろんそのおかげで短期間に『秦山集』全編に目を通すことができたので、かえって書物全体の状況は把握しやすかったのだが、内容となると、やはり精読したく思う気持ちが強かった。

『秦山集』は、明治時代に秦山の子孫・谷干城が刊本(線装本)を出版したおかげで、貴重書あつかいされるほどではなく、来歴のある図書館にいけば所蔵されていることも多いらしい。しかしそうは言っても明治時代のものだけに、今現在あちこちの古本屋に出回るようなものではなく、出品されてもそれ相当の値段がついてしまう。

そういうこともあって、あれ以来、古本屋に『秦山集』が出ていないものか探していたのだが、案外というべきか、数ヶ月の後に売りに出されているのを発見してしまった。値段はそこそこだったので買うか否か迷ったが、現状から考えて、恐らく私がこの手の古籍を買う最後の機会だろうと思い、手持ちの不要な本を幾つか処分して購入に踏み切った。そして代金を振り込んだ数日後、件の『秦山集』の裸本が手許に届いた。

さっそく『秦山集』の中身を調べたところ、総じて綺麗なものだったが、部分的に破れた頁があった。しかしそれらも運良くむかし抜き書きしておいた部分だったので、内容的に不明なところは一文字もなかった。帙入りでなかったのは残念だが、これは平積みしておけば問題ないだろう。いまは枕元の出っ張りの上に平積みしてある。

とはいえ、『秦山集』を入手しても、のんびりと読み耽っておれるわけはなく、たまに時間を見つけては頁をめくる日がつづいた。最近になって、ようやく1冊ばかり読み了ったところだ。『秦山集』といえば澁川春海らの伝承を伝えた『甲乙録』が有名だが、私は秦山じしんの言葉の多い『丙丁録』以下の記録の方が好きだ。

秦山の言葉は、平凡なように見えて、安易さがない。殊に人間が陥りがちな奢りの心、心の奥底に潜む怨みの情、努力だけでは立派な人間たり得ない厳しい現実を、鋭く指摘している。日々の努力を欠かさなかった秦山じしんが、体験的に得たものだったに違いない。心を落ち着けて読めば、急いで読んだときとはまたひと味違う深みがある。こういう書物を読み得たのは、ある種の幸せといえるだろう。

しかし『秦山集』を読んで思い出すのは、修士課程に入学(進学?)したときに買った『続資治通鑑長編』と『宋会要輯稿』(どちらも影印本)のことだ。あの当時、両書を使いこなす力はなかったが、それでも始めて専門的な本を手に入れたというので、夜中、無意味に頁をめくってニヤニヤしていた。もう随分遠い昔のことだし、もしかするとそれが間違いだったのかも知れない。しかし当時の嬉しかった記憶を思い出すと、やはり今の結果を導いたのは当時の自分なのだなと、改めて思い知らされる。それと同時に、そういう幸せをひとときでも味わえたことは、今はどうあろうと、私自身やはり幸せだったのだろうと思いもする。

優れた人間は世の中にたくさんいるが、私がとりわけ秦山先生に牽かれるのは、なにか秦山の言葉に、私に足らないものを見ているからかもしれない。

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四コマ感想(続)

全力委員長(1) (バンブー・コミックス)全力委員長(1) (バンブー・コミックス)
(2009/12/17)
のしお

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人から勧められて購入した。のしお氏の『全力委員長』第1巻。傍若無人な「独裁権力」を振るうクラス委員長を中心に、個性的なクラスの仲間が織りなすギャグ四コマ。シュールというほどではないが、萌え四コマとは一線を劃す独特な世界観が楽しめる。ただし、本巻半ばまでは登場人物の識別に難を感じた。

のしお氏の「あとがき」によると、もともと別の漫画の登場人物を一まとめにしたのが本作らしい。そのためだろうか、本巻を通じて、クラス委員長が中心なのは分かるが、必ずしも他のキャラクタとかみ合っておらず、それぞれバラバラに動いているように見えた。個々のキャラクタも面白いので、これはこれでいいのだろうが、第2巻ではタイトル通り、委員長と他のメンバーとの息のあった四コマも見てみたい。

本作の主要登場人物:

・委員長と№2
・小山田とマナ
・宮本
・ウサギさん達と飼育委員
・つぼみ
・先生

№2とウサギ以外は全員女学生。頻出度的には、委員長・№2・つぼみ・先生の話が多く、ついで小山田とマナの、つぎに飼育委員の、最後に宮本の絡む話しの順。話しの傾向としては、委員長関係のものが「委員長の暴挙」を笑いとするのに対し、小山田関係のものはブラックユーモアが目立つ。飼育委員のはちょっとシュールかな。つぼみはバカキャラなのだが、笑えるというより、ちょっと痛かった。

私が一番おもしろかったのは、小山田とマナの黒い(暗い?)かけあいかな。極度に根暗で不幸な過去を持ちネガティブ思考で少し黒い性格の小山田と、成績が悪いだけの標準的な人間であるマナとのかけ合いは、実に光るものがあった。もちろん小山田の発言に。特に小山田がマナを励ますために言った「人間いつかは死ぬんだし……」(79頁)には、非常に親近感を覚えた。「人間どうせ最後は死ぬ」というのが私の口癖だから。でも、27頁のマナの言葉は、たぶん小山田の心に深い傷を残しただろうね。

万人受けするかどうか分からないが、気になる人は挑戦してみて損はないと思う。たぶん収穫になるだろう。ただし本巻半分ほどは、絵的にちょっと我慢が必要だとは思う。2巻に期待。

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四コマ感想

久しぶりの四コマ感想。ずいぶん前に発売されたものもありますが、記念にまとめて書いてみます。

晴れのちシンデレラ 2 (バンブー・コミックス MOMO SELECTION)晴れのちシンデレラ 2 (バンブー・コミックス MOMO SELECTION)
(2009/11/27)
宮成 楽

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待望の第2巻。あいわららず優しくキュートで、それでいてワイルドな晴さんの活躍が楽しめました。お嬢様学校きっての才女だけど、実は極貧生活を送った過去があった......ということで、身に染みついた貧乏性とお嬢様ライフのギャップを笑いにした四コマ。比較的ありがちな設定なんだけど、著者の人柄なのか、それとも精緻な計画なのか、不思議といつもいつも雑誌で楽しませてもらってます。ということで、第1巻に引き続き、妙に存在感(派手さ?)と温かさを感じる四コマでした。巻末に特別附録「晴れのちおうじさま」あり。


兄妹はじめました! (4) (まんがタイムKRコミックス)兄妹はじめました! (4) (まんがタイムKRコミックス)
(2009/09/26)
愁☆ 一樹

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発売されてから3ヶ月も経っていたのか......『兄妹はじめました』の最終巻。第3巻で双子が活躍したので、そっちに話しが伸びるのかと思いきや、本巻の途中から兄妹の親が登場し、急転直下のシリアス展開になりました。本作は義理の兄妹のつきつ離れつを描いた今風の四コマだから、どれほどシリアスになっても現実味のある話とは言い難いけど、それなりにしんみり感はあったと思う。連載中は「読者の想像に任せます」というような終わりだったが、単行本では後日談が少し描かれている。何はともあれ、よかったね、というところかな。連載開始から長い時間が経ちましたが、最後まで楽しませてもらいました。ありがとうございました。


とらぶるクリック!! (4) (まんがタイムKRコミックス)とらぶるクリック!! (4) (まんがタイムKRコミックス)
(2009/10/27)
門瀬 粗

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これも発売から既に2ヶ月が過ぎていた。『とらぶるクリック』最終巻。上の『兄妹はじめました』と同じく、連載開始から知っている者とすれば、やはり最終巻は感慨深い。でも本作は、まぁ、いつもと同じだったかな。あいかわらずPC部のキャラがバカ騒ぎを起こして、なんとなくうまく収まるというか。最後の数話は主要人物総出でPC部の危機を救うという、どこかの熱い漫画のノリでした。総じておもしろおかしい四コマでしたが、実際に流れた歳月は蔽いがたく、どうしても読み終わるころには少しさみしくなりました。長いあいだ楽しませてもらって、ありがとうございました。そうそう『キャラット』にて門瀬さんの新作が始まってます。


となりのなにげさん 1 (まんがタイムコミックス)となりのなにげさん 1 (まんがタイムコミックス)
(2009/08/07)
橘 紫夕

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これも発売から4ヶ月。でも覚えている。本作との出会い。それは本当に「なにげなく」本屋で買っただけだった。とはいえ、著者の『ひよわーるど』というのを知っていたので、それほどの冒険心はなかった。購入後、知る人ぞ知る四コマだったらしいことを知った。感想ねぇ......おもしろかった。主人公の「なにげさん」が、なにげに困っている人を助けてくれるというお話。なにげさんがあまりに無節操(?)に人助けをするので、私なんぞは、「明らかに自業自得の人間を軽々しく手助けするのは、教育上よろしくないのではないか」と余計なことを考えてしまったが、意外にと言うか、自業自得の人は助けてもらってもそれなりの報いを受けることになっているらしい。なにげに読むと楽しいと四コマだとは思う。


それだけでうれしい (まんがタイムコミックス)それだけでうれしい (まんがタイムコミックス)
(2009/09/07)
松田 円

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これも3ヶ月前。ちなみに四コマではありません。四コマ誌に連載はされていましたが。幼なじみの微妙な関係を描いたもので、コミカルでありながら、透明感のある漫画でした。隔月連載ということで、いつも続きが気になったのを覚えています。何はともあれ、結論まで読めてなにより。ちなみに私はこの本の発売日に書店を三箇所めぐってようやく入手した。しかも夜中に。なぜか?なぜ三箇所もめぐる必要があったのか?私はこの本もてっきり「四コマ漫画」の大きさで、四コマコーナーに配置されているものと思い、必至でその付近を探していたのでした。で、最後に仕方なく向かった大型書店で店内検索を使ったところ......普通の漫画本の大きさの本作が、普通の漫画本の新刊コーナーにならんでました。いやぁ、家路についた時の私ときたら、入手できて嬉しいのに、眉毛が妙にピクピクしてしまって。


年末以後の個人的注目作品。

今月末:『恋愛ラボ』第4巻。
来月:『Smileすいーつ』第3巻、『おうちがいちばん』第5巻、『キルミーベイベー』第2巻。
再来月:『うさぎのーと』第2巻、『ちょー!えど幕末伝』、『手のり魔王』、『ダブルナイト』第2巻。

『恋愛ラボ』、新刊はやいな。ドラマCD、おめでとうございます。佐野さんの新作も楽しみです。こちらは雑誌を読んでいないので。『うさぎのーと』は死んでも買わなければ。『ちょー!えど幕末伝』は巻数がついてないので連載終了ですかね?でも前作が終わってゲスト登場したときには、まさか単行本がでると思わなかった。面白かったけど、ネタ的に続くのかなという心配があったもので。『手のり魔王』は梅吉(ねこ)がかわいい。『ダブルナイト』は最終巻ということで。『キルミーベイベー』は第1巻を読んだので、それなりに気になっている。『おうちがいちばん』はねぇ、実は第2巻発売以後、長らく続巻が発売されなかったので、あきらめてしまったのよね。でも雑誌の方では読んでます。

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秦山先生

谷秦山は魅力的な人間だが、見る人間の立場によって、評価は二つに分かれる。一つは秦山の強烈な神国思想を重視するやり方で、これは戦前の議論に根強い。もう一方、これと同じほど影響力を持つのが、貧困に喘ぎながらも有為の後学を育てた教育者としての秦山だ。教育者として優れた資質をもった秦山が、強烈な神国思想を吹聴していたわけだから、どちらの評価も間違いではない。だから神国思想を重んじたい人は秦山のそれを、そういう思想が好きになれないにも関わらず秦山に好感を持つ人は教育者としての側面を、重視することになる。

私はどちらにも引かれる人間だが、強いて言えば、人間として立派に生き抜いた秦山の方に引かれるものがある。秦山の神国思想はそれはそれで面白いのだが、主張に強引なところがあり、下手をすると浅薄な印象を受ける。もちろん浅薄といっても、文字通り「浅はか」という意味ではなく、秦山じしんが研究途上にあったことや、江戸時代という時間的制約があるため、現代の人間が見ると少し笑ってしまう無邪気な発言がある、という意味に過ぎない。当時における最先端の研究でも、時間がたつとくすんでしまうのは仕方のないことだ。

しかし、人間的な魅力はどれほど時間の歯車によって摩滅させられることがない。時間とともに衰えない魅力こそ古典の本質だろう。もし時間によって価値が衰えるようなら、それはもともと技術書や研究書であって、古典ではないのだ。要するに、私は秦山が好きだというに過ぎない。


*余談

現代の学者が書いた研究書を古典としてありがたがる人間は、未来永劫あらわれないだろう。しかし稀におもしろい研究書もある。そういう研究書は、たいがい研究的発言の合間に、なかなか機知のある寸評がくっついているのだ。ところが不思議なことに、その寸評だけを持ち寄って一冊の本にまとめたりすると、驚くほど白々しくつまらない俗書に成り下がる。人を感動させるほどの発言は、相当の力の持ち主でなければならないと見える。

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『秦山集』巻28(冒頭10条)

(01)貞享五年戊辰、元旦に試筆して曰く、学は其の已に知る所を窮め、行は其の已に行う所を篤うす、と。
*貞享五年:1688年。九月に元禄に改元す。

(02)董子義利の語、仁人に在りては、則ち天地に循いて利を欲するの私心無きの全体と為り、学者に在りては、則ち彼れを去り此れを取る緊切の功夫と為る。蓋し学者は義と利との辨を知らば、行う所已に善に出づ。然れども或いは其の間に於いて少しく効を期するの心有れば、則ち行う所の善、将に彼れの為に之れ挟まるる所となりて、復たは天理の本然に非ざらんとす。故に此の章の功夫、先ず須く行う所の事に於いて硬く脊梁を著け、些の寛恕を容れざるべし。而して中間に猶蘄獲の意思有らば、則ち須く緊(きび)しく精来を著け、毫釐の間に截断すべし。此れ長ずれば彼れ消ず。間に髪を容れず。此れ天理人欲、勝敗の機なり。
*董子:董仲舒のこと。
*義理:『漢書』董仲舒伝に見える董仲舒の言葉(正其誼不謀其利)。朱子学で激賞され、近代でリゴリズムの典型として悪評をこうむった言葉。

(03)語言の間、己に矜り人に誇るの心、往来切切たり。謝上蔡曰く、「学を知らざる者は、人に上たらんと欲するの心、時として忘るる無きなり」と。之を戒むるなり。
*謝上蔡:『論語集註』雍也篇の孟之反不伐章に引く謝良佐の言葉。

(04)周子曰く、「実を務む」と。
*『通書』第十四章の務実を指す。

(05)古人、餓えるたる者は門を出でず。

(06)伊勢宮、釈氏の人を禁遏し、釈門の語を禁絶す。

(07)『読書続録』に曰く、「近古より、四海九州、釈老を崇信せざる無し。惟だ今、孔子の闕里、曲阜の一県のみ、武仏老の居無く、僧道無し」と。
*『読書続録』巻10の言葉。『読書続録』は『読書録』の続編。薛瑄の著。

(08)薛敬軒は永楽十九年の進士。此れ疑うべきなり。許魯斎を推尊す。此れ是ならざるなり。
*薛敬軒:薛瑄のこと。敬軒は号。永楽十九年(辛丑)の進士。薛敬軒ほどの人材が、帝位を簒奪した永楽帝のもとで仕官したはずはないということだろう。
*許魯斎:許衡のこと。元代の学者。夷狄の王朝に仕官したことで知られる。

(09)『読書録』、読まざるべからざるなり。

(10)『読書録』、架に在れば、便ち清気の人に逼るを覚る。


秦山はほんとうに薛敬軒が好きだねえ。敬軒はあまりの朱子学贔屓が祟って、現代では評判わるいけど、残念なことに人間が人間を尊敬するのは、そういう学史的なところではない。秦山はおそらく敬軒の人格的高潔さに牽かれたんだろう。ちなみに上の10条の中、私が個人的に好きなのは第3条。誇りの心は努力家にありがちな欲心で、この危険性を常に感じていたのは、さすがに学徳を積んだ秦山らしい格言と言える。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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