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雑記

無ネット生活も悪くない。むしろ人間的にはそのほうが健全に思えてくる。これからまたしばらく無ネット生活にもどる。返信などもその時する予定です。

少し時間ができれば、春秋学の歴史でも書いてみるか。おすすめ中国書籍とか。尊大に。

研究しようとか思うと手を出しにくいけど、関係なくなると精神的ハードルが下がるようだ。間違いだらけの学者本とか監修本なんて巷に溢れてるんだし、私が間違ってもバチはあたるまい、みたいな。でもブログでやる必要もないな。

孔子家語も悪くない。論語とセットで売れないかな。

出版があついな。でも朝日の新聞だったと思うが、件のipadに対抗して、だれでも参入できるとか公正(自社に都合の悪い本も載せるという意味)とか言って売り込むのは、そらぞらしいから止めた方がいいと思う。そういう言い方をすると、さも現在の通信・出版・報道関係が公正に聞こえてしまうじゃないか。

大丈夫。安心して不公正をやったらいい。某社に都合の悪いのも、何処某に迷惑なのも、載せなかったらいい。こまらないから。今までとなにも変わらないから。むしろ自由にすべきなのは、誰でも彼らの企画に参入できることではなく、誰でも企画そのものを立ち上げられるようにする点だ。

久しぶりにアクセス状況を調べたところ、我がブログ名のキーワード検索があった。どこの暇人だ?と思ったら、自分で自分のブログを探すために打ち込んだものだと気がついた。いや~赤面モノだね。

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雑記

しばらく返信できません。

0.拍手返信
ご足労ありがとうございました。メールでの返信はまた後日させていただきます。

1.日記
つづけていると慣性と耐性ができて、生活の一部になる。あと世界と連結、および自己表現。

2.長文
人ごとではないが、長文になるのは、意も尽くしたく自分も書きたしというところだろう。適切な表現を選べないことによる。春秋の筆法を学びたいものだが、あそこまでいくと意味不明。四コマでも線一本で表情つくってるのがある。

3.家語
移動時間に孔子家語(岩文)読んだ。穴だらけだが、まあまあ。汲古閣本と四部叢刊本は字の異同が大きい。凱希のデータは汲古閣本らしいが、四庫全書本の多いシリーズだけに、四部叢刊本の間違いではあるまいか(四庫四部両方検索版あり)。機会があれば書店に聞いてみたい。

4.アニメ
久しぶりにアニメ見た。最近のヒロインはよくわからん。あまりに下品粗暴にえがかれて、ちょっと可哀想な感じもする。まぁ見た回が異常だった可能性も大だが。

雑記

1.コメントなど
2.
(※)以下、本文。

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雑記

今日は日曜か。どこまで新記事が書けるか。
1.学会誌
2.漢字で有名な許慎さん
3.魏晉の王肅さん
4.読書感想
5.美学
6.読書感想2
7.某氏の天下
(※)以下、本文。

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雑記

1.四庫本か......
2.漢字の辞典
3.長寿
4.郭公
5.公羊伝の注釈
6.約物
(※以下、本文)

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雑記

1.訳本の(3)
2.検索なし
3.許桂林の穀梁釈例
(※)以下、本文。

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今日は頭が痛い......寒暖の差が激しいから、そのせいかな。

1.花のささやき
2.新興書局の国学基本叢書
3.胡安国の夏時説(1)
4.やはり春秋の解説は大変だな
5.訳本の説明
(※以下、本文)

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抜刷到着+終焉

ついに論文の抜刷がとどいてしまった。人生つねに未定ながら、これで終いになるだろう。もう精神的にも金銭的にも年齢的にも研究を続けられまいと思ってはいたものの、なんとか最後に一つまとめたいと無理して書いたが、とてもいい出来とはいえないものになってしまった。近い団体のものとはいえ、雑誌には申し訳ないことをした。長いあいだ研究しておきながら、これが最後の論文というのもふがいない話しだ。

論文は去年の秋頃にぶつぶつ言ったもので、構想そのものは夏頃に完成していた。しかし去年の今頃か、もう少し後くらいから、頭に霞がかかったようになって、どうにも文章が書けなくなってしまった。書いても無駄だということが意識にのぼり、最後のつめの段階で忍耐がもたなくなったのだ。それに人間どうでもいいと思うと文章にならないらしく、なにを書いてもつながりがなくなり、もともとへたな文章が、意味不明な文字の羅列になってしまった。

こういう結末になることはもっと早くから分かっていたはずなのだが、止めれば終わりだという気持ちと、奇妙な意地と、怨みと、憎悪と、ここまでは明らかにしておくべきだという脅迫観念が、いままでずるずる続けさせたのだろう。それが個人的に一段落を見て、意地も憎悪もなんとなく空しくなって、ついに今日を待つことになった。我がことながら愚かとしか言いようのない話しだ。

他に反省すべき点はあまりに多いが、頭も回らないこととて、止めておく。

さて、今までは研究するからというので自分を誤魔化してきたが(誤魔化せてもいなかったのだが)、止めるとなるとそうはいくまい。これからどうやって喰っていくかな。歳も歳だし、どう考えても仕事なんてありゃしないのだが、生きていこうと思えば、なんとか考えないとしょうがないな。

なんとかならないときは、そこらで死んでいるだろうけど、最後くらいはあまり人に迷惑をかけたくない。



ということで、終始内容不明だったこのブログも近々更新が止まると思います。2~3日は大丈夫ですけど、それ以後はよく分かりません。なくなって困るものではなし、どうでもいいことですが、いちおう読んでくれている人がいるようなので、ご報告まで。

更新停止してから1ヶ月くらいでコメントの書き込みが不可になるそうですから、そのまま放っておいてもいいのですが、批判がましい記事はあらかじめ削除するかもしれません。あとサイトと重複している四庫提要とか春秋学入門とかどうでもいい訳文とか。それだけです。

でも今になって思うと、もう少しこのブログでも書いてみたいことがあった。劉敞の春秋学とか、彼がどれほど天才的かとか、どれほど格好いい解釈をしているかとか、彼の春秋権衡の訳注とか。そういえばブログも最後の数ヶ月は意味不明な記事ばかり書いてたな。あいたまは間に合わなかった。

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雑記

1.申不害

のデータはあったのか。むかしブログにデータ載せたけど、全くの無駄だった。別に構わないけど。


2.大学の存在

王朝時代の中国には大学がない。もちろん国子監はあるけど、ああいうものではなく、欧州の大学みたいなもの。中国のいいところとして、大学に関係なく、いろいろな知識人がいろいろな立場でいろいろな場所から学問的発言をできるというのはある。が、その反面、だれがどこで何の目的で何を発言したのか、さっぱり分からないという困ったことも起こる。

でも王朝中国に大学がないのはいいとして、他の文化圏はどうなのかな?イスラム(西アジアの方)とかインドとか。いまふと思いついただけなので、全く調べてないけど......そもそも調べ方がよく分からない。

でも中世の哲学(神学か)とかイスラムの哲学とか、素人目にはおもしろそうだな。それとも素人目からすると、中国の思想もおもしろく見えるのかね?まぁねぇ、中国の思想もそれそのものとしてはおもしろいけど、日本で研究するのは止めた方がいいとしかアドバイスのしようがない。


3.尊王説と攘夷説

尊王説と攘夷説は別物だと書こうと思って、ふと冷静になったら、尊王攘夷論は日本にもあって、日本でも二つは別れたのだから、別に説明するほどのことでもなかった。春秋だけ見ているとろくなことを考えない。


4.日本主義(愛国?)

が盛んらしい。なんでも度を超すらしい。

日本主義が盛んなのはここしばらくのことだと思っていたので、深く考えたていなかった。ふつうの愛国心(郷土愛?)を無理に否定するとかえってやけどをするから、冷静に対処するのは立派なことだ。が、その度を超すような思想とは何かな。

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宋元時代の春秋学(骨)


経学の衰退
啖助の春秋研究(春秋集伝の成立)
その他の新研究(折衷、摘微など)

北宋
真宗の経筵講義(研究の再開)
孫復の尊王発微(尊王説の成立)
劉敞の春秋研究(折衷説の拡大)
その他の学説(孫覚、蘇轍、崔子方、張大亨など)

南宋
胡安国の攘夷説
葉夢得の春秋研究
陳傅良の左伝研究
その他の学説(許翰、呂本中、劉朔、呂祖謙)

南宋末から元にかけての学説
呂大圭・程端学
趙汸

有名どころはこんな感じかな。元には鄭玉あたりもいるが、あえて春秋学者として取り上げるほどの学績は残していない。篤実であることは誰でも認めると思うけど。

しかしこういう登場人物をだいたい歴史順に並べて、その学説を紹介することで春秋学が分かった気になるというのは、あまり好きではない。これも長い間とられてきた方法だから、それなりに利点はあるのだろうけど、やはりその時代の本質的なテーマを各人がつかんで、それを集中的に論じるべきだと思う。

宋代の春秋学でいえば、中心テーマは春秋の義そのものと、その把握の方法にあるだろう。しかし春秋の義は、胡安國が伝心の要典というように、最終的に心の問題に帰着してしまう。だから改めて春秋学で論ぜずとも、朱子学でやればいいということになりかねない。これは朱子学の研究者は春秋学以外を扱う人にはおもしろかもしれないが、春秋学的には問題とする必要のないものだと思う。

やはり私としては、宋代の春秋学をもっとも特徴づけるのは、大義の把握の方法にあると思う。春秋(左傳にあらず)は編年の歴史書だから、その歴史的叙述からどのように大義(思い切って価値と読み替えてもいい)を読み解くのか、どのような方法を用いれば万人の納得する価値の説明が可能なのか、そもそも歴史書において価値を語るとはどういうことなのかを、宋代の学者は追跡した。だから宋代の春秋学を説明するなら、その点の解説はどうしても欲しいところだ。

だから:

微旨の所在(経文と伝文)
経文解読の方法(孟子の史と事と義)
経文の尊貴性と脆弱性
義例とは何か
義例の盛衰
義例と事柄
事柄とは何か
事柄研究の曲折と矛盾
宋代春秋学の前提と破綻

といった感じの成果を期待したい。誰に?

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四コマ+雑記

1.水滸伝

水滸伝についてのコメントは、昨日、日本国語大辞典を調べるために図書館へ足を運んだら、思わず「歴史は革命史観で読んでいこうぜ!」みたいな本を見かけ、よせばいいのに読んで憤慨し、そのままの勢いで書いたものだった。そもそも知らない本について悪口は書くべきでない。興奮すると余計な文句をつけるのは私の悪いところだ。


2.『あいたま』第4巻(発売間近)

あいたま(4)  (アクションコミックス)あいたま(4) (アクションコミックス)
(2010/05/12)
師走 冬子

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Amazonに師走先生の『あいたま』第4巻の表紙が出ていた。第3巻がひよこだったから、第4巻は薔子か蓮だろうとは思っていたが、どうやら蓮の方だったみたいね。これで自動的に5巻の表紙も決定か。しかし、だとすると雪乃嬢はいつになるのだろう。あいだにとまちゃんを挟んだりすれば、7巻目ということになるが、はたしてそれまで続くのか、というかそもそも雑誌だいじょうぶか。もっとも第7巻が出ることには、私はもう見られる状態にないと思うので、確認しようがないだろうけど......

ま、とにかく、『あいたま』は師走先生の四コマの中でも取り分けギャグ要素の強い漫画だから、そういうのが好きな人はぜひ購入して読んでもらいたい。

登場人物については例の如くwikiに詳しい。


3.『たびびと』第5巻(発売中)

たびびと 5 (まんがタイムコミックス)たびびと 5 (まんがタイムコミックス)
(2010/05/07)
重野 なおき

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ついに最終巻。読む前は少し長すぎかとも思っていたが、読み終わるころには、やはり5巻あってよかったと思い直していた。本巻は、旅の目的「マチルダ」探しから始まり、それで終わる。新たな旅の同行者は「モモ」(羨ましくない名前の由来は途中で明らかになる)。結末は......まあ、予想通りの展開というか、途中で分かるというか、そういう感じだったけど、それも『たびびと』らしくてよかった。私が一番驚いたのは、最後のシェリー(最後の方で名前がわかる新キャラ)の話しかな。


4.礼はすばらしい

という話しを書こうと思ったが、頭が痛くなってきたので止める。だいたい次のようなことを考えていた。

『礼記』曲礼(冒頭の篇)はなかなかよいことが書いてある
でも『礼記』を知らない人が読んだら、おもしろくないこと、うけあいだ
だから大学と中庸か、さもなくば坊記、表記、緇衣あたりから入った方がいいのかもしれない。
苛政は虎よりも云々の檀弓(だんぐう)は、制度からはじまるからつまづくかも知れない
『左氏傳』があるんだから『礼記』の文庫本もあってよさそうなのだけど
やはり『礼記』で一番べんりなのは冨山房の『漢文大系』だな
というか冨山房の『漢文大系』がまだ新品で売っていること自体が驚異だ。だれが買うんだ。
というか、あのときついでに公羊穀梁および儀礼周礼も出しておいてくれたらよかったのに
公式サイト(?)に目録があったので場所だけあげておく。「冨山房の辞書 漢文大系

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雑記

1.さしあげる

昨日の続き。日本国語大辞典その他を調べたところ、「さしあげる」というのは、「与える」の謙譲語としての意味と、「(~て)さしあげる」という補助動詞としての意味の二つがあるため、「与えてさしあげる」や「連絡してさしあげる/連絡をさしあげる」というややこしい表現を目にしたとき、意味上に混同がおこるのではないかと思うに至った。

また「さしあげる」は、「あげる」(「やる」の敬語)に「さらに敬意を込める表現」(日本語大辞典)らしいが、「あげる」には謙譲語としての表現と「動作を他にしてやることの丁寧な表現」(同上)が含まれ、1970年代以後、この謙譲語と丁寧語の両方の「あげる」が行われており、複雑な意味を持っているらしいのも、混乱する原因の一つなのだろう。

なお「さしあげる」が「与える」の謙譲語だというなら、へりくだって「与えさせていただく」となるが、これは奇妙な表現ではないか、「与える」は上から下に向かう動作だから、謙譲と相容れないのではないかというようなことを昨日書いた。

その「与える」について、日本国語大辞典には「現在では、上の者から下の者へ授ける場合にいう。やる。さずける」(用例に斯道文庫本願経四分律平安初期点(810頃)をあげている)と、現代的な表現であるようにしつつも、その語誌には「ふつう、上位者から下位者に物品を授ける場合に用いられる」とあって、いまひとつハッキリしない。その他の辞典も「さしあげる」は「与える」の謙譲語としていたが、角川の『古語大辞典』は、「さしあぐ」に対して「「贈る」の謙譲語。献上する。たてまつる」と釈している。角川だけが「贈る」とする理由は不明ながら、現代的な語感からすれば、「贈る」の方が分かりやすい。「贈らせていただく」はいいやすい。

そうそう小学館の『日本語新辞典』(2005年)には、「敬語――さしあげる」というコラムがあって、そこで謙譲語としての「さしあげる」と補助動詞の「さしあげる」を解説している。そして後者に対して:

  お客様に調味料を取ってさしあげる。
というのは、「調味料を取る」という動作の受け手であるお客様を高めることになるので適切である。しかし、
  先生を同窓会にお招きしてさしあげた。
などというのは、やや恩着せがましく聞こえるので避けた方がよい。これは、むしろ単に「お招きした」とするほうが無難である。


と解説している。なぜ片方は適切なのに片方は恩着せがましいのか、不明瞭の感もあるが、いいたいことは分かる。

要するに、何重もの敬語表現が現在進行形で変化しているので、これといった決まった用途がなく、文法上は間違いでなくても、ある局面では問題なく、ある局面では気持ち悪さを残し、また別の局面ではむしろ誤用といえるものが出て来るのだろう。言葉なんてそんなもので、定理の通用しない世界だから、疑問に思ったら別の言葉を用いるのが無難だな。


2.それぞれの末路

儒者は己が節を守って餓死する
法家は自の説を守って刑死する

こんなところかな。


3.魔都上海

はじめて蒼天の拳を読んだ。子供のころに北斗の拳がはやっていたので、なんとなく気になりつつも、ええ歳こいて見るには気が引けていたのだが、縁あって読むことができた。しかし......青幇が出て来るのだけど、名前をつかっていいのかね?

中国は何につけても日本より規模がはるかに大きいし、国際的だな。鎖国っぽいことをした王朝も多いけど、それは拡張政策にでなかっただけで、人の出入りは激しいから、自領の東に国のない日本とは違うよね。でも、日本の東はアメリカだから、アメリカも日本の隣国なのかな?


4.頭脳

「頭がいい人」からも「頭がわるい人」からも「頭がわるい」と言われる。たしかにそれでは頭がいいとは言えないだろう。もっとも頭のよさとは次元の違うところで、あまりにもおめでたい考えのもとに行動するから、私程度の人間ですら失敗すると思えるようなことをしてしまうのではないか。

高畠さんはよく相手を罵倒して「おめでたい」と言っていた。しかしふつうの人ならおめでたくてもいい。むしろおめでたい人の方が好感を持てるものだ。変に知恵のまわる人間は胡散臭い。でも政治家は別で、どこまでも知恵が必要だ。知恵だけでは駄目だろうが、最低限必要なものが知恵であることは間違いあるまい。


5.春秋学

春秋学について書きたかったが、気力がつづかないので止めにした。駄目になるとこんなものだな。私も所詮その程度といったところだ。分かってはいたが、揺るぎない現実を突きつけられると、我ながら心が痛む。


6.宋江

私は水滸伝を知らないので、それ自体をどうこう言うつもりはない。が、前から気になっているのだが、宋江が二人いたとかいないとか、そういう説がなぜ重視されるのか、理由が分からないでいる。もちろん日本でも宮崎さんの説があって、あたかも定説の如き扱いを受けているので、はたして真実はどうかという意味で研究するのは分かる。これは研究のための研究という一面がないではないが、説が有力であればあるほど、学者として真偽を確かめなければならないという義務もあるだろう。だからそれはいい。

が、宋江は朝廷に帰順して方臘のような反逆者を叩き潰したらだめなのかね?むしろ犯罪者が改心して社会復帰したのだから褒められるべきじゃないのかね?

物語として楽しむというのなら、気持ちは分かる。こういうと変な話だが、反社会的な行動も、物語のなかでは楽しく読める。もともと物語と現実と厳格に線が引かれているからだ。必殺仕事人に人気があったようなものだ。しかし学者が称賛するとなると話しは別だろう。自分は権力の座にありながら、権力に反対するようなそぶりを見せるだけで、あたかも素晴らしい人間になれたような錯覚に囚われていた時期はともかく、そういう時代の産物をいつまでも引きつぐ必要もあるまい。

もっとも宋江のような人間がもてはやされることを考えても、王朝時代の中国がいかに一般人にとって憎たらしい存在だったかは、想像できないではない。


7.儒学(古典)と現代中国

があまりに違うので、孔丘様をはじめとする古典の中国は好きだが、今の(現実の)中国は嫌いだ、という意見がある。申し訳ないが、そういう人はおそらく古典(たぶん『論語』)を読んでいないのだろう。もし『論語』を読んだことがあるなら、そのような意見は出てこないはずだから。

『論語』は孔子とその弟子の言葉でいっぱいだ。孔子がいかに偉大な人間かが記されている。そしてその偉大な孔丘先生はついに世に用いられなかったのだ。それだけから考えて、古典世界の中国も偉大な孔丘様を受け入れない存在であったことが分かる。だいたい世の中に批判がましいことばかり言っている時点で、その時代の駄目さ加減がわかるというものだ。

古典は素晴らしいのに......と思う人は、古典の「素晴らしい言葉」が現実に行われていたと思うことから来るのだ。しかしそんな「素晴らしい言葉」が現実に行われたことは、伝説の堯舜の時代はともかく、歴史的には一度もない。だから中国の古典を学んだ人は、気兼ねなく現代の中国を受けいれたらいいと思う。

言うまでもなく、我が日本にも儒学は入り、江戸時代には「体制教学(ATOKで変換すると大成驚愕になった)」だったが、別段、優れた儒学者の手で世の中よくなったという話しは聞かない。私は日本人だから、日本には素晴らしくあって欲しいとは思うし、そうであれば誇らしいが、古典贔屓で中国だけを批判するのは片手落ちだ。日本を愛することは、日本の欠点に目を瞑ることでも、中国を譏ることでもあるまい。いちいち言うまでもなかろうけど。


8.日本贔屓

日本と中国のことで思い出した。私の子供のころは、日本は欧米のまねばかりで独自性がない、応用問題が解けない、という話しをよく耳にした。小学生くらいまでは、日本は自然がゆたかだとかいう寝言も聞いたことがある。

が、大学に入って、外国書文献の授業を受けたとき、同学年の人が「中国はまねばかりで駄目だ」と発言して、講師をはじめ我々も「何いってんの?」という雰囲気になった。講師が「日本はどうですか?」とたずねると、その人は「日本は独自性がある」といようなことを言って、ますます場が白けた。

日本に独自性があるのかないのか、これは難しい問題だが、中国のまねはかつて我が日本も行っていたもので、追われる者としての焦燥から批判するのは分かるが、現実問題として日本が追従や模倣をしなかったかといえば、それは嘘のはずだ。上にも書いたが、私は日本が素晴らしい国であってほしいと願っているが、それは事実をねじ曲げるものであってはなるまい。ま、これもどうでもいい話しではある。それに中国も宇宙に乗り出しているのだから、いまさらまねも何もあるまい。

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雑記

1.数

数は不思議なもので、何か知らん人に特別な意味を与える。孔子の七十二弟子といわれて、本当に七十二人の高弟がいたと思う人はいないだろう。七十二という数に特別な意味を込めて、むりに七十二という数に合わせたと考えるのが普通だ。これが七十二でなく、七十三でも、三十八でも、実質的な意味からすると問題はないはずだ。孔子の七十二弟子の中、活動実績の残る人間はほとんどいないのだから。ところが七十二だとか、十二だとか、九とか、そういうどうでもいい数の概念に囚われ、そういう数に当てはまっていた方が価値があるように感じる。つまらないものだが、人間の避けがたい習性なのかもしれない。かくいう私も数の呪縛に捕らわれるときがある。


2.孔子の弟子

孔子の弟子というと、『論語』『孔子家語』そして『史記』孔子弟子列伝が有名だが、もう一つ『大戴礼(だたいらい)』に衛将軍文子という篇があり、そこにも一連の論評が載っている。ただし大戴礼の方は、子貢(孔子の弟子)の口を借りての論評なので、前三者とは少し性質を異にするが、孔子学校の人物評という意味では、似たり寄ったりのものだ。もっとも大戴礼に珍しい言葉はなく、よく知られた評価が載っているにすぎないので、勇み調べてみても期待はずれになるだろう。

それはともかく、日本には大戴礼のいい訳本がなくて困る。いちおう明治書院の『新釈漢文大系』に収録されてはいるが、あまりお勧めできない。なにせ原文にない文字や表現や解釈を「通釈」に加えているからだ。その方が便利だと思ったのだろうが、そのお陰で解釈として妥当性を欠くと思われるところが少なくない。訳者は翻訳を業とする人ではないので、原文をどうやって理解可能な日本語に移し替えるかという努力をはじめから放棄しているように見える。

では普通の人はどうやって大戴礼を読めばいいのだろうか?一言でいうと、諦めるしかない。大戴礼の一つが読めないからといって、人生の損失にはならない。そもそも旧時代の中国だって、大戴礼は読まれていなかった。だから現在の大戴礼は半分ほど欠落しているのだ。その程度の本なのだ。


3.礼

おおむかしwikiの礼記の項に手を加えたことがある。その後、さぞや加筆修正されたことだろうと思っていたが、意外にも当時のままだった。古典系のものにはこの手のいい加減な記事がそのまま残っていることが多い。これも日本の風土なのだろう。

礼というと、むかしから日本では評判がよくない。かくいう私も嫌いだった。しかし儒学関係のことを研究したからか、それとも単純に私がへそ曲がりだからか、あるいは私の尊敬する劉敞先生が礼を重視していたからか、後々には礼は重要だと思うようになった。

なにが重要かと言われても困るが、おそらく人間の生(なま)の情念を否定して、規範を先に作っておいて、情念そのものを規範に当てはめようとするところだと思う。多くの人はそこに不快感を示し、欺瞞性を指摘するのだが、ひとたび礼に価値を感じると、不思議なもので、むしろ規範に情念を当てはめることそのものが正しく見えてくるし、感じもしてくる。

なにをするにせよ、人間は踏み出す第一歩が大事だ。正反対の道に一歩を進めたら、直すのは至難の業だ。一歩を戻すのは難しくない。しかし戻した先の一歩から、どの道に一歩を踏み直すのか、これが難しいのだ。人間は一度でもなにかを経験すると、なかったことにはできない。色のついた自分を別の色に染めなおすのは、そうとうの苦痛を伴う。

しかしそういう苦痛を践み分けた人の発言には、それなりの重みを感じる。順風満帆とまではいかずとも、それなりに上手く人生を歩んだ人は、真偽が見分けにくい。優れているが故にそうなのか、あるいは運がよかったので、ただ上品な人間に見えるだけなのか。......って、礼と全然関係のない話になってしまった。


4.法家の潔さ

法家に名を連ねる人々は潔い。ただ世の多くの人々の感性に反するというだけで、自己の所信に忠であることだけは確かだ。これあるが故に私は若いころ法家の人々に引かれた。もちろん法家というのは、現在いうところの法律家ではなく、諸子百家の一つの法家ね。


5.難解鍵語

Googleさん家のbotがよく訪ねてくるというので、最近は楽しくなってちょくちょく調べるようになった。ほんと飽きずによくいらっしゃるものだ。一番のお得意様といってよいだろう。

とまあ、それはそれとして、調べていて発見したのだが、たまに漢籍関係のマイナー単語でわがブログを訪ねる人がいるらしい。もちろん大学の授業で必要らしいものもあるようだが、とてもそうは思えないような、専門的な分野で調べる必要はなかろうし、逆に一般の人が調べるにはあまりにも無名なものを調べる人がいる。

なぜ調べているのか、不思議に思っていたのだが、さっき判明した。いや、簡単な話しだった。私がその単語でググってみればよかったのだ。で、調べたところ、なんともまあ、大学受験の漢文で出題されたらしい。まあね、そうでもないとあのような書名は出てこないよね。


6.龍馬伝

そういえば龍馬伝に谷干城も登場するのだろうか?谷将軍は若かりしころ安井先生に漢学を習っているのだけど、どうしても後に西郷南洲ひきいる賊軍を叩き潰したことや、保守派の論客、学習院の院長として有名だからな。あと農商務省の初代大臣を務めたりもした。わずかの間だけど。是非とも龍馬伝では、現代の価値観と真っ向から対立する思想をどうどうと開陳して欲しい。なにせ土佐南学は尊王思想が強烈だからな。

谷将軍だったと記憶するが、祖先(といっても四代前だけど)の秦山先生の家訓を引いて、京都に万に一のことがあれば何はともあれ京都に上れ、金がなければ乞食してでもいけ、京都にいって何もできなければ、御門にもたれかかって死ね、死んで土となり御門の一部となって永遠に皇室を守るんだ!みたいなことを言っていた。

そもそも干城という名前そのものがねえ。それに秦山の息子の垣守も、名前が全てを語っている。龍馬伝ではそういう思想が跋扈していたことを是非とも強調して視聴者に伝えてもらいたいものだ。私などは、どちらかというと事柄(服装とか器物とか)などは杜撰でも構わないので、思想的な部分で当時のものを再現して欲しいと思っている。まちがっても現代の人間が共感できるような思想的発言はしないでもらいたい。そもそも、そんなものが当時あったはずがないのだから。

......って、書いていて阿呆らしくなってきた。


7.さしあげる

さしあげるってどういう意味だろう?手許の辞典を調べたり、ググったりしてみたが、どうも今一つピントこない。与えるの謙譲語という人もいるが、だとすると「与えさせていただく」と同義なのだろうか。岩波の国語辞典(第四版)には、2番目の意味として、「受け手が目上の人、身分の高い人である時などの、「与える」「(……して)やる」の敬語」とある。で、その「与える」には「自分の物を他人に渡し、その人のものとする。やる」とあり、「現在では上の者が恩恵的な意味で授ける場合に使う」と注意書きがある。

「与える」の注意書きのなか、「現在では」がどこにかかっているのか(「恩恵的な意味」か、それとも「恩恵的な意味で授ける」か)不明確ではあるが、Yahoo!辞書によると「古くは目上の相手に渡す場合にも使われた」とあるので、むかしの「与える」は上下無関係に物の移動に対して用いられたのだろう。だとすれば「与える」に謙譲語があっても不思議ではない(もっとも「古くは」の時代がよく分からないので、ほんとうにその時代に与えるの謙譲語があったのか否か不明ではあるが)。

ただ現在の「与える」は目上から目下へ物を渡すことだから、その謙譲語と言われても気持ち悪い。それに「さしあげる」の「あげる」は、謙譲語ではあっても、偉そうな印象を拭えないから、「さしあげる」というと、「差し出す」というよりも、「してやる」というニュアンスがこもるようにも感じられる。ちなみにこちらのサイトでは一通りの解説の後、「ただし、目上の人に対しては、直接使うと恩きせがましくなり失礼な言い方になる」という断り書きをいれている。これは言語的根拠はともかく、現代人の利用法として何となく感覚的に正しいような感じがする。

ああだこうだ書いたが、手許の本とネット情報といういい加減な「調べ方」なので、なんの確信も得られない。明日、図書館でもいって調べてみよう。

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異説紛々

儒学に触れることが多かったせいか、墨子を読んでもおもしろさが分からなかった。正直なところ、雅さから言えば儒学の方がいいし、実利から言えば法家の方が優れているし、墨子は中途半端な気がする。非戦とか兼愛に至っては噴飯ものを通り越して、あきれ果てて言葉も出ない。世の中、つまらないことを考える人間もいるものだ。

それはさておき、孔子の七十二弟子の一覧はないかなと思ったら、wikiに載っていた。で、それはよかったのだが、どうもね、多分まちがいじゃないかと思うのがあった。ただ私も孔子マニアじゃないので、よく分からない。そういう伝記が残っていたのかもしれない。

以下、気になった箇所。

冉有の項目。

孔子の死後、風体が師に似ていたため後継者として門人から祭り上げられようとしたが、曾子により阻まれたというエピソードの持ち主でもある。


私のいい加減な記憶では、有若だったような気がするのだが、どうだっただろう?

次に私が好感を抱く子夏の項(好感を抱けないのが曾参であるのは言うまでもあるまい)。

『礼記』によると、自分の子供が死亡した際にあまりの悲しみに失明した。それを聞き、同門である曾子が子夏を訪ね、子夏が「なぜ、自分だけこのような不幸に会わなければならないのか」と嘆くと、「ずっと妻子を放っておいて何事か」と諭した。それに対し「我、過てり(われ、あやまてり)」と嘆いた。


おそらく下の『禮記』檀弓上の記事を指してのことだと思う。

子夏喪其子而喪其明。曾子弔之曰:「吾聞之也、朋友喪明則哭之」。曾子哭、子夏亦哭、曰:「天乎。予之無罪也」。曾子怒曰:「商、女何無罪也。吾與女事夫子於洙泗之間、退而老於西河之上、使西河之民疑女於夫子、爾罪一也。喪爾親、使民未有聞焉、爾罪二也。喪爾子、喪爾明、爾罪三也。而曰女何無罪與」。子夏投其杖而拜曰:「吾過矣、吾過矣。吾離群而索居、亦已久矣」。


曾参の挙げた3つの過ちは、(1)子夏の言動のため、西河の民が子夏を孔子と間違えていること、(2)親の死に対して、模範となるべき礼がなかったこと、(3)子供が死んで、泣きすぎて失明したこと、になる。妻子とは関係ないと思うのだが、なにか別に基づくところなり参考文献でもあったのだろうか?

孔子とその仲間は異説が多い。いちいち付き合う気にもなれないが、それでいて、なんとなくおもしろそうな記事に出会すと、興味が湧いたりする。知ったところで何の価値もなく、一文の得にもならないが、そこらが好奇心なのだろう。余計な好奇心はないに限る。

いずれにせよ間違いかどうか分からないので、直すのは止めておく。

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雑記

1.宋代の大臣

大学の学部時代のころ、梅原郁先生の『宋代官僚制度研究』を読んで感動した覚えがある(私は梅原先生と何の関係もないよ。ただ尊敬しているので先生と書いただけだ)。子供の頃からピラミッド型の政治制度に美しさを感じ、横一列的な政治を無様な制度だと思っていた私だから、皇帝を中心に整備された中国の官僚制度に感動しないはずはなかったのだ。もちろん現実の王朝時代は、とても美しくない縦型の制度なのだけど、資料だけを眺めていると、ほれぼれするくらい権威に彩られている(なお梅原先生の主張は、私の美的感性と全く無関係だからお間違えないよう)。

とまあ、そういう寝言はともかく、宋代は科挙(貢挙)が発達したので、科挙官僚が多いのは当然だが、恩蔭の力で権勢を握った人も珍しくない。以下、梅原先生の解説。

科挙とくに進士出身者にくらべると、恩蔭出身者が風下に立たされていたことは否めない。……とはいうものの、恩蔭出身者とて、高官にのぼり、宰相の椅子に座ることも稀ではなかった。試みに北宋時代、国初から蔡京に至るまで、五五人の宰相の男児を『宋史』や伝記類で洗い出すと約二百人が数えられる。その中で蔭補に預かったと明白にわかる者は、夭逝者や廃疾者を除いて、驚くなかれ九十パーセントを超える。これに対して、宰相の息子で本当に実力によって科挙の難関を突破した者は、……僅か十人あまりに過ぎない。

……宋代の宰相には、なるほど呂蒙正、李迪、王曾……らの状元出身者や科挙の上位出身者が少くない。しかし目を転ずれば、賈昌朝、陳執中、梁適など、恩蔭出身者も混入しており、執政クラスにもそれが稀でない。また、宰執ほどにいはゆかずとも、二百人近い北宋の宰相の男児のうち、一割から二割は侍従と呼ばれる高級官僚の仲間入りを果している。(476~477頁)


よく知られた事実ではあるが、宋代の学者思想家の資料ばかり読んでいると、ついつい忘れてしまう。競争だの資格だのといっても、生まれながらコネをもった権勢家の息子が有利なことは、時代通有のことなのだろう。


2.「~と思う」

断定できるくらいの文章を書くというのは正しい。少なくとも自分すら断言できないようなものは、書くべきでない。他ならぬ私自身、後輩(相手は先輩と思っていないかもしれないけど)に「自分ですら納得できないことは論文に書いてはいけない」と偉そうに言ったのを覚えている。だから「『思う』を用いる文章を書くな」というのは、レトリックとしては正しいと思う。

ただ昨日の記事は、これとは少し別のはなしで、例えば某年1月5日に某人が死んだという場合、もちろんこれも「観察者/執筆者が死んだと思った」のではあるが、私などは「死んだと思う」と言われると、「死んだのかも知れないが、生きていたかもしれない」という意味に取ってしまう。したがってこのような場合は単に「死んだ」と書くべきだと思う。もしこれが「5日」ではなく「6日」の場合、単なる調査考証の不備に過ぎない。

ところが、いろいろな記事を列挙して、「~ということから、某人が某年1月5日に死んだことには、かくかくの意味がある」と論断した場合、この論断は、ほんらいは「思う」でしかあり得ない。どれほど強い確信のもとに断定しても、そしてほとんどの人間が賛同しても、それは「思う」でしかない。

事柄も論断も、結局は解釈の呪縛を逃れられないとはいえ、私にとって(あくまでも私の主観だけど)、両者は少し異なって見える。だからこの両者を混ぜて断定されると、どうも気持ちが悪い。主張者が断定できると「思う」のはいい。しかしそれは主張者が思っているだけだ。他人に強要する必要はない。「私は絶対の自信をもって、~を断言します」というのは自由だが、そんなものが何の根拠もないものであったこと、世の中にたくさんあった。

もっともそういうのを見て詐欺だと思うのは、私のような性格の人間ゆえのことであって、世の中の大半の人はそう思はないのだろう。だからそういう人からすれば、私の発言や批難は、単なるいいがかりに見えると思う。わざわざ私にむかって「『思う』では駄目ですよ」とお節介なことを言って来た人もいた。むろん私からすれば、「あなたは、『思う』では駄目ですよ、と思っただけでしょう?」と思ったのだが、まあそれはいい。相手の言いたいことはよく分かる。

私としては、何か知らん文章の中に私自身の主観的判断であることを明示する文字を置き、重力で物が落ちた事実とは異なるものであることを示したい、とそう思って、「思う」はどんなものかね?と昨日のはなしを書いたのだった。

そういえば英語は「I think that」を多用するけど、あれは「私は~と思う」でもあるまいから、どちらかというと「蓋し」かな?

(追記)
そういえば何となく世間の風潮にあわせて「である調」を止めていたが、もしかすると「である調」を止めると文脈に意志が加わるのかも知れない。「である」は事柄の状況を指すには便利だが、意志を著しにくいところがあるからな。もっとも今まで考えたこともがなかったので、単なる思いつきだけど。


3.どちらにするか

このブログは宋代関係の記事から始めたけど(かなり前に削除した)、もう書く気になれないので、やはり春秋関係の記事で締めくくるべきかな。

どうも私は短い文章を書くのが下手だな。すぐ何行にもなってしまう。同じような気持ちで人様のものも見るから、短いのは意味が分からん、という妙な観念をもったりする。いけないなあ。


4.墨子

墨子は戦国時代の顕学として著名で、儒学を嫌い人が好む傾向にある......かどうか知らないが、久しぶりに読んだ感想として、全くおもしろくないの一言に尽きる。あまりに議論がしょぼい。まあねえ、現代的な表現を用いれば高尚にも聞こえるが、いかん原文は素朴すぎて失笑ものだ。

それはともかく、私としては宿命論を否定した非命篇に期待したのだが、これもまたあまりにお粗末だった。なんでもむかしの偉い帝王はこうしたから成功して、馬鹿たれの帝王はこうしたから失敗した、ほら、うまくいくかどうかは人の努力だろ?

なにそれ?そんなものでいいなら、全く同じ材料を使って真反対のことが言える。もともと人間は努力でなんとかなるという主張をいいたいがために、都合のよい資料をならべただけだ。そんなもので宿命論を否定できると思っているとは、あまりにお粗末すぎて涙が出るぜ。

今回は東洋文庫の訳本で読んでいくつもりが、結局は校注を使うことになった。間詁は手許になかったので見ていない。だから東洋文庫はあまり使わなかった。でも同書には時代を感じさせる解説があってほほえましい。その尚同篇上の篇題解説に云う。

この篇は、被支配者が支配者の意志のままに動くべきことを説いている。……もちろん賢人をえらんで君長に推すという前提があるが、この篇では墨子のいくらか反動的な面が出ている。


反動的ねえ。戦前にこの発言をすれば、おそらく発言者が反動的と言われるか、さもなくば反国体と言われるだろう。時代が変われば価値も変わる。戦前の強固な国体論者を敗戦後の人が糾弾するならば、現在の価値の強固な保持者もまた未来の人々に糾弾される。戦前の国体が絶対でなかったように、今の価値が絶対である理由はない。したがってここの発言の当否もまた時代によって異なる。


5.春見、清見

みかんの名前。知ったときは人名かと思い、感じも「春美」「清美」かと思っていた。ポンカンやデコポン系統のみかんらしい。熟れ具合にもよるのだろうが、私が食べたのはオレンジに近い味がした。みかんにもいろいろ名前がある。


今日は暑いなあ。部屋の中がむんむんする。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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