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雑感

やはり地図は必要だな。しかしネットが使えないのは痛い。というかパソコンそのものが使えるかどうか。

ということで、身辺多事、世間多難にもかかわらず、これゾン第10話。

いや~期待を裏切らないできだねえ。シリアスとコミカルがたくみに交わっている......のかしらないけど、真剣勝負の合間にご飯を食べたりするものだろうか?それに最後に主人公が窓から飛び出すシーンはなんだったんだろう。シリアスめの曲(サントラによると「忘却」という曲名だそうです)が流れてたけど、「おれ、ゾンビだぜ」とかいったら場面台なしのような気がするんだが。本来は自己犠牲的な展開なんだろうが、ゾンビではねえ。

ちなみに上の文章はすべて褒めてるんですよ?


偶然顔を出した書店で濱口雄幸の随感録を売っていた。こんなものが発売されるなんて......

随感録 (講談社学術文庫)随感録 (講談社学術文庫)
(2011/03/10)
浜口 雄幸

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名宰相かどうかは知らんが、だからといって人を感動させる文章を書くとは限るまい。それに濱口雄幸は戦前の人だから「濱口」とすべきではないか。とかいいつつ、私もふつうに新字体で書いたりするがな。


文章で思い出した。つい最近まで全く間違って覚えていた言葉があった。恥ずかしい。

書不盡言、言不盡意(書は言を尽くさず、言は意を尽くさず)。

繫辞上伝の言葉。「書」の部分を違うものと勘違いしていた。調べて良かった。


というかけんぷふぁーの第二期とか本当にするのか。第一期が終わったところでもう単行本の最後の方だったと思うんだけどな。第二期って何をするつもりなんだろうか。それにしても藤田まりこさんは微妙なアニメの作画が多いな。

zakki++

> よしよし

ほんと好きですねぇ。あまりそういうこと公言してると後ろから刺されますよ。

> 衍字

あのことだったのか。首相の勘が官(官僚)の間違いなのかと深く考えてしまった。

この種の学問に携わる人間として、衍字は最後の最後、その時代の文献に通暁した人間が勘で判断するものですから、私のような下っ端の人間ではおそれおおいというか。これが宋代の春秋経解とかだったら衍字と断定できる場合もあるにはあるんですけどね。

それにもし衍字であるなら四庫官が何か発言してそうです。『釈例』に対しては妙に文字穿鑿的で、「故」では意味が通じにくいから「当」の誤植かも知れぬ、とか学識のありそうなところを見せつけてくれていますし(あそこは「故」でも意味が通じると思いますけどね)。ということで、杜預の時代の文章に慣れない私としては、衍字と断定するのが恐いわけです。

「本依〔……〕官〔……〕司空圖」とか「本依官司空〔……〕圖」とか、「本〔……〕依〔……〕官司〔……〕空圖〕とか、文献批判をしていると稀にこういう〔……〕に出くわします。この場合、衍字は一字もないわけです。ただ〔……〕を知らない人間に意味は伝わりませんが。その〔……〕の可能性と単なる衍字とを読み切れるかが、専門とそうでない人間の差ではないかと。

春秋釈例(つづき)。でも読めん

『釈例』本文の:

今所畫圖,本依官司空圖,據泰始之初郡國為正。時孫氏僭號于呉,故江表所記特示略。咸寧六年,呉乃平定。孫氏居八郡之地,隨其宜増廣。今江表凡十四郡,皆貢圖籍,新國始通,文記所載猶未詳備,若足以審其大略。自荊揚徐江,内郡縣人以各還其舊城,故此三州未界大江之表,皆改從今為正,不復依用司空圖也。

本依官司空圖が読めない。おおまかに「司空図を用いた」ではないかと推測するが、依官がよく分からない。というか、句の切り方すらよく分からない。我ながら学がないなぁ。分からないので今回は原文のままにする。


> フランス

なるほど。フランスの「陰謀」ですな。

福島第一原発で何が起きているのか――米スリーマイル島原発事故より状況は悪い‐大前研一


※以下、昨日のつづき


土地名篇の釈例には「現在の天下郡国県邑と山川道路、すなわち天下の地名をすべて図に画き止め、そこに春秋時代の諸国邑と盟会の地名を並べた。これを名付けて古今書春秋盟会図別集疏一巻といい、『釈例』に付す」とあり、また「画したところの図は、●本依官司空図(*)、泰始初年の郡国によるべきであろう。〔……〕しかし孫氏〔の呉〕が平定されて後、江表の十四郡が図籍を上納してきた。そこで荊、揚、徐の三州は今の地名によるべきであるから、司空図はもちいなかった」とある。そうだとすれば、本書にはもともと図が附されていたと見なし得る。しかしそれらは既に散佚してしまった。〔一方、この輯佚本には〕郡県を列挙した盟会図疏なるものが付されているが、そこに見られる地名は、いずれも北魏、隋、唐の時代に設けられたものであり、晉代初期にはなかったものである。陽城の一条に至っては、(唐)武后のことが記されているのである。〔盟会図疏なるものは、〕杜預の原本が散佚したことを承け、唐代の学者が補輯したものと見なし得る。この外にも土地名の解釈には後世の学者が増加した言葉が見られる。このように問題はあるのであるが、このたびの編修においては、みだりに原文に改変を加えず、問題ある文言の末に弁証を加えるにとどめた。

さて、杜預の著書は左氏におもねる欠点がある。しかしその奥深い洞察力は後人のよく及ぶところではない。また彼の見出だした義例は経文を頼りに考案したもので、春秋経の本質をよく捉えている。日月の例を盲目に振りかざす公羊学派や穀梁学派とは比べるべくもない出来映えである。摯虞は「左丘明は春秋経を明らかにせんがために『伝』を著したが、『左伝』は春秋経とは独立して世上に流通した。『釈例』は『左伝』を明らかにせんがために著されたものだが、そこで明らかにされたものは、『左伝』だけのことではなかった。だから『釈例』もまた『左伝』とは独立して世上に流通することになった」(四庫官注。「だから(故に)」の字義が不分明である。おそらく「すべきだ(当)」の誤植ではないかと思われるが、『晉書』原本がこのとおりであるので、しばらく原文に従うことにする)(*1)という。決して過賞とは言えまい。

なお『永楽大典』の佚文は。宋代に流通していた来歴ある版本を原本とする。その夫人内女帰寧例の篇末に「凡そ若干字、経伝若干字、釈例若干字」(*2)とある。当時にあって文字の校正がいかに精確であったか、これによって察知し得るであろう。例えば長暦の「文公四年十有二月壬寅、夫人風氏ず」において、杜預は「十二月庚午、朔、壬寅なし」と指摘する。ところが近刻の注疏本は〔十有二月とすべきところを〕「十有一月」に作っている。十一月は庚子が朔であり、その三日が壬寅にあたる。これでは「〔十一月に〕壬寅なし」とは言い得ない。また襄公六年の経文は、本来、「十有二月、斉侯、萊を滅す」であった。ところが近刻『左伝』は、前に「十一月、斉侯、萊を滅すは、萊、謀を恃めばなり」といい、その後に「晏弱、棠を圍む。十一月丙辰にしてこれを滅ぼす」という。しかし長暦によれば、十一月は丁丑が朔であるから、この月に丙辰はない。十二月は丁未が朔であるから、その十日後が丙辰である。杜預はこの日を十二月の下に繫け、かつ、日月に誤植があるとも指摘しない。つまり近時刊刻の『左伝』の二つの「十一月」は、いずれも「十二月」の誤植なのである。このように〔輯佚本には〕近刻本を校訂し得る部分が数えきれぬほど存在する。

春秋経は『左伝』を根本とし、『左伝』は杜預の『春秋経伝集解』を手引きとし、その『春秋経伝集解』はまた本書をもって羽翼とする。このような流れで筆削の旨を求めるならば、本書は古代を考究するための橋渡しともなり、また春秋経の本義を極めるための宝物庫ともなり得るであろう。


(*)???
(*1)『晉書』巻三十四、杜預伝。
(*2)『釈例』本文には「凡そ八百六十六字、経伝三百九十四字、釈例四百七十二字」とある。

春秋釈例

昨日からのことだが、近くのスーパーでレトルト製品が品薄になっている。昨日は偶然かさもなくば被災地に優先的に送っているのかと思っていたが、必ずしもそればかりが原因ではないのかもしれない。量販店だから普段から箱買する人もいるのだが、なんとなくそれも普段より多い気がする。いざというときの備えを普段からしておかなければならないと思ったのだろうか。でもまぁこの近辺は数年前にそこそこの地震があったはずなんだが。


春秋釈例十五巻

永楽大典本

(晉)杜預の撰

杜預の生涯は『晉書』本伝に詳しい。本書の論点をまとめるとこうなる。──春秋経の本義は『伝』にあり、『伝』の義例は「凡」にある。『左伝』の「凡」は五十、その実質は四十九である。これらはいずれも周公の垂れたもうた書法であり、史書の旧章である。仲尼はこれを拠りどころとして『春秋』を修めた。一方、『左伝』に「書(書す)」「不書(書せず)」「不言(言はず)」「不称(称はず)」「書曰(書して曰く)」とあるのは、いずれも仲尼が新たな意味を込め、大義を発明した部分であり、これを変例とよぶ。また旧史に記述のないところで仲尼の意に適合していた場合、仲尼は旧史の文面をそのまま春秋の義として利用した。さて〔『左伝』は編年体であり、記事が各所に散在している。そのため各年の記事を〕相互に比較しなければ、〔仲尼の下した〕褒貶の意図を明らかにしがたい。これを明らかにするために杜預は義例および地名、家譜、暦数を〔四十〕部の書物として別にまとめた。その体裁はまず経文と伝文の数条を列挙してその意味するところを示し、次に『伝』の「凡例」を引き、最後に杜預自身の解釈を記したもので、これを『釈例』と名づけた。『釈例』のなか、地名(*1)は『泰始郡国図』を、世族譜(*2)は劉向の『世本』を拠りどころとした。この『釈例』と『集解』とは相互に表裏の関係にある、と(*3)。

さて『晉書』によると、「杜預は孫呉を平定した後、余裕が生じたことから、『春秋経伝集解』を著した。またこれとは別に諸家の家譜を参考にして『釈例』を著し、さらには『盟会図』『春秋長暦』をも著すことで、一家の学を完成させた。これらは杜預が老年になってから出来上がったものである」という。しかし本書の土地名篇に「呉において孫氏が僭号を用いていたので、江表の地名は粗略である」とあるのによれば、本書の草稿は孫呉平定以前に完成していたはずである。それゆえにか本書に記された地名には両漢三国の郡県が多く、西晉時代のものと完全には一致しない。また『盟会図』と『長暦』は両者とも『釈例』中の一篇であり、独立した書物ではない。杜預の著書については、〔杜預自身の手になる〕春秋経伝集解序を参考にするのがよく、『晉書』の記載は実情に一致しない。そればかりか『晉書』は「杜預の文章は実直で堅苦しいというので、当時の人々に重視されず、ただ秘書監摯虞の称賛を得たにすぎなかった」ともいう。しかし嵇含の『南方草木状』には、「晉の武帝は杜預に一万枚の蜜香紙(*4)を与え、『春秋釈例』および『經傳集解』を書き写させた」と記されている(*5)。これによるならば、杜預の『春秋経伝集解』等は当時から既に重視されていたものと考えられる。すなわち『晉書』の記述は不確実なものと言わねばなるまい。

『釈例』の記録は『隋書』経籍志以後にあらわれ、それらはいずれも十五巻とする。しかるに(元)呉萊の後序にのみ「四十巻」と記されている。元代の刊本は〔十五巻本を〕分巻したものであろうか。明代以来、本書は世上から消失し、ただ『永楽大典』に三十篇と(唐)劉蕡の原序を残すのみとなった。そればかりか遺文〔三十篇〕中の六篇は釈例(*6)のみあって経文と伝文の引用がなく、その他の部分にも闕文が多い。このたびは『大典』から佚文を輯集してそれを篇ごとに並べ、さらに孔穎達『正義』および諸書引用の佚文を集め、不足分を増補し、『大典』佚文の誤謬を正した。そして原本の体裁とおぼしき全二十七篇十五巻にまとめ、呉萊の後序もあわせ付すことにした。

さて杜預の春秋経伝集解序には「『釈例』は全四十部」とあり、『崇文総目』には「全五十三例」とある。そして孔穎達の『正義』には「『釈例』は同じ事柄を「部」にまとめ、小異ある事柄はその附録としている。また特殊な経文で例と見なしがたいものは終篇に集められている。四十部の順序は、隠公即位から始まり、以下、初出の事柄の順に並んでいる。また世族譜と土地名は、例とは見なし得ないので、終篇の前に配置している。そのうち土地名は宋と衛が「垂に遇した」のが初出で、世族は「無駭卒す」が初出である。そして「無駭卒す」は「垂に遇す」の後にあるので、地名を世族譜の前に配している」という。現在、本書原本の篇順は考えるべくもないが、孔穎達の論述から推測するならば、経文に現れた事柄の先後でもって篇順を決めたものと推測される。また長暦篇は土地名と世族譜の後に配列するのであろう。なぜなら〔杜預は〕春秋経伝集解序において土地名と世族譜に論及した後、暦について論じているのだから。

(つづく)

(*1)『釈例』第四十四。
(*2)『釈例』第四十五。
(*3)以上、杜預の春秋経伝集解序の文をもじって杜預の春秋学を説明したもの。杜預の序文を知っていれば理解できるが、知らないと理解が難しい。要するに、杜預の私見によれば、孔子の作った春秋は旧史の文章に依拠したもので、その旧史の文章は周公の作った書法に依拠したものである。その書法を「凡(凡例)」という。ただ孔子は完全に旧史に依拠したのではなく、ところどころ新意を加えた。それが「変例」とよばれるものである。ただし旧史の文章の中、意図せずして孔子の変例と合致する部分は、孔子はことさらに手を加えることなく、そのまま旧史の文章を用いた。これらの凡例、変例を通じて春秋経の意味するところを理解するのが春秋学であるが、春秋経は編年体のため、凡例、変例が各年にちらばって存在し、初学者には発見しにくい。そこで杜預は凡例や変例をひとまとめにして学者の便に供そうとした。それが『釈例』である。とまあ、こういう感じのことになる。
(*4)蜜香樹の皮葉によって作ったもの。
(*5)『南方草木状』巻中の蜜香紙に見える。
(*6)『釈例』は経、伝、釈例という三部構成をとる。ここでの「釈例」は書名の『釈例』ではなく、『釈例』中の一構成要素を指す。

高畠さんのこと

というわけではなく、佐藤優氏の一連の投稿を見て思うところがあった。あまりこういうところで特定個人のことを書くのは気が引けるが、非常に著名な人でもあるし、少し触れさせてもらうことにする。

【佐藤優の眼光紙背】国家翼賛体制の確立を!
【佐藤優の眼光紙背】大和魂で菅直人首相を支えよ
【佐藤優の眼光紙背】福島原発に関する報道協定を結べ

この人は高畠素之が好きだとか尊敬しているとかで、その種の読み物をどこかの雑誌に投稿もしたらしい。私も高畠さんは好きではあるが、別に高畠好きと仲良くしたいわけでもなく、今まで佐藤氏の論文はネットで目についたものを流し読みするのがほとんどだった。しかし上の三つはずいぶん危険な発言をしていたので、少々まじめに読んでみた。

翼賛体制という日本人が嫌悪感しか抱かない言葉をわざわざ使ったり、大和魂というもはや存在しない精神論を口にしたりと、わざわざ一般人に嫌われるような発言をするところは、いかにも高畠さん好きらしい感じもした。しかし、どうもこの人は高畠さんが好きだというより、高畠さんの主張が好きなように感じる。

上の論文は、早い話が、平素は意見の対立があっても、国家存亡のときには日本の名の下に国民は一致団結し、困難を打破しよう、というもので、この種の国家主義者にめずらしくない発言といえる。高畠さんの場合は、「国家存亡のときには日本の名の下に国民は一致団結し、困難を打破しよう」、でも、平素にもどれば当然戦うぜ、という展開が多いのだが、まあ高畠さん的な発想の派生形態(あるいは積極形態)のように見えないではない。

いちおう高畠さんの言葉を引いておくと:

日本國民の中には、謂はゆる資本主義者もをれば、社會主義者もをり、富豪もをれば貧乏人もをり、華族もをれば平民もをり、政友會員もをれば憲政會員もをり、その他何々主義、何々階級、何々職業、何々黨員等、無限に種々異なつた傾向と要素とを含んでゐる。しかし、これ等の要素これ等の分子が一齊に立つて、日本國家の肇創を祝賀せんとする至情に、區別のあるべきはずはない。

日本國民にとつて、日本國家は皇室と共に最高無二の權威である。この權威のためには、國民は一切を犠牲とするの覺悟を要する。けれどもこの權威の限界内においては、理由と必然の存する限り、國民同志間の抗爭もまた鬪ひ通されなければならない。それが却つて、國民を發展し向上せしめる所以ともなるのである。政友會は憲政會と、三井は三菱と、大毎は大朝と、日活は松竹と、福田博士は河上博士と、而して勞働者は資本家と、等、等、等。

來るべき建國祭の發起人たり、參加者たる人々の中には、社會上の主義主張において、私が平素敵視してゐる人々も決して少くない。私は自己の所信に忠である限り、將來社會上の問題について、これ等の人々と一致し提携する機會があり得るとは信じない。が、それもこれも、國家の限界内に立つての相對的斷案である。こと一たび國家の死活に關すれば、我々は社會上、經濟上の一切利害主張を超越し、個人的反感の矛を納めて、一齊に内を固め外に當るの覺悟がなければならない。

建國祭(『自己を語る』より)



他にも高畠さんは至る所でこの種の発言をしている。そしてその主張は佐藤氏の発言と似たり寄ったりとまでは言わずとも、相当の親和性があるように見える。だから高畠さんがそういう思想の持ち主であるのだから、高畠さんが好きだという人なら、その種の思想そのものに共感してもおかしくはない。しかし高畠さんは次のような発言をしていることも忘れてはなるまい。

マルクスの本領は古いとか、新らしいとかいふところにあるのではない。マルクスは死んでも、時間は死なないのだから、時間の齎す新しい事實のうちには、マルクスの學説を古くしてしまふところも、無論あるにはあるだらうさ。けれどもマルクスの偉いところは、たとひ彼れの學説の全部が時間で腐らされても、時間の力ではどうにもすることの出來ないある種の生命を掴んでゐるところにあるのだ。

この生命は彼れの學的實感の強さ鋭さから來てゐる。彼れは單なる組み立ての雄ではない。社會人生の生きた現實に對して、錐の穗のやうな實感力を有つてゐた。そして、この鋭い實感力に觸れた現實の生命は、直ちに彼れの鋭い直感的推理を通して尨大なる學的構造の鎔爐のなかに流し込まれる。彼れの偉大さは試問(フラーゲシユテルング)の急所にあるのだ。必ずしも、問題の解決案そのものにあるのでない。彼れの提出した學説的命題は、時間の齒にかかつて磨滅することもあるだらう。けれども、彼れの捉へた問題の急所は、永遠に腐滅することがないと信ずるのだ。

マルクスの不滅性(『論・想・談』より)



自分の好きなものに対して牽かれるのはしかたのないことで、逆にそれあるが故に価値ある発言ができるとも言い得るが、あまりに命題そのものにこだわりすぎると、かえって命題の価値そのものを失わしめることになりかねない。あるいは高畠さんの価値とは、実は彼の提示した国家社会主義や愛国的発言そのものには無いのではないか、ということにもなる。

まぁ私の好きな高畠さんは「マルクスの不滅性」に現れた高畠さんなので、佐藤氏のとは違うのかも知れない。おのおの自分の信じる道を進しかなく、他者の意見と異なるからといってどうこういうでもない。ただ今回の佐藤氏の論文を読んで、なんとはなく佐藤氏の尊敬するか好きかする高畠像と私の夢想する高畠像とは異なるものだという気はした。

そんだけ。

雑筆

私の住んでいるところは東北から相当離れていることもあり、周囲もいちおう普段どおりの生活ではあったが、なんとも集中しづらい一日だった。福島の原発も心配だ。でもこの規模の災害であれば、戒厳令とか非常事態宣言とか出てもおかしくないように思うが。まあ法的根拠がないから出せないのだろうけど。


> 大金

旅行の専門家がスられるとは、相手もよほどの手練れですな。ご愁傷様です。

> ビッグイベント
> ビビる

あまりそういうこと(ビックイベント)言ってると人が押し寄せますよ。それはそうと、そのフランス様は「関東から離れて」と勧告=在留フランス人に大使館と言ってますよ。いまのところ推移を見守るしかないですね。


「大震災は天罰」「津波で我欲洗い落とせ」石原都知事

天罰の意味が分からん。

追記:

ここのまとめによると、私は上の記事を半分くらい誤解していたらしい。前後の文脈からみて石原氏の天罰は古代の天譴思想の流れを汲むものだと思ったのだが、ネットを見ていたら天罰を東北の災害の意に解する人も多いようだし、朝日の記事もそういう意図で書かれたところもあるらしい。

もちろん天罰を東北の災害の意に解したものであれば論外の暴論だが、そうでなくとも天罰のような野蛮な言葉は政治家が使うべきではない。根本的に天に意図などなく、「天が罰を下す」ことなどあり得ない。天罰などという言葉は、もはやレトリックとしても通用しないカビの生えた、すぐにでもゴミ箱に棄てるべきものだ(天災も似たような意味だが、こちらは字面が「罰」より緩い所為か、現代でも天罰より使用頻度が高いように思われる)。

とまあ、それはともかく、天の譴責という意味での天罰は、支配者を戒めるために行われるものだ。つまり支配者(皇帝とか王様)が愚かな政治をするので、天が支配者を戒めるために民に災害を下すという、現代の民主国家からすると意味不明な思想といえる。こういう思想は、支配者に対して民を低いものとみるもので、現在には通用しない。少なくとも政治家がみずから発言すべきものではなく、この種の発言をする政治家は、意図せずして自分を古代的な支配者に擬えているとすら言えるだろう。

しかしこれほどまで時代が変わったにも関わらず、なおも儒学思想の残滓が現代の日本に見え隠れするのは嘆かわしい話だ。

雑談

ぼちぼち平常にもどらないといけないな。こんなに長時間、テレビを見たのは久しぶりだ。


以下、いつもの雑談。

ディスコルシ ローマ史論 (ちくま学芸文庫)ディスコルシ ローマ史論 (ちくま学芸文庫)
(2011/03/11)
ニッコロ・マキァヴェッリ

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マキャヴェリの『ローマ史論』の文庫。むかし『マキァヴェッリ全集』の一冊として発売されたものを文庫化したらしい。もっとも解説によると、さらにおおむかし『世界の名著』に収録した「政略論」がおおもとにあるそうな。ということは私がむかし読んだ『世界の名著』と同系列の本なのか。例の『君主論』と併称(?)される本ね。

まだ全部は読んでいないけど、おもしろそうなところを拾い読みしたかぎり、まぁ......そこそこ楽しいことは書かれてあった。例えば第1巻第17章なんてタイトルからして「退廃した人民は、解放されたとしても、自由を維持していくのはこの上なく困難である」とある。でも、なんというかね、私の性格的なものだろうけど、こういう論調には慣れているのでハッとする驚きがないというか。そうだよね、の一言で終わってしまうというか。

ちなみに本書は学者の手になるだけあって訳文は小説家のように流暢ではないが、別に意味をとるのに苦労するでもなし、分かりやすい方なのではないかと思う。少なくとも岩波の君主論よりは読みやすいと思う。岩波のも慣れると読みやすくなるんだけど、どうにもリズムがつかみにくい訳のような気がするんだ。

岩波の君主論もリンクしておこうかと思ったけど、講談社のと評価が混ざっているようなのでやめておく。


決断のとき 上・下2冊セット決断のとき 上・下2冊セット
(2011/03/31)
ジョージ・W・ブッシュ

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これは訳本になるんだねえ。

わざわざ翻訳するならブレアさんの回顧録の方を読んでみたかったが(A Journey: My Political Life)、外国語を読むのはしんどいので原文を読む気にはなれない。


Q版大明衣冠図志

......ちょっとかわいい。

雑記

中国・雲南で地震、22人死亡 200人が負傷

びっくりしたが、場所が違うようだ。


どうも私は心が疲弊すると日本の儒学者の著作を読む癖ができてしまったらしい。最近は久米訂斎の学思録を読んでみたりしている。講學筆記だから一般的な学問談義かと思ったら、ほとんど性理学説だった。......岡氏が訂斎は哲学的だとか言っていたのはそういう意味なんだろうか。まあ四部書もそういう本だったから仕方なかろう。残念ながら私とは肌が合いそうにないなぁ。

そういえばむかし高畠さんの著作をやたらタイプしてネットに公開したことがある(今もしてるけど)。そのときは高畠さんの著作が少しでも人の目に触れるようにと思いつつも、高畠さんは現在の優しい人々から見ると驚くべき暴論を吐くので、そのままではまずかろうということで、妥協の産物として旧仮名遣い旧漢字で公開した。とはいえもともと高畠さんの著作が読まれるようにとのことだったので、新漢字新仮名遣いにすべきだったと思わないでもない。

一方、春秋学はこれと少し違う。アカデミックなアプローチはもうやめたとはいえ(する意味もなくなった)、私自身の研究テーマなわけだから、同好の士と話をしたいという気持ちはあっても、別段、人に理解されやすく紹介しようとか、少しでも多くの人に分かってもらおうという気持ちはない。だから私自身がこれでいいと思えばそれでいいし、妥協できなければそれは駄目だ。宋代史はまぁ前に書いたように、「宋代史 金になるなら 嘘でいい」という精神でやってる。

で、秦山先生はこれらとは少し違う気持ちが働いているらしい。春秋学に対するものに似ているが、もしかするとそれよりもっと狭い範囲で追求したいのかもしれない。どうこういっても春秋学は一般的な価値を追求して研究対象に選んだ手前、「理解してもらいたい範囲」があるていど広かったものが、アカデミックなものと断絶したので単に狭くなっただけなのかもしれない。それに対して秦山先生は、断絶した前後に興味をもったこともあり、春秋学よりももっともっと狭い個人的な興味に止まっておれるのかもしれない。秦山の文章をあえて現代語に訳そうとかいう気にはなれないのも、そのあたりが原因だろうか。自分さえ分かっていればいいのであれば、確認や今後のために書き下しくらいにはしても、現代語に直す必要は皆無だから。


> IEなど

う~む、わがPCだとFireFoxとchromeで1~2秒、IEで2~3秒、Operaで5~7秒というところです。まあネットブックの方はクローム10秒、FF20秒、Opera10秒という感じです(IEは重くて立ち上げる気にならない)。

復元は少し勘違いしてました。私はツールバーにブックマークを置いているので、たまに間違えてそれをクリックして違うサイトに飛んでしまうことがあるのですが、その場合と混同していました。タブを閉じた場合は復元できるのかもしれませんね。こんど試してみます。


昨日のつづき

やはり前々回ようやく本格参戦したトモノリをああいうシーンで使うのは無理があるんじゃないかなあ。それに物語的にも数日前にであったともだちみたいだし。もっとも独立したヒロインが三人も四人もいて、それを十二話でばらばらにまとめようというのだから、おのずと無理があるとしかいいようがない。まあそんなことは百も承知だし、それを喜んで観ているのだからかまわないのだけど。そういえば今回は原作との乖離が著しかったといふ。やはりそちらにも手を出してみないといけないだろうか。


> Reader

たしかに多くの記事はReaderで済ませますが、やはりレイアウト的に読みにくいので(ブログもじゅうぶん読みにくいですけど)、読む価値のある記事であれば、本サイトへ見に行きます。とはいえ、RSSがない場合は、そのサイトやブログを訪れること自体が激減するように思います。たま~に思い出したときだけ足を運ぶとか。むしろ仕様的に頻繁に更新されているところの方が活動的に見えていいのではないかと。

そういえば近頃はめっきり助詞の「へ」を使わなくなった。かわりに「に」を使っているような気がする。「本サイトに見に行った」みたいな。でもこれだと「に」が続けて出てくるので一瞬だが意味を取り違える可能性が出てくる。

もろもろ

> 誕生日

おめでとうございます。そういえばそちらの日記は改作の跡がGoogleReadreに残りますが、なぜなんでしょうね。普通のブログはおいおい最新記事に差し替えられるのに。

1.do-demoiikoto

Amazonにもいろいろ面倒なところはあるが、どう考えても他の通販より便利にできている。Amazonで入手が難しそうなので他のを探してみてしみじみそう思った。まぁ楽天には在庫あったんだけどアカウントをとりたくないのでやめた。

2.これゾン第9話

あいかわらず滅茶苦茶なことやってる。でもそこがいい。第二期に向けて是非ともDVDを購入しないといけない気持ちになってきた。

そういえば最後にアニメのDVDを買ったのはみなみけの無印だったような気がする(さくらちゃんはノーカウント)。あの頃はお金がまだあったからなー。あ、でもどのみち豪華版は買わない。むかしは初回特典版と通常版の値段差が数百円だったので、それならと初回特典版を購入したが、さきほど調べてみたら豪華版と通常版とで値段差がそこそこあった。それなら通常版でいい。BDは再生機がないのでいらない。画像はたしかに綺麗だが他に見るものがないから。

そうそう少し前に偶然ジョジョの漫画を見る機会があったので、友紀がスタンド使いになったのにはびっくりした。

3.あの本

やはり宋名臣言行録は全国的に絶えざること糸のごとき命脈を保っているように見える。既に希少種となった中国古典ファンの中にまだ愛好家がいるのだろうか?まあ三朝名臣言行録とか司馬光とか知りたい人は大学の授業で必要なんだろうし、呂蒙正はまた別の理由で知りたいのだろうが、必ずしもそういうのばかりではないように思えてきた。

あれは古い時代の「いいはなし」が書いてあるだけで、現代人が読んでもイラっとするだけのように思うんだが、やはりああいうのが好きな人はああいうのが好きだから好きなのだろうか。まあ好みなんてのは大概同義反復だから案外それが当たっているのかもしれない。

しかしあれを訳すのは労多くして功少なく、しかも益(お金)することゼロだから、きちんとした訳本はなかなか難しかろう。あるいは欲しい人が解約不可の予約をして学者か取次に「陳情」するとか。1部10万とかなら引き受けてくれるかもしれない。ただし100年計画で完成を目指します、とかね。

4.みなみけ

の第8巻を買った。それだけ。いつも通りのおもしろさ。


最近は無意味にどーでもいいことをブログに書いている。いずれ時期をみて削除しよう。

四庫提要など

> 集会

そもそも政治的な自由以外の自由がそこそこ存在するところで革命もへったくれもあったものじゃない。が、いちおう取り締まってるふりをしておくことが放っておくことより利益があるという判断だろう。まぁ外国のことはいざ知らず、偉大なる神の国の新聞は、数十人の「熱血漢」が集まっただけでも「大規模な革命運動」とか囃しそうですな。それはそれで楽しいことながら、それに熱くなる人を見るのは煩わしいので、やはり取り締まっておいて正解ではあるまいか。

1.四庫提要

このまえ殿版と浙江本とで四庫全書の総目提要に差があることを知ったというか思い出したのだが、むかし読んだ春秋類の底本は何だったかな。作業の工程から考えて殿版を使ったと思うのだが。でも、覚えているかぎり、浙江本(中華書局本)を常時参照していたはずだ。でもって、異同がある場合は、気分によって殿版を用いたり、浙江本を用いたりしたのではなかっただろうか。

......我ながらいい加減なはなしだ。やはり版本間の異同ははじめに調べておくべきなんだな。いちおう言い訳めいたことを言っておくと、当時は私も多分に漏れず浙江本は殿版を(校訂した)重刻本だと思っていたので、殿版を底本にしつつも実質的には浙江本で読んだように思う。んで、気持ち悪いところだけ殿版に順ったという感じだったのではないかなあ。

これから最終的な校正に入る予定だけど、今度は薈要提要も参照してみるつもりだ。まあ薈要提要はそこそこ異同が大きいので、校正には使えないのだけども。できれば文遡閣と文津閣の書前提要も利用したいところだが、さすがに見る機会がないのでこれはあきらめる。もちろん紀の手校本とかいうのも利用しない。

そうそう武英殿聚珍版叢書にも八種類ほど収録されているのでその提要も見ておく必要がある。この前は見るのを忘れていた、というか、見る時間がなかった。いちおう目録上では:

春秋釋例附校勘記十七卷(杜預)
春秋集傳纂例附校勘記十一卷(陸淳)
春秋傳説例一卷(劉敞)
春秋經解十五卷(孫覺)
春秋集註四十卷(高閌)
春秋攷十六卷(葉夢得)
春秋辨疑附校勘記五卷(蕭楚)
春秋繁露附校勘記十九卷



が入っている。しかし私が見られるのは百部叢書集成本なので春秋集伝纂例と春秋繁露は見られない。

ということで、資料完備の研究室で作業するわけではないので粗雑にはなるが、その分こちらが手を抜けるので楽といえば楽で結構なことだ。まぁ読む人がおらんので言えることではあるが。

2.儒蔵の刊行予定書目の春秋総義之属

もう一つ春秋学関係の話。いわゆる儒蔵の刊行予定書目の春秋総義之属に以下の九種類があがっている。

春秋集伝纂例 陸淳
春秋権衡 劉敞
春秋集注 張洽
春秋経解 孫覚
春秋伝 胡安国
春秋尊王発微 孫復
春秋本義 程端学
春秋集伝 趙汸
春秋大全 胡広等



ここらは各々の見識をもって収録書を定めたのだろうから、こちらがどうこういうことではないが、私とは見方が違うようではある。このなか陸淳の纂例と劉敞の権衡、胡安国の伝は外せないが、それ以外はちょっと疑問がないでもない。

もちろん程端學以外は収録されても全くおかしくない人々ではあるのだが、張洽を入れるなら陳傅良の後傳の方が、程端學を入れるなら呂祖謙の集解の方が、大全よりは汪克寛の纂疏の方がいいように思う(大全は他の経解との関係で外せないのかも知れないが)。

呂祖謙の集解を入れるのであれば、張洽の集註と孫覺の経解は不要になる。空いた分に趙鵬飛の經筌でも入れた方がたのしい。その他、趙汸の研究は集傳より屬辭の方が価値があるのではなかろうか。あとスペースがあれば呂大圭の五論と、ずっと時代がくだって張應昌の属辞弁例編がほしいところ。属辞弁例編はスペースの関係上無理だとは思うが。

まあ買わない奴がああだこうだいっても意味のないことではある。

3.あけすけ

......「BD&DVDを買って第二期を実現させよう!」ってあるけど、あけすけな言い方だなー、実に好感が持てる。人との挨拶もこのくらいあけすけにいきたいものだな。

極没要緊

翁方綱といえば清代中期を代表する学者であり、四庫提要編纂に携わった一人としても知られている。その彼の手になる分纂稿の一つに公是先生極没要緊がある。このまえ読んでいたら少しおもしろかったのでここに記録しておく。

公是先生極没要緊一巻、宋の劉敞の撰。

劉敞、字は原甫、新喩の人。慶暦六年の進士。集賢院学士、判南京御史台を歴任。卒後、私に公是先生を諡られた。その文集六十巻は既に散佚し、いまでは江西の『新刻三劉集』に四巻を残すのみである。『宋史』本伝および欧陽修の撰した墓誌銘によれば、劉敞には『春秋権衡』『春秋意林』『七経小伝』『弟子記』があったという。しかし江西の新刻本は『春秋権衡』『春秋意林』『七経小伝』のみを収め、『弟子記』は存在しない。

さて銭曾の『読書敏求記』には「『公是先生極没要緊』一巻、すなわち劉原父の『弟子記』である。本書は、当時の人物に対して、ときに名を記し、ときに字(あざな)を記している。恐らく称呼に差違を設けることで当該人物の賢否を区分したものであろう」とある。この書を検するに、いずれも『荘子』を解釈したものにすぎず、銭氏の指摘する「当時の人物に対して、ときに名を記し、ときに字を記した」という部分は存在しない。しかし銭氏は本書を子類に列入しており、これは『荘子』を解釈した本書の性格と符合している。おそらく本書は『弟子記』から節録したものであろう。

『弟子記』の巻数について、『宋史』本伝は五巻とし、『敏求記』は一巻とする。本書は『荘子』の本文を載せていないが、その配列は『荘子』注と同じである。書名の由来については、謙遜して他撰のごとく見せたもので、弟子の手に成るものではあるまい。劉敞が『荘子』について語った言葉を弟子が記録したもの故に、劉敞の諡を書名に冠したのであろう。劉敞の著述は既にその多くが散佚しており、本書には向秀や郭象の注に裨益するところがある。是非とも本書を刊刻し、世に広むべきであろう。



翁方綱の調査は非常に杜撰で、読書敏求記を頼りに極没要緊の真偽を決めるという驚くべきことをしている。現在であれば読書志、書録解題、あるいは文献通考経籍志の他、劉攽の行状も参照すべき必要がある。さすがに欧陽修の墓誌は見たようだが、必ずしも善本でなかったことは、その挙げるところの書目の一覧から確認できる。

もっとも一流をもって知られる翁方綱がこのような杜撰な調査をしたのには、それ相当の理由があったと考えるべきで、その理由としてまず考えられることは、恐らく資料が決定的に不足していたのだろうということである。書録解題は四庫提要編纂当時に存在せず、わずかに文献通考経籍志に引用されるものを利用しなければならなかったし、劉攽の行状(彭城集所収)もまた当時存在しなかった。その他、現在であれば容易に閲覧できる書物も見られなかったのだろう。

それはさておき翁方綱の見たものは、恐らく四庫提要公是先生弟子記および同書極没要緊(子部道家類存目)に引かれる書物と同一のものと推測される。両者は基本的に同じ解説なので、若干説明の詳しい後者を引いておく。

極没要緊一巻。浙江巡撫採進本。

本書には公是先生撰なる署名が附されている。公是先生とは宋の劉敞の別号である。銭曾は『読書敏求記』において「公是先生極没要緊』一巻、すなわち劉原父の『弟子記』である。本書は、当時の人物に対して、ときに名を記し、ときに字(あざな)を記している。恐らく称呼に差違を設けることで当該人物の賢否を区分したものであろう」という。

さて、『公是先生弟子記』は晁公武の『読書志』に収録されており、銭氏の指摘はその晁公武の指摘と同じである。しかし『公是先生弟子記』は別に伝本があり、この四庫全書総目においては別の書目として収録した。本書の内容は郭象の『荘子注』を採取しただけのもので、『公是先生弟子記』とは全くの別物である。銭氏がいかなる理由から両者を同一視したのかは不明である。あるいは銭氏の所見本はこれと別物で、本書は好事家が偽作したものであろうか。

『公是先生弟子記』は儒家に属すべきものだが、本書は『荘子注』を採取したものにすぎず、道家の書物と言える。そのため本書の名を道家に加え、その偽妄を明らかにしておくものである。



分纂稿は四庫提要成立の様子を調べられる貴重な資料ではあるが、さすがに四庫全書編纂途中のこととて資料閲覧に難があったと見え、翁方綱ほどの人物が執筆したものですら、完成された四庫提要から見ると見劣りするところがある。

それにしても翁方綱の見た極没要緊はどのような内容だったのだろう。四庫官は郭象注を集めただけの贋作ではないかというが、翁方綱の発言を見るかぎり、郭象注以外の文面もあったのかも知れない。劉敞の著作は明代初期に散佚した。これを清代の劉氏末裔が再び集め、翁方綱の文章にある新喩三劉全集(三劉は劉敞、劉攽、劉奉世)を編纂した。

しかし三劉全集は非常に粗雑なできの書物で、春秋権衡、意林など以外は、宋文鑑から遺文を蒐集したものに過ぎない。しかも遺文の輯佚書であればそれなりの価値はあるが、他人の文章も多く含むものであった。就中劉奉世の自省集に至ってはその所収遺文(詩は除く)はすべて他者の作品であるというとんでもない代物であった。

もっとも劉敞の著作には、四庫提要に別本公是集というものがあり、銭塘の呉允嘉が輯集したものという。なぜ呉氏が公是集の輯集に乗り出したのか不明だが、なにやら劉敞に興味を持つ人もいたようではある。明末から清代にかけての宋代研究もおもしろいテーマではあるが、いかんせん時間がかかるし必要な書物が多すぎて市井の浪人には無理な相談なので、まあ放っておくことにしよう。

おわり。

気になる新刊

王陽明全集(新編本)
清代文字獄档(2011増訂本)
尚書孔伝参正-十三経清人注疏

数年前から王陽明全集の新版が出るとは聞いていたがここにきてようやく出す気になったのか。買わないけど。礼書通故といい、詩三家義集疏の新装版といい、ここ数年で十三経清人注疏をよく見かけるようになった。聞くところによると原稿はとっくに出来ているがなかなか出版できないとかなんとか。なんとか頑張って陳立の公羊義疏までこぎつけてほしい。でも尚書孔伝参正は買っておきたい気がするな。

ちなみに書虫の記載によると尚書孔伝参正の発売は五月らしい。中国の書籍はまだ発売もしていないのに既に発売したかのように装うのが好きだったが、どうどうと発売予告をするようになったのか。結構なことだ。

雑談・返信

> 積分
なるほどそうなるのか。試さなくてよかった。ありがとうございます。そういえば20分ほどくれるとか書いてあるな。どうでもいいけど漢字だらけの中国サイトを見ていると疲れてきた。漢字ばかり見ていると重く感じる。ひらがな最高!

トモノリは直球でいいね。キャラデザもいい。こうもツンデレが増えるとストレートな方がかえってよく見えるのが不思議だ。いや、不思議でもなんでもないか。逆の逆になっただけだから。とはいえ、トモノリの場合、異常な暴力癖もなく、なかなか思いやりのあるところもポイントが高い。

> 陰謀
まぁ世のなか金になれば何でもいいのではないかと。金になるというと、財政に詳しい人間は物事を効率的に考える癖があるので戦争に負けるのではないかと思わないではない。

各地で欧陽修の朋党論が調査されている。なぜ?どこかの大学で出題されたのだろうか、それとも教科書的なものに掲載されていたのだろうか。一般の人が向学心から調べているとは思えない。こうなると前にテキトーに訳したのを削除しておいてよかったと心の底から思える。

人の文章を読んだり自分で書いたりして、外国人にとって「に」の多用される日本語は読みにくいのではないかと思ったり。「AにBに~」のような文章は、AとBの文脈上の意味が正確に分かっていないと意味が分からなくなる。

......翁方綱がいい加減なことを書いている。しかし翁方綱ほどの学者になると、それをあげつらって嗤う気にはなれない。やはりあるレベルを超えた学者に対してはおのずと敬意を持ってしまうと見える。極没要緊のことね。

> 例の話
働かなくても同じ給料では誰も働かないし国も亡びるというのは、かつてソ連が亡びたときに日本でよく耳にした。もう一つ付け加えると、能力のある人間が上にいないと組織は死滅するというのは誰でも知るところで、それを認めるならば、能力のなさを自覚する人間は昇進を望むべきではないことになる。

翁方綱のことはこんどまとめてみよう。でも一つ足らない資料があるのが悩みの種。

一つ弁解しておくと、私も自分の知らない分野をググって調べることは多く、参考になる記事に出くわす場合も少なくない。そのときは記事の執筆者に当然ながら感謝する。金にもならんことをよくまとめてるなあと。したがって私としても無関係な分野の人が「朋党論っておもしろそうだな~」と思って調べているのなら大いに骨を折ってみたい気になるが、そもそも専門的な分野を扱う人間が調べているのであれば、ぜひとも役に立ちたくなくなるというのが人情というものだろう。理由はいうまでもあるまい。

カンニングで逮捕するかね。どうでもいいけど、もっと報道しないといけないことが今の世界にはたくさんあるんでないかい。

雑談+四コマ

> 提要

さすがにそれは存じてますが、触れたら負けかなと。そういえばあのサイト、ユーザー登録したらどうなるんだろうか。


きのう崎門学脈系譜を見てIME用人名辞典を作ろうと思いたち、読みが分からないのですぐ止めたという話、あれから気を取り直して少しだけ進めてみたところ、デジタル版 日本人名大辞典+Plusに少なからず登録されていることを知った。が、しばらく検索していて、どうも戦後にあるていど有名な学者が研究した学派の人名はかなり登録されているが(例えば仙台藩の遊佐木斎一派とか)、戦前に研究された人人(秦山先生の門人とか)の人名はほとんど登録されていないことも分かった。

もう一つついでに分かったのは、googleの日本語入力に出てくる崎門関係の人名は、この日本人名大辞典(デジタル版か否かは不明)と重複するところが多く、例えば佐久間洞巌とかが当然のように出てくる一方、谷垣守が出てこないという非常にアンバランスなことになっている。そういえば木斎は上の辞典だと「ぼくさい」になっているが、人によっては「もくさい」と読むらしい。どちらが正しいのか不明。というか、日本人の漢字の読みは地元の人しか分からないのが少なくない。まぁどうでもいいけど。


これゾンのDVDつき第8巻をついに予約してしまった。思い悩んだあげくこういう結果になってしまふとは......内容構成を見るかぎり京子は出てこないみたいだけど、トモノリは登場するみたいだからまあいいや。京子はすぐ退場してしまうのね。残念。おお!テレビサントラも出るのか。これも買わないといけないかなぁ......悩むところだな。3/9。


昔の学生も就職難を社会のせいにしていた! 実は今と変わらない?明治~昭和初期の就活事情|みんなの就活悲惨日記 石渡嶺司|ダイヤモンド・オンライン

なかなか粋なことするな(書き出しのこと)。江戸時代や中国の明代にはやった噓っぱち小説前書きはこういう感じだな。戦前にも似たようなのがあったと思う。

内容は斜め読みなので論評しない。でも、戦前と現在を直接比較するのはナンセンスだと思う。そんなことでいいなら戦中と比較したらいいんでないかい?戦争で死ぬかもしれなかった人に比べたら、君らは幸せだなあ!(俺はもっと幸せだけど)で充分通用すると思う。

いやいや、そんな過去の事例を持ち出さなくても、現代でもひどい死に方する人はいっぱいいるのだから、それに比べて君らは幸せだなぁと言っておけばいいと思う。でも、それで納得しないのが人間というものだから、歴史を持ちだして現在を語るというのはナンセンスの極みだというのが、私の考えだ。


忘れていたが帰宅途中にキルミーベイベーの第三巻を入手した。これから読む。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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