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これゾン+秦山先生手簡

書くのを忘れていたが、これゾンDVDの第3巻を入手した。例の京子の回ということで、BDにしようかとも思ったが、結局DVDの通常版で我慢することにした。そうねえ、作画はちょこっと集成されているようにも思うが、基本的に放送時のと変わりない。まぁそっちを売りにしてたわけでもあるまいから当たり前だけど。

土佐國群書類従の秦山先生手簡、あらためて見てみるとやはりいつもの悪いところが出ている。まず凡例が杜撰すぎる。そして底本がはっきりしない、注釈や改定の方法が明記されていない、他本との関係が必ずしも明らかでない。

例えば解説によれば底本は東大本のはずなのに、なぜか「内閣本により補う」(51頁第97条)の文句があり、内閣文庫所蔵本が底本なのか東大所蔵本が底本なのか、読者をして迷わしめるものとなっている。また本文開始直後の第4条には「(レ下)」が補入されているが、そもそも何本によって補ったものなのか、全く意味不明だ(増補された文章は刊本=青楓会本に同じ)。本叢書全般に言えることではあるが、このあたりのテキスト製作に厳密を欠くように見える。

その他、群書類従本と青楓会本との決定的な違いは、群書類従本が秦山先生手簡上中下巻および附録のみを収録したのに対し、青楓会本はその上さらに追補29通の書簡を収めているところにある。まぁ青楓会本の追補に価値があるか否かはともかく、秦山先生を慕う人間としては、書簡が残っているならそれも見たいところだろう。群書類従の新版は、あくまでも群書類従のそれであるから、このあたりは「土佐國群書類従」の限界なのだろう。

というように群書類従本にも遺憾な点はある。

あ、あと、今回の群書類従本は基本的に新漢字を利用している。これは古籍の翻刻として致命的な欠点と言える。どうせ一般人は読まないのだから、新漢字のような中途半端なものは使わず、底本どおりのものを使ってくれた方がよかった。

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ようやく土佐國~第13巻を入手した。

そういえば土佐國群書類従の13巻を入手した。高知県立図書館の記載では全13巻とあるので、たぶんこれが最終巻なのだろう。そのわりに県立図書館のサイトにも本13巻にもそれらしい記述が全く見えないのは不思議だ。ふつうは土佐國群書類従の刊行を了へてみたいな文章が載るはずなのに。もしかしたら別巻でも出るのだろうか?

それはさておき第13巻は秦山関係の資料集としてはなかなか価値がある。まず秦山先生手簡が収録されているのが大きい。秦山先生手簡はむかし青楓会から翻刻されたが、現在では入手が難しく、結果的に本書がもっとも容易に入手できるテキストということになる。同書はいうまでもなく秦山の思想を理解するための重要な書物なので、比較的容易に入手可能になったことは国民的喜びといわなければならない。

なお解説によると群書類従本は青楓会本よりも若干収録文章が少なく、一部に省略が見られるそうだが、このたび第13巻に収録するにあたっては、底本(東大所蔵の群書類従本)の翻刻の他、青楓本とも対校を行い、巻末に底本欠落文章の増補も行っており(附録は青楓会本と違うような気もするが、青楓本を出すのが面倒なので、また今度思い出したら調べてみる)、頗る良心的編纂といえる。

まぁ全般的に漢文資料にやや精細を欠く同叢書だから対校もどの程度のものか分からないが、一般人が読むわけでもなかろうから、読み間違えたらそれは読み間違えた人間が悪いというべきだろう。なお秦山先生手簡の最後の方に秦山の生涯のあらまし(秦山行実)が漢文で載っている。解説は、いつ書いたものか不明としているが、内容を鑑みる限り、秦山集巻49の谷氏族譜から秦山に関係する部分を抜き出したものと推測される。

そのほか、本巻には秦山門弟問目と北渓随筆が収録されている。前者は秦山が弟子の質問に答えたもので、秦山周辺の様子がうかがえておもしろい。北渓随筆は秦山の孫である谷真潮の随筆。冒頭の「風は天地の息なり」が非常に有名。今読むとあほくさいが、まぁ当時の学者の発言ということで、なまあたたかく読んであげるのが吉。

ということで、第13巻には秦山関係の資料が3種、しかもいずれも秦山関係のことを調べるには不可欠なものだけに、非常に価値がある。秦山に興味のある人は是非とも読んでいただきたい。とりあえずざっとみての感想でした。



......秦山の発言は深いなあ。やはり四庫提要より秦山かな。

雑記

四川もおもしろい。そこならコネで留学できたかもしれないが結局しなかった。しないでよかったかどうかは知らないけど。美人云々の話はよくわからない。とどのつまりそういうのは個人の主観に大きく依存するので、微妙な問題ではないのかと思う。そういえば四川は宋代でもまま開拓の話がでてくる。神宗の時代にも「宋代では」大規模な戦争があった。いや、李順とか王均のとは別の。くまもとが平定したんでなかったかな。

雑記

昨日の地名は上海でよかった。記事によっては華亭の人とする場合もある。

高畠素之の草稿を入手した。結構高かったので懐がいたいが、重要な文献でもあったので思い切って購入した。で、単行本所収乃至雑誌所載の文章とほとんど変わらなかったことがわかったのだが、中には字句の書き換えなどをしていておもしろい。まぁ完全に趣味の世界のことだから、興味のない人には全く理解し難い趣向だろう。

焦袁熹『春秋闕如編』++++

春秋闕如編八卷

江蘇巡撫採進本

(国朝*)焦袁熹の撰。袁熹、字は広期、金山*の人、康熙丙子の挙人。本書は未完成の書物で、成公八年で筆が止まっている。また巻ごとに袁熹の名印が押されていることから、本書はその稿本であると推定できる。また本書の端には孫の鍾璜の手になる跋文が附されているが*、これもまた当時の直筆である。

さて穀梁伝が常事不書*の例を発してこの方、孫復が有貶無褒*の理論を発展させた。後代の学者はこれを受け継ぎ、模倣を繰り返し、厳罰主義でもって経を解釈するようになっていった。その結果、春秋二百四十二年の中、上は天王より下は列国に至るまで、一人として糾弾を免れたものはなく、〔孔子の高弟たる〕子游・子夏ですら一辞も付け加えられなかったかの春秋をして、ついに〔厳罰主義の本尊たる〕申不害・韓非の口舌をしてなお余りあるほどの有様となった。その流弊の極まるところ、天道をすら貶すものが現れる状態になったのである(呂柟の『春秋説志』には、季孫意如の卒を書す理由を説明して、「天道の錯誤」に言及した件がある*)。春秋はかくして混乱極みに至ったものと言えよう。

(つづく)

*国朝:清朝のこと。
*金山:調査中。おそらく上海。
*跋文:四庫本になし。
*常事不書:「定例行事は経文に記さない」の意。
*有貶無褒:「経文には対象事件・人物を貶したところはあっても褒めたところはない」の意。
*天道の錯誤云々:『春秋説志』巻五に云う、「卒意如者何。曰:定公既立、則意如不可不卒、徳其立已也。其忘昭公乎。若曰昭公薨于外而意如卒于内、雖天道亦左矣。」


ググっていたら四库提要著录丛书というのが出ているらしい。要するに四庫本のできが悪いから、四庫所収書目で他の善本と差し替え可能なものを集めたものということだろう。収録書目が分かれば便利なんだがな。まぁ分かっても利用の便がないから意味ないけど。

いや、やっぱり紙ですって。紙は読みやすいし。あちらこちらの蔵書を見て回って集めまわるより、その叢書一つで全部見られるほうが便利ですよ。まあね、中国様のすることだから、四庫本とは別本というだけでゴミ本を収録している可能性が結構あるので、それなりの利用価値しかないような気はしますがね。それに私が買うわけじゃなし、どうせ大した価値もない他の叢書を公費で買うのなら、これ買っても同じですよ。

そういえば文瀾閣の四庫全書も出版計画があるらしい。こっちの方があほくさい。文瀾閣の四庫本なんてほとんど文淵閣と文津閣の引き写しで、現存善本も多いのだから、善本のなくなった稀覯本だけまとめて印刷すればいいのだ。

今後の方針

更新が滞りがちになっている。まあ一文の得があるわけでもないので構わないが、何となく習慣が崩れそうで恐いな。ということで、何かを継続して実施することにしよう。

1.四庫提要の清代部分
2.秦山先生の文章を読む

とりえず思いつくのはこの2つ。どちらを実施するにせよ、超スローペースになるのは間違いない。まあ時間がないからしかたあるまい。今のところ当面は四庫提要を読むような気がするが、その場合は気の向いた書目を選んで読んでいくことにしよう。前のように四庫提要の順番に沿って読むようなことはしない。


そうそう尚書古文疏証の校点本を入手した。前に注文していたのが届いたのだけど、まあまあのできだな。レイアウト的にね。若干活字が大きいようにも思うが、気になるほどではない。要するに日知録集釈ほどいらつくレイアウトではないということです。

個人的には疏証よりも附録の毛奇齡「冤詞」に興味があるので(というか疏証は前に影印本で読んだ)、今は寝る前に冤詞をぱらぱら読んでいる。こういうのを読んでいると、梁啓超ではないが、清代の考証学は結局紙に書かれた文字の考証でしかないのだなというのがよく分かる。そして考証をする場合は、梁啓超の意に反して、結局は紙に書かれた文字を考証するしかないのだろうなとも思う。歴史の真相を明らかにしようなどとは、思いもよらぬ暴論ではあるまいか。

まぁ歴史なんぞ分かったところでさしたる意味があるでなし、ましてや研究を止めた人間であれば真相の探求に精力を費やす必要もなく、研究者になれた人間の真摯な探求なんぞに興味があるでもなく、要するに一言で書けば、どーでもいいけどな、ということになる。

雑記

日本国語大辞典が欲しいけど、高すぎて買えないな。大漢和辞典はもってるけど全く役に立たないから使うことないな。おおむかし大漢和を買ったとき、国語大辞典の方にしておいたらよかった。

こういうのがあって利用料を払えばネットで見られるけど、どうだろうなあ。国史大辞典を入れると5000円ほど高くなるし、不要な辞典・事典がたくさん入っている。仮に年間21000円を払った場合、国語大辞典はしんぴんで220000円のはずだから10年分で本とほぼ同じ価値になる。まあ10年もたてば変化しているはずだから、こちらの方が安いのかもしれない。それに国史大辞典もついてくるし。どうしても国語大辞典が欲しい貧乏人は精選版でも使えばいいということだろう。もっとも支払い方法がクレジットしかダメらしいので、使うのはちょっと微妙ではあるけども。

来週は忙しいからまず間違いなく更新はしない。といいつつ、気づいたら今週も今日しか更新してなかった。

電気料金の支払金額が1000円未満だと来月に繰り越されるらしい。

新刊

一言だけ、どうしても書いておかねばならぬ。

うさぎのーと(3) (まんがタイムコミックス)うさぎのーと(3) (まんがタイムコミックス)
(2011/05/07)
師走 冬子

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師走先生のうさぎのーと三巻が発売された。で、発売日に入手できたのはいいが、なぜか間違って二冊購入した。たぶんネットで注文したとき、前の記憶が残っていたのだと思う。布教に使うとしよう。

そういえばこれゾンのDVD(通常版)買った(1巻と2巻)。ひさしぶりのDVD購入だけど、通常版を手に入れて思ったけど、なんだか寂しいつくりだな。なんだかんだで今まで初回特典版とか豪華版とかしか買ってなかったから、いざディスクとその取扱注意のみのDVDだと、すごく寒々しくみえる。

まぁ次巻は京子が快刀乱麻の活躍をする回だから、もしかしたらBDの豪華版とDVDの通常版を買うかもしれないな。ちなみにBDはPC上でしか見られないので、見る気にならない。おかげで例の双子ちゃんも一度しか再生してない。

おお、ついに完成したか!

ということで、昨日の今日で悪いけどもネットがふたたび開通した。まあ今回はかなり無理をしているので、もしかしたらまた断線するかもしれないけど、とにかく今はつながっている。

このブログを放置している間に、これゾンが終わったり、師走先生の新作ゲストがあったりと、重大なイベントがたくさんあったが、そういうのは面倒なので書かないでおこう。あ、でも、これゾンのDVD(BDは買わない)を買うことがあればコメントするかもしれない。

で、それはともかく、これも放置の間の話ではあるが、土佐國群書類従が完成したらしい。『土佐國群書類従』第13巻 紹介......の割にはあまり盛り上がりに欠けるのは震災の所為だろうか?それとも実はまだ完成していないのだろうか?現物を見ていないので何とも言えないが、とりあえず第13巻の完成を祝いたい。秦山関係の資料も豊富に入っている(はず)。『秦山先生書簡』は戦前に増補版が出たが、現在では手に入れ難いので、研究者ならともかく、一般の愛好家としては『土佐國群書類従』で読むのも悪くないのではあるまいか。

そうそうfirefoxがver4になったけど、なぜかしらんOperaのまねしたようなしてないような......

どうでもいいけど博士かわいすぎる。

まあ、そんなところです。

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友人宅から更新。とくに変わりなし。地震が少なくなってきた。


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Author:awatan
HN:江藤清通
かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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