スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ようやくはじめた

ようやく春秋権衡の巻三を開始した。相変わらずねじれた論理を展開している。さすが劉敞だな。久しぶりに読むと感動を覚える。とても巻四まで終われると思えないが、まぁ少しずつ訳していこう。というか、訳文より補注の文字数の方が多いのはよくない。やはり注は極力省き、本文だけで意味が通じるようにしなければならない。そういえば一箇所、正義の解釈で分かりにくいところがあった。まぁ勢いで読めば分かるが、例の如く文法構造がはっきりしない。ちなみに靖康の変を調べる為の資料も揃えた。

スポンサーサイト

秦山集巻二十七丙丁録18~

(18)集義和書、只だ是れ佞書。

(19)莊士豈に集義和書を讀まんや。

(20)新田義助の墓、豫州越智郡國分寺の東に在り。四國靈場記に見えたり。

(21)一傳に曰く、「國吉剃髪して昌盛法師と號す。中村彌介吉高を生む。吉高は昌吉を生む。(氏名父に同じ)昌吉は高吉を生む。信長公に仕ふ。信長公近江の屋形義秀卿に請ひ、秀の字を賜ひ、改めて秀吉と字す。秀吉公の弟、右馬允久吉、孫七郎秀次を生む。後、治兵衞と號す」と。重遠謂へらく、此の傳、近日に出づ。信ずべからざるなり。

(22)異稱日本傳に曰く、「秀吉は尾張國阿育郡の人。父の名は筑阿彌。小民なり。詳らかに道喜居士記に見ゆ」と。重遠謂へらく、古來或説、此の傳有り。此も亦疑ふべし。蓋し秀吉は平素濶達、自ら卑賤を諱まず。如し明らかに其の父を知らば、則ち何を憚りて之を尊崇追贈せざらんや。其の實は秀吉の生まるる、攙搶の天に在るが如し。天地の間、恠異奇特の一氣のみ。必ずしも父祖の姓名を問はざるなり。
※異称日本伝の引用部分不詳。

そういえば

綱要を読んでいてふと思ったのだが、宋は女真と契丹の関係をどのていど知っていたのだろうか。綱要にしても会編にしても、南宋にできたものだから、リアルタイムで記録があるわけでなし、どうなんだろうか。

ようやく落ち着いた

もろもろの仕事を片付け、ようやく一段落。

そういえば春秋権衡の続編(続訳?)を依頼されたが、どうしたものだろうか。歴史の本なんてモトになった記事そのものがいい加減だから、厳密に訳しても仕方ないが、経解は神経を使う。というか、偉そうに訳しているが、私の解釈があっているのか、常に薄氷を踏む思いでいる。それと経解関係は印刷代が回収できないという残念な問題もある。歴史関係はモノによっては印刷代を回収できるので単純再生産が可能だが、経解はねえ……


とうとう例の中二病の円盤を買ってしまった......もちろん二巻も予約した。漆黒に躍る弧濁覇王節の威力はすさまじかった。はまってなかったアニメにいまさらはまるとは。やっぱり六花はかわいいな。うん。ということで、久しぶりの円盤購入だった。何年ぶりだろう?


そうそう犬大将氏と相談をし、次の機会があれば、やはり宋末の漫画でいこうという話になった。いまのところ主人公は王雲のまま変更はない予定。私は春秋権衡の準備に追われる予定だが、合間に宋史紀事本末の靖康の変あたりを大改訂してまとめるかもしれない。もっともそうなると資料をふたたび手元に集める必要が生じるわけだが......長編紀事本末とか要録とか会編とか、もう手元にねえよ。どうしようか。

おお、そもそも宋史が手元になかった。心の友の長編(および拾補)は手元にある。

カレンダー
12 | 2013/01 | 02
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール

awatan

Author:awatan
HN:江藤清通
かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

自営サイト
最近の記事
カテゴリー
リンク集
全記事表示

全ての記事を表示する

FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。