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続修の提要など++++

やっとトモノリ登場か。待っている間に京子が登場して、そっちの方に牽かれてしまったが、トモノリはトモノリで悪くない。

それはともかく先週末に運よく続修四庫全書総目提要(経部)を見ることが出来たので、つい夜更かしして余計な資料を作ってしまった。以下、知ってる人は誰でも知ってる、知らない人は知る必要のない記事。


続修四庫全書総目提要は四庫全書総目提要に続ける目的で作られた漢籍解題集で、戦前の我が大日本帝国が出資し、狩野直喜、服部宇之吉、内藤湖南など少数の日本人学者と圧倒的多数の中国の学者を中心に編纂された。原典資料は未入手なので孫引きになるが、編纂開始時期は1931年、終了(停止)時期は1945年7月、すなわち日本の敗戦間近。総計約三万三千の書物の解題が含まれるという。ちなみに続修四庫全書総目提要と続修四庫全書には直接の関係はない。

おおむかしは続修四庫全書総目提要というと臺灣商務印書館の出版した『続修四庫全書提要』(全13冊、1972年)だったのだが、その後、大陸から『続修四庫全書総目提要(経部)』と『続修四庫全書総目提要(稿本)』が発売された。後二者は基本的に同一作業上の産物なので問題ないが、商務印書館のものは少々問題がある。

上に書いたように、続修四庫全書総目提要は日本出資の下、大陸で編纂されていた。そして日本の敗戦とともに作業は中止され、編纂資料と編纂のために集められた資料は大陸に残された。しかし編纂過程において原稿の一部が日本に届けられていた。この日本に送られていた資料をもとに作られたのが、台湾から出版された『続修四庫全書提要』(全13冊、1972年)になる。

大陸においても断続的に資料整理が行われており、経部と史部、そして集部の一部がまとめられ、1993年に『続修四庫全書総目提要(経部)』上下冊としてまず発売され、ついで『続修四庫全書総目提要(稿本)』全38冊が発売された。前者は活字印刷の断句本、後者は稿本の名のとおり原稿を影印出版したもの。前者は整理されており使い勝手は悪くないが、後者は人物別に原稿をまとめたものであり、書物の解題としては頗る利便性が悪いことで知られている。ただし原典資料の正確さという意味では、当然ながら、稿本がもっとも信頼できる。

では台湾の13冊本と大陸のものとはどれほど分量に違いがあるのか。大陸の学者の指摘によると、台湾本は全体の1/3ほどしかないらしい。試みに経部春秋類を比較すると:

台湾本:総計176(経之属62+左伝之属59+公羊伝之属22+穀梁伝之属14+総義之属19)
稿 本:総計417(左伝135+公羊伝38+穀梁伝29+総義215)

ということで、分量の差違は一目瞭然といえる。ちなみに続修四庫全書総目提要の編纂過程については『続修四庫全書総目提要(経部)』と同『稿本』の前言に詳しい。両者とも基本的に内容は同じだが、後者は日本との折衝過程が細かく書かれている。日本と中国の文化的な問題を知りたければ後者の前言を読むとおもしろいが、単に叢書の性格を知りたいだけであれば、前者の方がコンパクトにまとまっており便利。

本筋とは離れるが前言に少しおもしろいことが書いてあった。提要の執筆について編纂委員の出した規定(関於研究委托編纂事項規定)の中に次のようなものがあった。

・稿本の版権は完全に本会に属す。自分の執筆分を勝手に出版してはいけない。(6条)
・必ず原典にあたって検討すること。もし序跋をもとに提要を書いていたら原稿を突き返す。(8条)
・皇清経解のような抄録本ではなく、原本に当たって提要を執筆するように。(11条)



第6条はこの時代だと当たり前なのか、それとも近代日本が一枚かんでいるからなのか、よく分からない。でも四庫全書が編纂されたときは、編纂者が勝手に資料を流していたらしいから、それに比べるといかにも近代的な取り決めのように見える。第11条は当然といえば当然だが、善本を見る機会の少なかった当時のことを考えると、いちおう言っておかないといけないことなのだろう。

傑作なのは第8条でこれはいかにもあり得る話だ。原典を読んで、それを分析して、該当書物の解題を書くというのは、一般人からすれば当たり前のことのように思うかも知れないが、専門の世界からすると、それは専門家の中でも相当の学力を有する人間にしか出来ない芸当に属す。実際に当時一流の学者をあつめて作ったはずの四庫提要ですら、序跋や経義考から抜粋しただけの記事が多くある。もちろん現代の学者の論文にも、序跋とか人の評論をまとめただけのものが多数ある。わざわざ規定で禁止しなければならない所以だろう。


そういえば続修四庫全書総目提要をググると書虫と東方書店のサイトがそれなりに解説されており参考になった。が、少し気になるところもある。

まず書虫の続修四庫全書総目提要-経部(上下)

《続四庫全書総目提要》共收古籍30000余種,主要為《四庫全書総目提要》雖已收録但簒改、刪削過甚或版本不佳的書籍,以及修改阮元的《四庫未收書目提要》等。本書分易類、書類、詩類、礼類,楽類、春秋類、孝経類、四書類、小学類(訓詁、文字、音韻、音義、文字総義)、石経類、群経総義類、匯編類等。



これによれば続修四庫全書総目提要(経部)というのは、主として「為《四庫全書総目提要》雖已收録但簒改、刪削過甚或版本不佳的書籍,以及修改阮元的《四庫未收書目提要》等」らしく、いわゆる続修四庫全書総目提要ではないように見える。しかし続修四庫全書総目提要(経部)はいわゆる続修四庫全書総目提要の経部の整理本である。おそらく書虫の解説は同書整理説明の3頁の一部のみを引用したため、説明不足になっているのだろう。

つぎに東方書店の續修四庫全書總目提要(稿本) 1-37(附索引卷1册)

補:1970年代に戦後日本から返却された“提要”のタイプ原稿をもとに台湾で刊行された〈続修四庫全書総目提要〉は原書1/3の分量しかなく、タイプ原稿そのものも誤脱が多い。1983年から1993年にかけて科学院図書館が“提要手稿”を点校して、中華書局から出版された〈続修四庫全書総目提要(経部)〉は原書の1/4の分量で、点校も誤りが多い。(史部・子部・集部の点校および出版は現在予定されていない)



続修四庫全書総目提要(経部)に校点の誤りが多いか否かはなんとも言い難い。そもそも四庫全書総目提要の校点本ですらおびただしい誤植があるので(台湾本の十三経注疏校点本よりひどい)、それよりもはるかに整理の難しい本書にどの程度の正確さを求めるかは判断に難しい。それに校点ミスは文字の誤植と異なり読み手が正しく判断すればいいだけのことだから、さほど問題にならない。また「原書の1/4」というのはおかしい。たしかに経部は四部分類の1/4ではあるが、分量的にはそれよりもはるかに少なく、実際には史部が1/2ほど占めており、集部もかなりの分量がある。したがって適切な表現とは思えない。

この内容紹介が何に基づいて書かれたのか不明だが、全体的に稿本前言をもとに書いたように見える。ただ前言には、タイプミスや校点の錯誤がおびただしいのは商務印書館の13册本であり、続修四庫全書総目提要(経部)には錯誤が多いとは書かれていない(稿本前言は経部の整理説明を増補した内容で、書き方が少しまぎらわしい)。

ようやく本題。

研究室にいたころ商務印の続修提要(春秋)を読んでいたら、やたらと執筆者が楊鍾羲になっていて不思議に思ったことがある。今から考えれば驚くようなことではなく、単純に日本に送られていた資料に楊鍾羲のものが多かったに過ぎない。で、めでたく続修提要の経部を見たついでに、商務印本とどの程度の出入りがあるか、および誰が提要を執筆しているかを調べてみることにした。

結論から言うと、経部春秋類の提要は16名あまり(無記名があるので正確な人数は不明)、そのなかでも楊鍾羲と張壽林の二人が大半を占めている。

楊鍾羲 172
張壽林 171
劉白村 29
葉啓勳 10
徐世章 5
謝興堯 4
傅振倫 2
趙録綽 2
奉寛 2
劉思生 2
柯昌濟 2
王重民 1
孫海波 1
余寶齡 1
馮承鈞 1
馮汝玠 1
無記名 11

楊鍾羲は中国語wikiに解説がある。張壽林はよく知らないが、台湾から民国期の経学者ということで張壽林著作集というのが出版されたらしく、おそらくそのなかに続修提要の原稿も含まれていると推測される。他の執筆者のなかでやや数が多いのは劉白村だが、これは緯書15書目を扱ったことによる。また無記名の11書目は劉師培と呉樹栄がほとんどを占める(他は繁露関係の2書目)。したがって経部春秋類の執筆者は、ほぼ楊鍾羲と張壽林の二人に成ったものとみて差し支えあるまい。

もっとも楊鍾羲と張壽林の執筆書目を見る限り、明らかに楊鍾羲の方が重要な部分を担当している。当時の学界をよく知らないので両者の地位の差は分からないが、試みに清経解および続経解に収録されたる春秋学関係の書目の提要執筆者を調べると、阮元の公羊伝および穀梁伝の校勘記の二書のみ張壽林が執筆し、他の重要書物──例えば春秋左傳詁、公羊通義、公羊義疏、穀梁補注などは全て楊鍾羲が執筆している。

続経解編纂以後の書物を見ても、劉文淇の左傳舊疏考正、康有為の春秋筆削大義微言考、廖平の穀梁古義疏、張應昌の属辞弁例編など、主要な書物の多くは楊鍾羲の手に成っている。ただし近代人の書物は劉文淇の春秋左氏傳舊注疏證稿、章炳麟や劉師培の著作などは別人や無記名の執筆となっている。これは時期が時期だけに何らかの意味を込めた配慮だったと推測されるが、遺憾ながらそこまで調べていない。いずれにせよ以上から、春秋学の主要著書の大半は楊鍾羲が担当していたということは確認できる。


以上、たったこれだけのことを調べるために、続修提要の書目をタイプし、提要執筆者を記入し、清經解と続經解の書目を抜き出し、それと提要執筆者を比較する等々をして数日を眠たく過ごすことになった。ついでなのでサイトにデータをあげておいた。下のはそのリンク。ばたばたしながら作ったのでタイプミスがあると思う。全く期待してないけど批正のコメントを求む。

※いずれもpdf。Excelから簡易にpdf化しただけなので不具合があるかもしれない。

続修四庫全書総目提要(春秋類)の書目一覧および提要執筆者一覧
清経解および続経解の書目一覧および提要執筆者一覧


その他、備忘録。

続修の提要は四庫提要より詳細かつ長文で、記述は公平中立を重んじた。
一つの書物に対して複数人が提要を執筆している場合がある。例えば春秋會義は楊鍾羲と張壽林の二人が手がけている。
続修提要経部は活字印刷の校点本とされるが、実際はふるい中国書籍に多い断句本である。
続修の提要はもともと著録と存目の区別を設けていたらしいが、稿本にはその区別を設けていないものが多い。
続修提要経部はもとの原稿にあった著録と存目の表記は削除したらしい。
書虫には続修提要の叢書部が出ている。内容は知らない。
便利な書物であることには変わりないので、経部以外も整理して出版してもらいたい。

稿本は書虫で70万あまり。東方書店で40万と少し。続修提要経部は書虫で1万3千円あまり。史部と集部はもっと多いだろうから、恐らく四部が全てそろえば5万以上するだろう。ただ書前提要をあつめた文津閣四庫全書提要匯編で5万、金毓黻手定本文溯閣四庫全書提要で2万、四庫全書薈要総目提要で5千円あまり。四庫全書総目提要の断句本(全5册)も古本で1万数千。影印本もそれほどやすくなかったと思う。だから新しく続修提要の整理本がでればちょっと買えない値段になるだろう。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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