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権衡と属辞とどっちがいいか

いろいろあって春秋権衡ではなく春秋属辞の方が適切ではないかと思えるようになってきた。春秋権衡はもちろんおもしろいほんだが、あれは基本的な解法を説明することなく、断定的に自分の意見を書いているだけだから、春秋学の基本的な解法手順を知らない人が読むと意味がわからない。一方の春秋属辞もきわめて専門的な本ではあるが、こちらは基本的なところから論証?を進めているので、なんとなく春秋学の研究方法が分かる。

春秋属辞は春秋権衡とは比べものにならないほど大部の書物で、春秋権衡と同じくらいややこしい内容だから、その全てを説明するのは難しい。が、春秋学はこういう学問ですよというのを説明するには適切のような気がする。呂大圭の春秋学はあくまでも春秋学がめざすところを論理的に抽象的に論じたもので、それはそれとして価値はあるが、具体的な手順が簡略に書かれて過ぎていて分かりにくい。その点、春秋属辞はどこまでも具体的でわかりやすい。

迷うことが多いが、迷う時間もない。


そうそう世の中には春秋三伝を基礎にした「春秋学」学に価値がある、つまりようやく春秋三伝を基礎にした研究にまで「進んできた」のだから、そういう研究をすべきだという議論があるらしい。春秋学のような、あるいは春秋三伝のような、本質的にまちがった研究をもってきて「進んできた」とは滑稽なはなしだ。春秋学にもともと進むべきものなどなく、あるのはただ経文だけだ。歴史的に思想を解析するのはもっとも無意味だといえる。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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