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妄念

なんだかんだで印刷所から本がとどいた。当日不測の事態に陥らなければ、これをもって行けるだろう。

ふるい話になって恐縮だが、これゾン2期の京子はちょっと崩れすぎのような気がする。もっと凶悪であっていいように思うのだが。まぁあれはあれでいいのかもしれない。理由はともあれいちど気に入ってしまうと、あとは気に入ったキャラのすることだからなんでもOKみたいな気になるのだろう。

春秋権衡の巻3は......ちょっと苦しいなあ。やり始めたらやり始めたでおもしろいのだろうけど、それ以外のことが何もできなくなるから、当然ながら礼についても調べられなくなる。春秋はまだまだ研究しなければならないことが山のようにあるとはいえ、似たような議論が多いので少し疲れてきているのかもしれない。それにどうしても今までやってきた方法に足を取られて、違う発想がもてないように成っている気もする。やはり別の専門を少し学ぶことで、新しい視角を探る必要があるのではないか。

いや、そうではなく旧来のやり方をやり通すことこそ、新しい視角を発見できるのだという意見も充分に理のあることだ。あれもこれも手を出して専門のないものになるより、徹底して専門の道に進んだ方がよいのではあるまいか。まぁ日本で評価される向きは専門家でないような気もするが、幸か不幸か、私はその道から既に外れてしまっているので、その道から評価されることもあるまいし、いちいち他人のことは気にする必要もあるまい。

礼でも始めようと思った数日後にやっぱりやめるというのもいい加減な話だが、ここ数年来、なにか未知のものにむかって進んでいるというより、既知のものを整理するために調べごとをしているような気がして、そのあたりが春秋の研究を今ひとつ面白味のないものにしてしまっている原因ではないかと思われてならない。どうでもいいけど、春秋でいうところの礼って何だろうな。分からないな。

まぁもう一つ、字も難しい。春秋学のような奇っ怪な学問が長い間生き続けたのは、それが生まれてしまったというのが第一の理由だろうが、別の理由の一つには、漢字で書かれた文献だっというのもあるのだろう。いろいろ調べてみたいことは多いが、とてもそんな余裕もないので、やはりどれかに絞って進めるのが一番いいのだろう。新しいことは知らないことだらけだから楽しい反面、結局それをやって知り得ることは他人の調べた結果に止まるというのは、やる前から分かっているので、それはそれで楽しそうな反面、微妙な気持ちにさせられる。

そう思うと、むかしの経学者が一経のために一生を費やしたとかいうのは、恐ろしい執念だな。しかし一経のみで一生を終えた学者がいたことを思うと、それはそれで微妙に勇気づけられる気もしないではない。どうせ多くのことはできないのだから、そういうのも悪くはないのかも知れない。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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