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伊藤蘭嵎の書経序

書經序

三墳三典,貌焉無徴。夫子天縱之聖,信而好古,信其可信,斷從唐虞。而左氏謂楚左史者能讀墳典索丘,當知夫子之時,其書尚存。聖意獨斷,袪其可袪,而所雅言者,書與詩也。則後之誦法夫子者,不可不尊崇其所雅言者。其書者,記言之史也。上自唐虞,下迄於周,聖后哲輔為君為師,都兪吁嗟於上,萬邦黎獻,懽欣鼓舞於下,或取其凶殘,百姓崩角,順民之心,因時之宣,據其常而不惰,遇其變而天下安之。天下之大經大法,自敬敷五典,至授民時,大則禮樂兵刑,小則飲酒尚有誥,治教之典,可傳於後世者,莫不備載。實羣經之祖,人極頼立也。經生分章折句之學,其何定以知此哉。荀卿則曰,詩書故而不切,不道禮憲,以詩書為之,譬之猶以指測河也,以戈舂黍也,以錐飱壺也,不可以得之,可謂誤矣。而嘗災於秦,伏生所傳,僅僅廿八篇,而堯曰所引,孟荀之書,左國之史有伏生所不傳者間存。蓋不悉記耶,秦庫不藏其全耶。竊意古者一編自成書,以行於世。秦舊僻在西陲,不若齊魯□々,唯務功利,安事詩書。故其庫所貯,伏生所記,只止此耳。終以焚之,且禁挾者,曰非博士官所職,天下有敢藏詩書百家語者,皆詣守尉雜焼之,則是天下之書雖焚,而博士官猶有存者。惜乎,入關収圖籍而不及此,竟為楚人一炬耳。漢興雖律除挾書,而採訪未遍。孔壁所藏,幸免焚燬,復會巫蠱災,而不再行於世矣。所謂秦人焚經經存,漢人尊經經絶,此是也。後有張覇僞作文書二十四篇,及僞泰誓一篇,辭義蕪鄙,難取重於世。降迨晉,梅賾二十五篇之書出,首有孔安國序,傳記所引,號為逸書者,収拾無遺。然其言依諸經,而傷於精微,其文平緩卑弱,且如出一人者,不類伏氏之書,詰屈聱牙,體製各異。其安國序,亦不類西漢文也。堯典分為二,首安當旨得,大𢫱頭所得十字,而為舜典,記舜命禹,採摭論語,下接以荀卿所引道經之語,入諸大禹謨者也。玄德者,老莊家言,閑放心,及有恒性云者,奚三代之辭耶。其佗采集孟荀左國等所引,而袖綴縁飾,蓋如白黑之不相入,尚可考而知也。朱子呉氏等辨諸前,吾先君子踵諸後。蓋不除莠,嘉穀曷秀,不辨僞,眞奚尊。堅也何人,而敢議此。今奉承朱呉之餘論,紹續先人之遺旨,合其不可分者,去後之擬為者,以復伏氏之舊。其一兩句,散在古書者,集以繋其世,世代不可考者,亦以為一篇,間附解詁,以藏于家云。嗚呼,不直則道不見。余豈好辨哉。如聖道淵懿,蓋有言不能論,而意不能致者也。苟不明其宗而識其本,多見其以私見臆説亂之也。超然默會於訓詁之表,則庶乎其得之。

享保二十年歳次乙卯春正月

平安伊藤長堅謹序


※手元の本には伊藤長堅とあるので蘭嵎の文だということになっているが、真偽は定かでない。
※句読点は施したものの一部によく分からないところがあった。
※一部の異体字は改めた。

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