スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今古学考巻下01

今古学考巻下

旧て今古学三十論目を擬し、条して之を説かんと欲するも、倉卒にして未だ撰述する能はず。謹みて『経話』 の中に就いて其の今古学を論ずる者を取り、以て此の巻を為す。中に未定の説多ければ、続解有るを俟ち、再び補正に従はん。


01.今古二派、各自ら家を為せば、水火・陰陽の如く、相妨げ相済り、原より当に其の別行を聴し、必ずしも強ひて混合を為さざるべし。許君の『異義』は本と『石渠』『白虎』の如く漢制の為に作れり。今古の中に于いて其の漢制と相同じき者を択び、便を以て事に臨み経義を縁飾せんと欲す。故に累ねて漢の事を引きて断を為す。又、叔孫通の礼を制す云々*と言ふは 、皆な行事の計を為すのみ。書の並行して、両つながら相背かざらしむに至るは、則ち之を混同するを欲せざればなり。鄭君の『異義』を駁せる時、猶ほ今古の同じからず、各自ら家を成すを知るも、撰述に至りては、乃ち斯の旨を忘る。古『周礼』に注しては「王制」を用ゐ、『毛伝』に箋しては『韓詩』を用ゐ、古文『尚書』に注しては夏侯・欧陽の説を用う。夫れ経を説くの道は、礼を議すると同じからず。礼を議するは以て古今を斟酌し、善を択びて従うべし。経を説くは則ち当に家法を墨守すべし。疑ふべき有りと雖も、改易し、更に別家に据り説を為す能はず。今、古学に注するに、乃ち兼ねて今学の長有らんと欲し、今を採り古を易ふは、正に相者の一人の耳目の好からざるを嫌ひ、乃ち別人の耳目を割き之を補ふが如し。惟だ功無きのみならず、且つ過ちを見はせり。鄭君をして作注の時猶ほ『異義』を駁せるの見を存せしむれば、則ち今古を分別し、先師の法尽く絶ゆるを致さず。乃ち前後轍を異にし、今古の派をして遂に漢末に至りて絶えるに至らしむるなり。惜しいかな。

*『礼記』哀公問正義所引許慎異義。

手元にしかるべきテキストもないので、とりあえず『廖平全集』第1冊所収本を用いた。
冒頭の但し書きは、原文も字下げで記されている。
素人の所為なので誤読の類は多々あると思う。指摘いただければ改正したい。

五経異義疏証も手元になかったか。改めて当時と環境が変わったことに愕然とさせられる。しかしまぁそれはそれでいいのかもしれない。やはり昔人のごとく書物は暗記するのが一番なのかもしれない。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
プロフィール

awatan

Author:awatan
HN:江藤清通
かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

自営サイト
最近の記事
カテゴリー
リンク集
全記事表示

全ての記事を表示する

FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。