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権衡200

二〇〇 傳曰:「晉師獲衞孫昭子。衞人使告于陳。陳共公曰:『更伐之,我辭之。』衞孔達帥師伐晉。君子以為古。古者越國而謀。」非也。古者雖越國而謀,所謀者,必義事也。今陳與衞何謀哉。謀畔命侵小者也。謀畔命侵小,是非古矣。何以謂之古。

二〇〇 伝に曰ふ、「晉師 衛の孫昭子を獲。衛人 陳に告げしむ。陳の共公 曰く、『更に之を伐たば、我 之を辞せん』と。衛の孔達 師を帥ゐて晉を伐つ。君子 以て古と為す。古者は国を越へて謀る」と。非なり。古者は国を越へて謀ると雖も、謀る所の者は、必ず義の事なり。今 陳と衛とは何をか謀るや。命に畔き小を侵すを謀るなり。命に畔き小を侵すを謀るは、是れ古に非ず。何を以て之を古と謂ふや。

二〇〇 伝〔注1〕には「晉師 衛の孫昭子を獲。衛人 陳に告げしむ。陳の共公 曰く、『更に之を伐たば、我 之を辞せん』〔注2〕と。衛の孔達 師を帥ゐて晉を伐つ。君子 以て古と為す。古者は国を越へて謀る」〔注3〕と。間違いである。古代には国境を越えて相談したとしても、相談の内容は、必ず義に適ったことである。ところがいま陳と衛は何を相談したのだろうか。〔覇主の〕命令に背き、小国を侵略することを相談したのである。〔覇主の〕命令に背き、小国を侵略することを相談するのは、古代になかったことである。いかなる理由から、彼らの行為を古代のやり方に適ったこというのだろうか。


1 前条の経に対する伝。伝の概要は、──晉の攻撃にさらされた衛は、陳に協力を求めたところ、陳の共公は「戦争に負けて和平を求めたのでは分が悪い。いちど戦ってからにしてはどうか、さすればわたしが晉にとりもちましょう」といってきた。そこで衛は孔達に晉を伐たせた。これについて、君子は古代のやり方であると評価した。古代には国境を越えて外国と相談することがあったからである、となる。
2 杜預は「見伐求和、不競大甚。故使報伐示己力足以距晉」(伐たれて和を求むるは、競はざること大いに甚だし。故に伐に報ぜしめ己が力以て晉を距むに足るを示さしむ)という。
3 杜預は「合古之道、而失今事覇主之礼。故国失其邑、身見執辱」(古の道に合するも、今の覇主に事ふるの礼を失へり。故に国は其の邑を失ひ、身は執へられ辱かしめらる)という。したがって伝の主旨は、杜預の解釈にしたがえば、古代の道に合致はしていても、現今の覇主に対する例を失っているという意味になる。なお『釈例』侵伐襲例に「君子但明言合古、而不釈其尤也」(君子は但だ古に合するを明言するのみにして、其の尤を釈さず)とあるほか、『正義』所引劉炫の学説にも「君子以為合古之道、失当今之宜、亦不言其謀全非礼也」(君子 は以て古の道に合し、当今の宜を失ふと為すも、亦た其の謀 全く例に非ずとは言はざるなり)とある。

参考
・『劉氏伝』に伝なし。
・『意林』に説なし。

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