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王時槐のことなど

先週はいろいろあって疲れた。おかげで権衡の予備もなくなってしまった。予想外に時間をくうときがあるので、一日一条もばかにできたものではないな。まぁ焦るものではないし、そもそも巻五以降はまとめるかどうかもわかったものではない。どうでもいいといえばどうでもいい。

そういえば王時槐の生涯を観てみると、40歳くらいで引退して思索に耽っていたそうだ。で、はじめそれを読んだとき、「だから陽明学者はおもしろくないんだよ、優秀なんだからもっと世の中でがんばれよ」と思ったのだが、さらに考えてみて、「40以降に思索に耽るような生活をすると、世の中との関係が絶たれてしまい*1、視野狭窄に陥ってひどく歪んだ思索の結果だけが出来上がるのではあるまいか、やはり価値ね~な」と思ったが、さらに思い直して、「いや、現在でもリタイヤした大学の学者が、学会との関係をたって自由に思索をはじめると、意味不明なことを主張し始めることがあるので、王時槐の場合も人間通有のものなのだろうか、だとすれば知識人の病弊のサンプルとして調べる価値くらいあるかもしれない」と思うようになり、最終的に「とはいえ、40をこえて孤独に思索を続けて、しかもそれが(当時の一部の人には)すぐれた成果だったとすれば、やはり彼は歪んだ結論に行き着く並の思索家ではなく、人間精神の機微を見抜く優れた思索家だったのだろうか」という肯定的な評価に進み、「まぁ単なる学者では死んでから尊敬されないわな、すぐれていて当たり前だわな、読む価値もあるのかもしれないな」というところにまで到達した。もっともこの間10分たらずのことだから、他人が私の頭をのぞきみすれば、一瞬で変節したように見えるだろうが、私の頭はつねにそんな感じだ。

とはいえ、私としては隠遁して思索に耽る人間よりも、政治家なり軍人なりとして思索に耽る人間の方によりおもしろみを感じるので、陽明学者よりも朱子学者に好感を抱くのは致し方ないところではある。どーでもいいけど。

*1 学者仲間との関係は断絶していないらしいが、気の合う人間同士の関係に限られてくるので、視野は大いに狭まる。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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