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どーでもいいこと

そういえば『宋史』の列伝の最初の方を読み直してみたが、どんな戦いに参加したかはそこそこわかるものの、単なる戦役の列挙にすぎない感じがする。まぁ主だった将軍は後周の時代までに活躍を終えたという感じかな。あまりおもしろくないので、資治通鑑の唐代(代宗以降)でも読んでみたけど、さすがにおもしろいね。宋代とは違って、ちょっと力があるだけで、ぼこぼこ反乱起こるしね。ろくな時代ではないな。

唐代あたりには優秀な皇帝がちょこちょこでてきて、おかげで国が建て直ったりするように見えるが、それはそう見えるように史料に書かれてあるだけなのか、実際にそういうことなのか、判断がむつかしい。もっとも歴史なんてものはいい加減なものだから、我々が知りたいことを明らかにするのに必要なものが存在しなければ、明らかにできないことすらわからない。そんなものに力を費やす気には、ちょっとなれないな。

しかし何にせよ、なにかを必死に追い求めることができるのは、すばらしいことだな。求めるものの底が浅いとすぐ結果がでてしまうが、深く深くさらに深いものだと、盲目であればあるほど深く潜ることができる。盲目であればこそ、他人の批判にも堪えられるし、それをバネにすることもできる。まぁわたしは何事につけ、そこまで必死になれなかったということだろうから、その一事をもて推すだけでも、いかにも凡庸な人間であることは間違いないな。

どうでもいいことだが、一年ほど前にちょっと大きめのペンギンのぬいぐるみを買った。置いているとかわいいもので、キリっとした顔だったのが、見慣れてくるといつのまにかかわいい顔に変わっているので不思議なものだ。そういえばいつのころからか表情があるように思えてくるから不思議だ。ドールあたりだと、顔の角度でずいぶん表情が変わるから、表情に変化があっても不思議ではないのだが、ぬいぐるみに角度なんてないのになぁ。不思議なものだ。

ぬいぐるみで思い出したが、ぬいぐるみを大切にしていた人が死んだりすると、ぬいぐるみを一緒に焼いたりすることもあるようだが、はたしてその人はそれを望んでいるのだろうか。まぁ大切にされていたことがわかっていればわかっているほど、残ったぬいぐるみをどうすべきか、残されたものには難しい問題として残るがな。これがぬいぐるみならぬドールとかになると、ぬいぐるみのボタン目ではないだけに、よけい不気味でもあり、悲しくもあるかもしれないな。ただ経験談ではないので、時分ならどうなるかはよくわからない。死ぬ間際になれば考えが変わる可能性は大いにある。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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