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『論語匯校集釈』未見記

ここ二ヶ月ほど時間があれば部屋の掃除をしている。十年来のゴミを処理しているのだ。……ゴミといっても本当のゴミじゃないよ,比喩表現だからね。

その途中で諸星大二郎氏の『孔子暗黒伝』を発見してしまった。

私は小学生のころに『論語』を読んで,これクソ本?と思った人間だし,その後やや大きくなって高校生のころの愛読書が『韓非子』だった人間だから,もちろん孔子に興味があって読んだわけではない。面白いと勧められたので読んだに過ぎない。

それはそうと,『孔子暗黒伝』はともかく(ごめんね),最近,書虫で『論語匯校集釈』というのを発見した。編者の一人の高氏は他にも『大戴礼記匯校集注』『逸周書匯校集注』『小爾雅匯校集釈』などの匯校を手がけており,その手の製作を商売にしている人間だというのはすぐわかる。

匯校シリーズは,『大戴礼』や『逸周書』に対して,(1)諸々のテキストを利用して正文を確定し,(2)諸種の解釈を持ち寄って正文の意味を明らかにする。この(1)と(2)の両方で膨大な先行学説を引用するので,「匯校」と呼ぶのである。もちろん必要に応じて最後に編者が断案を示しており,単なる資料集ではない。

このシリーズ,逐一解釈や注釈が示されるので,本の分量は厚くなるし,通読にそうとう難がある。しかしまとめて多くの学説を知りたいときには頗る重宝する。編者の断案には武断に過ぎるところもあるが,編者の判断はあくまで判断として残し,編者の判断と異なる解釈もちゃんと残してあるので,別段編者の武断な解釈があるからといって困ることはない。むしろ思い切りがよくて,本文の理解に妙な説得力を与えてくれる。善いか悪いかは別として。

しかしこの匯校シリーズの新版が『論語』だったというのは正直意外だった。『大戴礼』や『逸周書』は注釈書の数も多くなく,諸解釈をまとめたり新たな解釈を提示するには意味もあるが,『論語』はどうなんだろう。

『論語』には古いものから新しいものまで様々な注釈書がある。定番では劉寶楠の『正義』が有名だ。現代語訳(現代中国語訳)もめずらしくない。それをなぜ新たに「匯校」を作るのだろうか。作ってもいいが,別段新たに注釈を作る必要があるようにも思われないのだ。

それともう一つ,『論語』は『逸周書』などと異なり,新注系統(朱子学一派の注釈)の注釈も無視できない。これは『論語』だけでなく,所謂十三経はいずれも宋代経学に注釈が存在し,歴史的な意味からいうとこれを外すことはできない。しかしその中で最も重要なものが『論語』なのだ。

宋代の『論語』注釈は問題が多い。宋代というか朱子学系統の注釈は「新注」などと呼ばれて,漢代と唐代の古注(現在一般的に利用される注釈)と対比され,中国思想史上では大きい山の一つになった。その中には先秦時代の古典の解釈として妥当な部分も存在する。しかしそれはごく僅かの部分についてのことで,通常は『論語』の解釈――正確には『論語』が編纂された当時の思想を勘案して『論語』を解釈した場合に得られる(と近現代人が思いこんでいる)ものからすれば,間違いが相当多い。要するに,『集註』は宋代の『論語』理解の一つにすぎない。

今回の匯校では,編集方針の書きぶりによると古注のみを取ったように受け取れるが,朱熹の『集註』にはたとえ『論語』の解釈として不当であっても,意味がある場合もある。『論語』を離れて,注釈の文章に意味が生まれるのである。例えば冒頭の仁のところでは,「愛の理,心の徳」と有名な定義が下されるが,これは朱子学の基本定義であるばかりでなく,ものの考え方としても面白いものを含んでいる。だから新注系統のものを残さないとなると,それはそれで片手落ちになってしまうのである。

『論語』のような幾重にもわたって注釈が加えられた書物は,単に書かれた時代の考えを知るためばかりでなく,長い年月にわたって絞られてきた学者の智恵を読むことにも意味が生まれる。単に読みにくい古い文献である『大戴礼』や『逸周書』とは異なるのである。

しかし,もし『論語』の匯校に『論語』の本文から逸脱する注釈を残すとなると,そもそも匯校とは何かという問題にもつながりかねない。『論語』本文よりも注釈に価値が生まれてしまうからである。もちろん『論語』本文と朱熹の注釈を「正文」に掲げ,各々に対する注釈を施すということも不可能ではないが,無理だろう。道理として通らないのだから。

だから匯校シリーズの一つに『論語』が選ばれたと知って,私はやや意外の感を受けたのだ。同じ経書でもこれが『尚書』とか『儀礼』ならまだ問題が少なかったと思うのだが。

と,見てもいない本をあれこれ論評してみたが,私はこの本を買う気はない。それは学問的な問題ではなく,最初に書いたように『論語』を読みたいと思わないからだ。ただ『孔子暗黒伝彙校集注』なら買ってもいい。見ないでも分るとはいえ。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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