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馮継先の『春秋名号帰一図』

『春秋名号帰一図』というのは,五代の蜀の馮継先という人間が著したもので,古来,春秋学の基本書とされている。書名に「図」とあるが,絵が書かれているわけではない。

春秋学は春秋経を読む学問だが,その惑星として三伝なるものが存在する。三伝は春秋公羊伝・穀梁伝・左氏伝のことだが,特に左氏伝は春秋時代の歴史が豊富に記されているため,よほど偏った立場の学者でもない限り,三伝の中で最も重んじられてきた。我が日本でも左氏伝はよく読まれ,現在でも左氏伝のみ現代語訳が文庫本で通用している。(単行本の翻訳となると,左氏伝は他にも幾種類か存在するが,公羊伝と穀梁伝の翻訳は岩本氏の手になる労作があるのみで,しかも普通の人間が買い得るような値段ではない)

それはともかく,左氏伝にはいくつかの難点がある。第一に長いこと,第二に記事が細切れになっていること,そして第三に人名が複雑なことである。これ以外にも文章が古くて読みにくいという点も挙げられないではないが,これは古い文献ならどれも同じことなので取り上げない。

第一と第二は互いに関係がある。どれほど長大な歴史書でも,流れるような叙述ならば読みやすく面白い。だから次々とページをめくることになるし,そうすれば長い本文もあっというま……とはでは行かずとも,それなりに読み進めることができる。しかし左氏伝は流れるような叙述どころか,むしろその正反対で,ぶちぶちに着られた細切れの文章が断片的に並んでいるだけである。しかも記事と記事の間に経文が挟まってあったりして,とてもぎこちない。そんな細切れ文章が大量に存在するとあっては,通読するのも困難で,ここに左氏伝は長くて読みにくくめんどくさいというレッテルが貼られることになる。(面白くないというレッテルが貼られないところがこの本の偉大なところではある)

ではどうすればこれを克服できるか。まず最も正統的な方法は,左氏伝を覚えるくらいに読み抜くことだとされている。語句に不明なところがあるなんてのは論外で,全ての文章を暗誦できるくらいに読み込むのである。そして「この事件はあそこにあったな」,「あの事件はこれだな」という具合に,文章を読みながら左氏伝の記事を連想できるくらいにする。そうすれば自然と細切れの文章を読んでも楽しいし,またその妙味を味わうことができる云々……私は左氏伝を読んでそこまで感心できないが,とにかくそういうことらしい。

しかしこれは専門家のやり方なので入門者には適さない。そこでむかしから色々と考えられた結果,宋代ころになると入門者用の本や特殊な用途のものが登場した。左氏伝を紀事本末体に編輯した章沖の『左傳事類始末』や,『史記』になぞらえて編修しなおした程公説の『春秋分記』,はたまた無名氏の『春秋年表』のように『史記』年表のようなものを作って,各国間の並行時間を一目瞭然たらしめたものまで生れた。

こういう便利な方法はいわゆる春秋学の正統的注釈である「春秋○○氏伝」のような書物にも採り入れられ,例えば宋代で最も有名な(有名というだけだが)胡安国の『春秋伝』に注釈を施した汪克寛の『胡傳附録纂疏』(『春秋大全』の種本)には,各年の上に主要国家の時代を挿入している。

もっともこれは単に春秋学の問題ではなく,宋代の歴史書編纂方法とも深く関連することである。欧陽修の『五代史記』や『新唐書』本紀,司馬光の『資治通鑑』が春秋をまねて作ったのは有名だが,これを単に春秋学という思想的なエネルギーがそうさせたとみるべきか,それとも歴史編纂の現実がそうさせたと見るべきかは中々判断に難しい。歴史書編纂と春秋学が巧い具合に折り合ったというのが実情である。

閑話休題。左氏伝の三つ目の難点に人名の複雑さがある。左氏伝を繙いた人は誰でも分ることだが(訳本でも可),左氏伝は同じ人間を,ある時には本名で,ある時には字で,ある時には通称で,ある時には諡で......etcと複雑怪奇な書き方をするのである。だからよほど左氏伝に通じていないと,一見して誰のことを指しているのか判断に迷うことになる。有名な晉の士会は,士季とも隋会とも范会とも記される。士会クラスの大物であればまだよいが,これが左氏伝に二三回しか登場しない人間となると,誰のことだったか一々頭を悩ませることになる。

このような悩みは現代の日本人から漢文教養がなくなったからかと思いきや,実はそうではなく,本場中国の,しかも儒学的世界観が厳然と存在していた王朝時代でも同じであった。だからこのような複雑怪奇な人間呼称を理解するため,当然ながら便利本が生れたのである。それが『春秋帰一図』と呼ばれるものである。成立は宋よりも前の偽蜀(宋からすればだが)の馮継先の手になるものである。

簡単に言うと,『春秋帰一図』は,周・魯・斉・晉・・・と人間を国別に分け,さらに姓名を軸に別称を下に加えていく方法が採られている。これで人名が一目瞭然になるというのである。例えば先ほどの士会でいうと,彼は四番目の晉国の中に取られているが,「士会」の項目には次のようにある。(ややこしいので割注は省略)

士会:士季,随季,随会,季氏,随武子,范武子,范会。

各別称の下には割注で登場箇所が記されている。士季の下には「文七」(文公七年の謂い)とあり,随武子の下には「僖二十八,宣十二。武,諡也」(僖公二十八年,宣公十二年。随武子の武は諡である)とある。

要するに,春秋左氏伝を読むものは,不明な名称に出会ったならば,その人物の属する国のページを開き,人名を探せばよいわけである。そうすれば不明な人称の本名や他の別称もあわせて知ることが出来る。人名の配列は初出順になっているので,自分の読んでいる場所から判断すれば,場所の見当は容易に見つけられる。

この便利本『春秋帰一図』にはいくつかのミスがあり,それは代々補正されてきたのだが,近代になって程発軔氏に『春秋人譜』というものが発刊され,全面的な校正が加えられた。ちなみに程氏の『人譜』は『帰一図』だけでなく,異名を中心にその本名を記したもの(要するに人名の総合索引のようなもの)も加えられており,人名の検索がますます便利になった。

あまり楽をし過ぎるのもなんだが,左氏伝は人名の引用があまりに滅茶苦茶なので(もしかすると編纂者には意味があったのかも知れないが,一見すれば滅茶苦茶にしか見えない),人名の確認くらいはスムーズに進めたいものである。春秋学者にでもなろうというなら別として。

『春秋名号帰一図』は通志堂経解の他,いくつかの種類がある。『春秋人譜』が現在まだ手にはいるかどうかは知らない。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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