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悪い人間を褒める人

世間に評判の悪い人間を好む人がいる。私なんかもその内の一人だと自認しているが,この場合,好きになる理由に二つほど考えられる。

まず最も健全な考え方で,この立場の人は「○○氏は一般的に××と悪く言われているが,実は立派な人間なのだ」式の論法(?)を使う場合がある。例えば三国志で有名な董卓さんは悪く書かれる場合が多いが,「実は武勇に秀でた名将で,文化や芸術を愛した立派な人間だった,だから好きだ」的な物言いになる。

これに対して,「○○氏は一般的に××と悪く言われているが,だから好きだ」式の愛好家がいる。例えば章惇は北宋の政治を滅茶苦茶にした人間だが,これに対して,「章惇は一般的に悪くいわれるが,実はカクカクの立派なことをした」的なことを言わず,「章惇は政治を滅茶苦茶にして世の中の人々を苦しめた,だから好きだ」ということになる。もちろん私の立場はこれだ。

上の立場の愛好家には,愛好家の信じる「立派さ」が実は虚像であったと(嘘っぱちでも)教えてやれば,愛好を棄てる可能性がある。逆に下の立場の愛好家には,愛好家の信じる「あくどさ」は間違いであり,実は「正しい人間だった」的なことを説明できれば,大抵は幻滅して愛好を止めてしまう。

しかし「実は立派」な人の仮面を剥ぐのは簡単だが,「本当に悪者だ」という人間に仮面を付けるのは難しい。また悪いといわれる人間を好む人々に対して,むきになって批判する人は,大抵「悪い人間」を褒めるのが許せないからである。だから「悪いから好きだ」という人間を説得するために,わざわざ「悪い人間」に善人の仮面を着けてやる暇人はいない。説得する側が自己矛盾に陥るからだ。しかし善人の仮面をつけてやらないと,曲がった愛好家は説得できない。

というわけで,「実は立派」式の人間をやりこめるのは知識で押し切れるが,倫理観が根本的に顛倒している人間を黙らせるのはなかなか厄介である。

だからどーしたと言われたらそれまでだが,自分の性格を鑑みて,人との会話の切れた理由はここらにありそうだと思って,とりとめもなく書いてみた。

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テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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