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四庫提要(春秋類)最終条

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

案語。

明代の科挙で用いられた経書の解釈は,すべて元の制度に因襲し,宋代の儒学者のものを用いた。しかし程子の『春秋伝』は完成せず,朱子も春秋に注釈を加えなかった。だから胡安国の学問が程子にもとづき,張洽の学問が朱子にもとづいていたといって,春秋については,この二者〔の著書〕を用いることになったのである。これはその学問の淵源を重んじたもので,二人の著書が他の学者〔の書物〕に優っていたからではなかったのである。この後,張洽のものは文字が多いといって徐々に廃れゆき,胡安国のものだけが行われるようになった。しかしこれも〔科挙の〕試験官や受験者が簡便に走ったが故のことであって,法律で定めたものではなかった。

また他の経書の場合,〔解釈を〕一つに限ったものの,設問は経文を軸にしていた。しかし春秋経だけは〔胡安国の〕解釈を明らかにすることだけに主眼が置かれていた。このため設問に経文を用いても,ただ〔胡安国の〕解釈の標識――某公・某年・某事を知らせるもの――であるに過ぎなかった。張朝端の『貢挙考』を見ると,明朝一代の科挙の設問が列挙されている。他の経書はどれも経文の首尾が完具しているが,春秋だけは設問中に二三文字――「密に盟す」や「夾谷」のように――が並べられているだけである。経文を判断の基準としていなかったこと明白である。これでは春秋が学官に置かれてあるとしても,実際には胡安国の解釈を経文としたようなもので,孔子はただ虚名を与えられたにすぎない。〔明朝の〕経解の荒漠たること怪しむに足らぬ。『欽定春秋傳説彙纂』は諸家の説を総括し,聖人の発言に照らして折中を加えたものである。およそ安国の誤謬については逐一駁正を加えている。これは是非の正しきを知るに充分であり,決して覆い隠すことのできぬものである。

今,残された書物を検査したところ,明代の春秋学説について棄てたものが多い。これは科挙の俗学でもって,聖経の本旨を蝕みたくなかったからに他ならない。

『四庫全書総目提要』巻31(春秋類)



:『四庫全書総目提要』春秋類存目二の末尾,随って春秋類の最後に附されたもの。『四庫全書』春秋類正目に明代の経解が少ない理由を論じたもの。
因元制:春秋関係では,明朝初期の規定では胡安國『春秋傳』と張洽『春秋集註』が科挙テキストとされていた。
程子作春秋傳:程頤の『春秋伝』のこと。未完の書。
胡安國學出程子:胡安國は程頤の私淑の弟子故に,その学問の淵源が程頤にあると言ったもの。文中で問題になっているのは,胡安国の著書『春秋傳』のこと。通常は略して胡傳とか胡氏傳という。『春秋傳』は現存。四部叢刊続編など。
張洽學出朱子:張洽は朱熹の弟子。また朱熹の友人・張栻(南軒)の族人。文中で問題になっているのは,『春秋集註』のこと。張洽はこれ以外に『春秋集傳』を作っている。『集註』は現存(通志堂経解など),『集傳』は一部現存(宛委別藏など)。
觀張朝瑞貢舉考:万暦刊本も現存するが,『四庫全書存目叢書』に『皇明貢挙考』の名で収録されている。利用に便のある人はこれで見た方が早い。
欽定春秋傳説彙纂:清朝初期に編纂された勅撰春秋解釈書。『四庫提要』では,同種の『日講春秋解義』『欽定春秋傳説匯纂』とならび,清代春秋経解の冒頭に提要が置かれている。胡氏傳を徹底的にこき下ろしたことで有名。胡氏傳を批判したい人は先ずもって本書を読む必要がある。今時いないと思うが。

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