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四庫提要(春秋類)007

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

陸淳『春秋微旨』3巻

○内府蔵本。

唐の陸淳の撰。

案語。陳振孫の『書録解題』には「『唐書』の芸文志には陸淳の『春秋集伝』二十巻とあるが現存しない。また『微旨』一巻とあるが未見である」とある。袁桷は淳の『春秋纂例』の後序に於いて,「杭州で『微旨』三巻を手に入れた。皇祐年間の汴京(開封)の刊本である」と言っている。恐らく本書は開封で印刷されたもので,南渡以後に刊本の流通がなくなり,桷が北宋の旧版を手に入れてから,また世間に流通するようになったのだろう。柳宗元は淳の墓表を作ったが,そこでは「『春秋微旨』二篇」と言っており,『唐書』の芸文志も二巻としている。この本は三巻である。いつ分巻されたのか判然としない。しかし本書冒頭に淳の自序があり,全三巻である旨が論じられている。柳宗元の文集を校正したものが三篇を二篇と間違え,『唐書』を編纂したものが柳宗元の文集を襲ったのだろうか。

本書はまず三伝の異同を列挙し,継いで啖助と趙匡の学説を参照し,その是非を判断している。自序には「常道に反することで却って道に合致せんことを求めた事柄,一見正しきも内心に姦悪を潜ませる行為,もともとは正しかったが結末は邪悪になったもの,始めは間違っておりながら結局は正しくなったものなど,紛らわしいものについて,すべて細かく分析し,経の主旨を明らかにした。この故に微旨と名づけるのだ」とある。本書は淳の自撰ではあるが,解釈ごとに逐一「私が師より聞いたところによると」と記している。これは学の由来を明らかにしたものである。

また自序には「三伝の旧説はすべて〔『微旨』の本文に〕残したが,解釈の当否は朱と墨とで区別した」とある。現在通行の本は,朱書されるべきところに対し,方匡(四角の形)によってその始めと終わりを示している。(*1)皇祐の旧版は木版のために朱墨を利用できず,そこで『嘉祐本草』の用法によって,陰文と陽文(*2)を用いて印刷したのだろう。後世の人が印刷に付したとき,これでも雙鈎(*3)の技法が難しいというので,ついに方匡での区別に代えたのだろう。これらは本書の大筋に関係するものではないので,今はしばらくその方式に拠り,旧例をここに付しておく。

『四庫全書総目提要』巻26



(*1)現物未見につき不詳。恐らく本文を四角の中に包むか,〔 〕もしくは[ ]の中に入れているのだろう。
(*2)陰文陽文:印刷文字を凸(陽文)にするか凹(陰文)にするかを指す。凹にすると,紙面に浮かぶ文字は白抜き文字となる。PC上のことで言えば,文字カラーを白にして背景を黒にする,もしくは文字を反転させることを意味する。
(*3)ここでは印刷上の文字処理の用法を指す。
その他,『書録解題』『唐書』などは前回の引用に同じ。なお提要に指摘される,朱書と墨書との区分であるが,四庫本は一切の区分を取り除いている。これは古経解彙函本や経苑本も同じ。随って,現在では陸淳がどの部分を朱書にしたか判別できない。

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