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四庫提要(春秋類)010

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

『春秋年表』1巻

○浙江鮑士恭家蔵本

著者の名氏が記されておらぬ。陳振孫の『書録解題』には次のようにある。――「『春秋二十国年表』一巻,誰の作か分らぬ。周以下,魯・蔡・曹・衛・滕・晉・鄭・齊・秦・楚・宋・杞・陳・呉・越・邾・莒・薛・小邾を列挙している。『館閣書目』には『年表』二巻とあり,『元豊年間に楊参齢が著した。周の以下,全十三国のこと』(*1)とある。また董氏の『蔵書志』にも『年表』があり,『著者名なし。周より呉・越に至るまで全十国。征伐・朝覲・会同について全て記されてある』(*2)とある」。今,この表はちょうど二十国であり,『書録解題』の記載と同じい。蓋し陳振孫の見たものであろう。

本書は宋代にあって当然ながら単行本であったが,岳珂が九経を印刷したとき,春秋の最後に附録として付けたものである。珂の附記には「『春秋年表』について,現行本は諸国の名号を欠くものや,年月に乱れがあり,経伝(春秋経および三伝)と比較したところ間違いが多かった。今,それらはすべて訂正した。諸国の君主の死亡と即位についても全て記されているが,ただ魯国についてだけ欠けている。今,それらは経伝によって増補した。廖本には『年表』と『帰一図』がない。現在,公羊伝と穀梁伝を印刷したので,〔『年表』と『帰一図』の〕二書をあわせて経伝の最後に附することにする」とある。本書は珂の増訂を経て,馮継先の『名号帰一図』とあわせて印刷されたのである。『通志堂経解』は岳珂の言葉を考えもせず,『名号帰一図』と同じ書物にしてしまい,さらに〔『年表』を〕馮継先の著書とみなしている。(*3)誤解も甚だしいと言わねばならぬ。

『四庫全書総目提要』巻26


(*1)ちなみに『書録解題』(武英殿本)はこの後に「仍総計蛮夷戎狄之事」と,畏るべき文字が記されてある。
(*2)現行本の『年表』は君主の卒廃立奔が記されるのみで,征伐・朝覲・会同などの指摘はない。同系統のものに『史記』の表があるので,間違いの多い本書にそれほど利便性はない。(まあ現在通行している通志堂本は,劣悪印刷のおかげで極端に見にくい本になっているので,内容以上に評判が悪くなっているのだが)
(*3)私の手持ちの通志堂経解は同治本(修訂本のようなもの)のためか,それとも劣悪な縮刷本のためか,『年表』と『名號歸一圖』は別書とされている。ただし同治本冒頭に附された康煕本(納蘭性徳らの初版)の目録には,「春秋名號歸一圖二巻(宋馮繼先)」としており,初版に『年表』と『名號歸一圖』を合併していた痕跡はある。何分,康煕本そのものを見ていないので不詳。まあ見ることができればすぐ分ることだが……
(*)ちなみに通志堂経解は康煕本と同治本で出入りがある。最も単純には,同治本には補正や訂正,あるいは不穏当発言の削除が加えられた外,なぜか孫覚の『春秋経解』が省かれている。理由は知らない。

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