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四庫提要(春秋類)012

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

王『春秋皇綱論』5巻

○内府蔵本

宋の王の撰。太原の人間と自称しているが(*1),その生涯は知る術がない。陳振孫の『書録解題』には「太常博士になった」というが,龔鼎臣の『東原録』を調べると,真宗の天禧年間に銭惟演が曹利用と丁謂を〔朝廷に〕留めたことを載せ(*2),そこに「晏殊は翰林学士の王に語った」とある。(*3)ならば太常博士に終わったわけではあるまい。王応麟の『玉海』には「至和年間,は『春秋通義』十二巻を著した。これは三伝注疏と啖助・趙匡の学説にもとづいたものである。それらの所説の中,適切なものは経文の下に配置し,〔三伝注疏や啖助・趙匡らの解釈が〕無い場合は自分の考えを示した。これ以外に『異義』十二巻と『皇綱論』五巻があった」とある。現在,『通義』と『異義』は残らず,本書だけ現存している。〔本書には〕総計二十二の論述があり,いずれも孔子の筆削の主旨を明らかにし,三伝と啖助・趙匡らの是非を弁駁したものである。(案語。趙匡を本書はすべて趙正と記している。これは太祖〔趙匡胤の「匡」〕の諱を避けたものだろう。本書の尊王下篇に『論語』を引用して「天下を一正す」(*4)とするのも,これと同じである。)

本書の発言は明白平易なものが多く,穿鑿附会のところはない。孔子修春秋篇には「もし〔春秋は〕ただ乱臣賊子を恐懼せしめるためだけにあるというなら,賢者を尊び,善人を称美するという〔春秋の〕主旨が欠けることになる」とあるが,これは孫復らの〔春秋に〕貶すことはあっても褒めることはない(*5)という学説を破るに足るものである。また傳釋異同篇には「左氏は旧史を閲し,諸種の学説を兼ね備えており,春秋の事迹を伝えること甚だ完備している。しかし経書の外に立って一書を成しており,異説に心を惑わせ,史料の取捨にも不適切なものがある。聖人の微旨〔を解釈する〕に至っては,頗る粗略なところがある。〔左氏伝は〕発端と結末のあらましが具備しているので,恐らく一人の手になるものであろう。公羊と穀梁の学説は議論を根本としており,諸学者の説を選んで経文の下に繋いでいる。(*6)だから事迹を詳細に論ずることはできないが,聖人の微旨については〔左氏伝よりも〕深く探ったものが多い。しかし曲説や無意味な学説(*7),浅薄な発言があちこちにある。恐らく多くの学者の講述から生れたのであろう」(*8)とあり,また「左氏は一時の言動の善悪や卜筮・呪術などによって人の禍福を予測し,すべて的中していると言っているが,これは〔左氏伝の〕弊害である。だから〔経を読むものは〕左氏伝の文章〔から正しい部分〕を選んで,経文の意味を理解しなければならない。例えば,玉(宝玉)に疵があっても,疵に目を瞑って玉を用いればよいだけであって,玉そのものを棄ててしまってはならない。〔公羊と穀梁の〕二伝についても同様である」とも言うが,これも孫復らの全く三伝を捨てた(*9)学説を破るに足るものである。宋代の春秋解釈家の中にあって,古代以来の宗旨を失わなかったものというべきであろう。

ただ郊禘篇において「周公は郊禘の祭祀を行うべきであり,成王が〔周公に祫禘の祭祀を〕賜わったのは正しく,魯の国がこれを用いたのも僭礼ではない」といい,殺大夫篇において「およそ〔経文に〕『大夫を殺した』と書かれたものは,すべて大夫――機を見て〔殺される〕前に国外に逃げなかった――を処罰したものである」というのは,偏った見方であり,聖人の教えとするに足らない。

『四庫全書総目提要』巻26



(*1)通志堂本には「太原王」とあることによるのであろう。
(*2)『東原録』によれば,余命を知った真宗が曹利用と丁謂を排斥しようとしたとき,銭惟演が二人を庇って朝廷に留めたとある。
(*3)四庫本の『東原録』には「晏相嘗説與王哲學士」とあり,提要と微妙に誤差がある。
(*4)「天下を一正す」,『論語』は「天下を一匡す」に作る。
(*5)原文「有貶無褒」。前回の『尊王發微』の補足を参照。
(*6)公羊傳と穀梁傳は,経文一条ごとに解釈(伝)を発しているので,経文に解釈を繋けると表現している。左氏伝は一年の経文を列挙した後,伝だけまとまって存在する。だから経文ごとの解釈は公羊・穀梁よりも分りにくい。
(*7)原文「曲辨贅義」。あるいは贅義は無経の伝を指すかとも思われるが,無形の伝は左氏伝に多く,公穀の特徴と断ずることはできない。
(*8)王によると,左氏伝は一人の人間が親筆編修したものであり,公羊傳と穀梁伝は複数の人間の発言が集まって出来たものである,ということになる。理由は,左氏伝は首尾一貫した書物であるのに対し,公羊傳と穀梁伝は論旨が多岐に渡って,筋が通っていないから,と。
(*9)原文「盡廢三傳」。春秋三伝を一切用いることなく,春秋経文を読み解いていく立場を指す。宋代以後の主流的立場の一つ。

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