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四庫提要(春秋類)013

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

『春秋通義』1巻

○両江総督採進本

著者の姓名が記されていない。『宋史』芸文志を調べると,蹇遵品・王・家安国・邱葵に『春秋通義』があり,彼らの書物はどれも散佚して現存しない。蹇氏と王氏の著書は各十二巻,家氏の著書は二十四巻,邱氏の著書は二巻である。本書は一巻を残すにすぎず,総計四十八条ある。本編冒頭に小序が冠され,「孔子は春秋に手を加えたが,旧史の文に依拠し,新たな意味を加味したもので,正例はこれを筆にのぼし,通常の事柄は削除した。また誤謬や乖離があれば訂正した。別にこれをまとめて特筆と題する」と言い,小序の最後に「特筆」の二字を標題として出している。恐らく本巻は『通義』の一部なのであろう。ただ四人の中の誰の著書であるかは分らない。

しかしながら〔特筆についてまとめたとは言うものの,〕星隕如雨(星隕ること雨の如し)の一条(*1)について,公羊伝は「不修春秋(*2)には『隕星不及地尺而復(星隕り地に及ばざること尺にして復る)』とあったが,君子がこれに手を加えて『星隕如雨』とした」と言っている。これはただ旧文を潤色しただけで,褒貶に関わるものでないが,〔本書はこれを〕特筆とみなしている。これは道理の通らぬものである。また「華督には君を無視する心があり,その後に悪事に動いた。だから先に殤公を書き,その後に孔父を書いた」(*3)ことは,〔左氏〕伝に明文があり,確かに特筆といえる。ところが〔本書に〕かえって言及がないのは,疎漏に属すものである。しかし「春秋二百四十二年,獲麟で終わるのは,乱が極まれば必ずや治にもどるものであり,王者の功業は決して滅びぬことを明らかにしたのである」(*4)と言っている。これなどは諸学者に比べて甚だ見識あるものである。

『四庫全書総目提要』巻26



(*1)莊公7年経。公羊の経に随うと,「夏,四月,辛卯,夜,恆星不見。夜中,星霣如雨」とある。「星隕如雨」は穀梁と左氏の経文。
(*2)不修春秋:孔子が修める前の『春秋』の謂。旧文のこと。
(*3)華督(華督父)云々は,桓公二年の経文「宋督弑其君與夷,及其大夫孔父(宋督 其の君の與夷を弑し,其の大夫の孔父に及ぶ)」に対するもので,四庫官は左氏伝によって解釈している。左氏伝には「宋督攻孔氏,殺孔父而取其妻。公怒。督懼,遂弑殤公。君子以督為有無君之心,而後動於惡。故先書弑其君(宋の華督は孔氏を攻め,孔父を殺してその妻を奪った。殤公はこれに怒った。督はこれを懼れて,ついに殤公を弑した。君子は華督には君を無視する心があり,その後に悪事に動いたと考えた。だから経文には孔父の殺害よりも先に「其の君を弑した」と書いてあるのである)」とある。ただし穀梁伝は「書尊及卑,春秋之義也(尊貴のものを書してから卑賤のものに及ぶのが春秋の流儀である)」と解釈し,左氏伝とは異なっている。宋代では穀梁伝の説を採る場合が多い。
(*4)獲麟条に見える。

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