スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

四庫提要(春秋類2)026

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

葉夢得『春秋伝』20巻

○浙江朱彝尊家曝書亭蔵本

宋の葉夢得の撰。夢得,字は少蘊,号は石林。呉県の人。紹聖四年の進士。南宋以後,崇信軍節度使にまでなった。生涯は『宋史』文苑伝に記されている。

夢得〔の著作目的〕はこうである。――孫復の『春秋尊王発微』は,三伝を排除して経文のみで春秋を理解しようとした。また蘇轍の『春秋集解』はもっぱら左氏に従い,公羊と穀梁を排除した。しかしこれらはいずれも弊害あるを免れない。そのため本書は三伝を参考にして経文を理解しようとした。そして事柄を知り得ない場合は義(春秋の意味)について考察し,義を知り得なければ事柄について考察し,〔義と事柄とを〕互いに考察することで経文の意味を明らかにしたもので(*1),きわめて精確である。開禧中,孫の筠が南剣州で刊行し,真徳秀がこれに跋文を書いたが,そこには「〔本書は〕邪説異端を退け,世教に補益すること浅からぬものがある」(*2)と賞賛している。

『宋史』芸文志には,夢得の本書とは別に,『春秋考』三十巻,『讞』三十巻,『指要』『総例』二巻,『石林春秋』八巻を載せている。現在,『春秋讞』と『春秋考』の二書は『永楽大典』に散見し,まだその梗概を知ることはできるが,それ以外はすべて散佚してしまった。ただこの『春秋伝』だけが完全な書物として残っている。

『南窻記事』には,「夢得は春秋の書物を作ったが,四つの区別があった。音義を解釈したものを『伝』といい,事実を訂正したものを『考』といい,三伝を排撃したものを『讞』といい,凡例を編集したものを『例』といった。あるとき〔夢得は〕徐惇済に語って,『私のこれらの書名は古来なかったものだ』。惇済,『呉程秉は三万余言の書を著したが,それらは『周易摘』『尚書駁』『論語弼』と言った。これに類似している云々』」(*3)とある。本書を調査したところ,もっぱら音義を解釈したものではなく,『南窻記事』の記事は既に間違っている。一字の書名についても,古くからよくあることで,春秋について考えれば,「伝」が通常の書名であることは論ずるに及ばない。『漢書』芸文志には鐸氏と張氏に『春秋微』があり,『公羊伝』の疏には閔因の『春秋序』があり,『後漢書』には鄭衆の『春秋刪』があり,『隋書』経籍志には何休の『春秋議』,崔霊恩の『春秋序』がある。孫炎には既に『春秋例』がある。夢得は博識であるのに,それらを知らぬはずがあるまい。古来この書名はないというが,決して事実ではないのである。また『宋史』芸文志に夢得の『春秋指要』『総例』はあるが,そこでも『春秋例』とは記されていない。まったく牽強付会の発言で,依拠するに足らない。

『四庫全書総目提要』巻27


(*1)「義」は「聖人が経文に託した意味」という程度のもの。
(*2)眞秀の跋文は『通志堂経解』所収の葉夢得『春秋傳』の末尾に付されている。
(*3)『南窻記事』(撰著者不詳)の葉石林問徐惇濟曰云々条に見える。

スポンサーサイト

テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
プロフィール

awatan

Author:awatan
HN:江藤清通
かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

自営サイト
最近の記事
カテゴリー
リンク集
全記事表示

全ての記事を表示する

FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。