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四庫提要(春秋類2)035

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

呂祖謙『詳註東莱左氏博議』25巻

○浙江巡撫採進本

宋の呂祖謙の撰。本書は祖謙が新妻を迎えた際,一ヶ月の間に成し遂げたものだと言われている。しかし本書の自序には「東陽の武川に半年ほど隠居し,郷里にあってあばら屋を開き,子弟らと勉学に勤しんでいたが,ふと科挙のことに話が及んだ。そこで左氏の記す治乱得失の跡を集め,それを下に書き出した。十日経ち一月が過ぎ,ようやく書物にまとまった」とある。

さらに祖謙の『年譜』を調べると,まず祖謙がはじめて韓元吉の娘を妻に迎えたのは,紹興二十七年のことで,〔そのときは〕信州におり,〔自序にある〕東陽にはいなかった。後,乾道三年五月に母の喪に服して明招山に籠もっていたが,〔その地に〕来学するものがいた。同四年,『左氏博議』が完成した。同五年二月,母の喪が終わった。五月,後妻として韓氏の娘で〔先妻の〕妹を妻に迎えたとある。(*1)ならば本書の成立は確実に〔母の〕喪中にある。新妻を娶った云々などは世俗の誤伝に過ぎない。

本書は全一百六十八篇。『通考』は二十巻とし,この本(テキスト)と〔巻数に〕異同がある。蓋しこの本は題目の下に左氏の伝文を付記し,まま典故を引用しており,また注釈を加えたところもある。そのため〔分量の関係で〕二十五巻に分けたのだろう。注が誰の手になるかは不明である。標題の板式から〔本書は〕恐らく麻沙の刊本(*2)と思われるが,『宋史』芸文志によると,祖謙の門人の張成招に『標注左氏博議綱目』一巻がある。当時の書肆が成招の標注を原書各篇に補入したものであろうか。〔本書について〕楊士奇は別に十五巻本があり,『精選』なる書名であったと云い(*3),黄虞稷も明の正徳年間に二十巻本があったというが(*4),いずれも現存しない。現在,書肆が扱うのは十二巻本のみであり,しかもそれは篇目が不完全なだけでなく,多くの字句が勝手に削除されている。世上久しく完全な書物が存在しなかったのである。この本は董其昌の名字を記した二つの印があり,また朱彝尊の収蔵にかかる印もある。ならば本書は貴重書と言い得よう。

『四庫全書総目提要』巻27



(*1)原文「其初娶韓元吉女,乃紹興二十七年在信州,不在東陽。後,乾道三年五月,持母喪居明招山,學者有來講習者。四年,已成『左氏博議』。五年二月,除母服。五月,乃繼娶韓氏女弟」。訳文は『呂祖謙年譜』を利用して少しく手を加えた。なお最初の妻は紹興32年6月23日に亡くなり,母は乾道2年11月1日に亡くなっている。
(*2)麻沙:宋代の有名書店の名前。いい加減な本を出版していたことでも知られている。
(*3)『経義考』巻187,左氏博議条に見える。
(*4)同上。

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