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四庫提要(春秋類2)042

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

李『春秋王霸列国世紀編』3巻

○浙江范懋柱家天一閣蔵本

宋の李の撰。,字は伯開,呉郡の人。国子司業になった。本書は嘉定辛未に完成した。〔春秋時代の〕諸国を大綱とし,春秋の事績を分類し,それを細目としている。〔各大綱の〕前には序文があり,その後には論評がある。

第一巻は,〔周〕王朝と霸国(*1)についてである。しかし霸国から秦の穆公と楚の荘王を除き,宋の襄公を残している。また晉の文公以下,襄公から定公に至る十人の君主を列挙し,特に魯を附している。二巻は,周の同姓の国についてであるが,特別に三恪(*2)を附している。三巻はすべて周の異姓の国についてであるが,秦楚呉越を小国の後に並べている。(*3)

〔本書の〕論評は為に発するものが多い。例えば,晉の文公が秦の助けを借りて楚に立ち向かったことや,晉の悼公が呉と結んで楚を苦境に陥れたことを批判しているが,これなどは徽宗が金と通じて遼を滅ぼしたことを念頭に発言したものである。また紀侯は仇敵(斉)と隣国でありながら,自国を増強し得なかったと批判しているが,これなどはm高宗の和議を念頭に発言したものである。しかしこれなどはまだ鑑戒を意図したものと言えるだろう。しかし魯は滅亡した後,秦や漢になっても,まだ礼義の国であったと言うに至っては,宋朝南渡の弱勢を弁解したものである。(*)霸国の中から楚の荘王と秦の穆公を除き,却って宋の襄公を残しているが,これなどは北狩の恥(*4)を弁解したものである。また秦楚呉越〔などの強国を〕を小国の後に置いているが,これは宋を金の上に置こうとの意を隠しているのである。恐らくは春秋に時事を託けたもので,胡安国の『春秋伝』と同じ類のものである。それでも安国は復讐の主張を堅持していたが,はただ空言を飾り立てるのみである。

〔本書の〕来歴は古いので,しばらく記録に留めて一家の学に備えるとともに,南宋の国勢が日々退廃した由来――領土を失った後,士大夫はまだ経や伝に仮託して空論を吐き,弁解に骨を折っていたこと――を示すことにもなろう。本書を残すこともまた鑑戒に足るものがある。

『四庫全書総目提要』巻27



(*1)覇国:覇者の国の意味だが,ここでは覇者そのものも意味している。
(*2)三恪:帝舜の末裔である陳国,夏朝の末裔である杞国,商朝の末裔である宋国の三国を指す。
(*3)巻三は,齊,許,莒,薛,邾,小邾,鄒,紀,庶爵微国,楚,呉,秦,越,戎,狄,夷狄微国,附夷微国の順に並んでいる。
(*4)徽宗と欽宗が金に連行されたこと。宋の襄公も楚に連行された。

(*)以下,書前提要に異同あり。
春秋を借りて議を発したもので,必ずしも一々経義に適合したものではない。しかし胡安国の『春秋伝』も春秋に借りて議を発したものである。安国の書を廃さなかった以上,本書も残さねばなるまい。

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