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林癸未夫『西洋思想の日本化』

私は林癸未夫氏のファンでもなんでもないが,日本で国家社会主義を唱えた奇特な人間だというので,前にいい加減な目録を作り,その後で『随筆天邪鬼』の所感を書いたりもした。そのとき気になっていた『西洋思想の日本化』をこのたび読むことができたので,これについての読後感でも書いておこう。

本書はよくも悪くも林氏の評論集である。随筆というには学術的に過ぎ,研究書というには啓蒙的に過ぎる,とまあそんなレベルの本である。これについては本人も意識していたらしく,「私の過去に於ける研究,試作,業績の一部分」とその巻頭に書いてある。ちなみに書名に「西洋思想の日本化」とあるのは,本書書き下ろしの巻頭論文が「西洋思想の日本化」とあることによる。本書全体が「西洋思想の日本化」について書かれたものだから,かく命名されたわけではない。なお「西洋思想の日本化」以外はすべて既出論文とのこと。

と言うわけで,本書は『随筆天邪鬼』よりも林氏の思想や意見を強く出しており,氏の思想を知るには便利である。ただ巻頭の「西洋思想の日本化」以外の論文は,専門家が専門外のことに口を出したという程度のもので,教養人の感想文の域を超えない。

内容紹介のかわりに目次を掲げておこう。

西洋思想の日本化
近代支那の社会思想
一元的国家論者としてのアダム・ミュラー
マルキシズムに於ける理論と行動の矛盾
農村の自治自救は可能なりや
経済史料としての記紀神代編
暦の文化史観
日本を発見した西洋人
ツンベルグの日本文化観
切支丹処分問題の廟議
芸術至上主義なるものはあり得るか
ブルジョア文学とプロレタリヤ文学との本質
文学に於ける個人性と階級性
無産階級文芸に於ける目的意識
無産階級文学に於ける理論と作品
龍之助と公太郎
六本の柱の話



冒頭の「西洋思想の日本化」は別のエントリーで書きたいので(追記:2008/12/07の記事を参照),ここでは標題のみでは予測しにくいものだけ付言しておきたい。

まず「近代支那の社会思想」は黄宗羲・康有爲・譚嗣同・孫文についての雑感,「農村の自治自救云々」は権藤成卿の農本思想批判,記紀神代は津田左右吉らの学説を援用して記紀神代編は経済史料として役に立たないと指摘したもの,「暦の文化史観」は暦の常識的歴史(太陰暦→ユリウス暦→グレゴリオス暦など)を論じたもの,「日本を発見した西洋人」はマルコ・ポーロ以来の西洋人の日本探訪の常識的歴史,「切支丹処分問題の廟議」は明治維新直後の切支丹処分問題に関する大隈重信の手記,芸術至上主義云々以下は主としてプロレタリア文学の批判,「龍之助と公太郎」は『大菩薩峠』と『富士に立つ影』の登場人物評,「六本の柱の話」は早稲田大学の図書館に立つ六本の柱を塗装した男の話で,時代錯誤的に職人気質だったという話で,余興の小咄の類。

本書はいかにも良心的な書物で,書きぶりも丁寧で読みやすい。林氏のイズムがハナについて読むに堪えないなどということもない。しかし氏には悪いが,本書を読んで現代の読書人が新知識を得ることは,まずないだろう。理由は冒頭に書いた通り,素人の論評だからである。やむを得ず手を出したに過ぎない文芸批評の類はともかく,明らかに専門外の暦や中国思想について論評されても,結局はどこかの「高級な解説書」をやさしく言い直した程度のものにすぎない。

では国家社会主義者としての林氏に対したとき,本書は有益かというと,これも頗る疑問があると言わなければならない。本書にはちょくちょく国家社会主義の名前が登場するが,それはあってもなくてもいい程度のものである。なぜか。この理由も簡単で,本書の各論文はあくまでも論文だからである。

例えば「一元的国家論者としてのアダム・ミュラー」は論題的には国家社会主義との関連を彷彿せしめる。しかし林氏はこれに対して,ミュラーの生涯,その学説の淵源,学説の大綱および重要部分を淡々と解説し,最後にその一元的国家論が林氏の国家社会主義と通底するところがあるのでシンパシーを感じる,と一言する。辞書的説明としては頗る適切であるが,それだけといえばそれだけである。これによって林氏の趣向が知り得るわけではなく,知り得るのは林氏がミュラーの研究もしていたということだけである。

これが全篇にわたって行われるのだから,本書を読んでもあまり林氏の国家社会主義については理解できない。せいぜい林氏はいろいろなものに興味をもった学者だったんだな,と分かるだけである。論評者としては適切であろうが,思想家や主義者としては失格である。


なかなかお目にかかれなかった本でもあり,その論題にも興味をもった手前,本書を読み始めたときは少しく期待するところもあったが,読めば読むほどがっかり感が増していった。前にも林氏は良くも悪くも常識人だというようなことを書いたが,確かに林氏はよくもわるくも平凡な学者だったようだ。

氏は巻頭の最後にこう書いている。

由来学者的天分の菲薄なるにも拘らず,余り多くのものに興味をもち過ぎるのが,明らかに私の欠点であると同時に又それが一個の人間としての私の持ち味であるのかも知れない。


確かにその通りだろう。いろいろな意味で。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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