スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

四庫提要(春秋類3)052

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

斉履謙『春秋諸国統紀』1巻『目録』1巻

○浙江呉玉墀家蔵本

元の斉履謙の撰。履謙,字は伯恒,大名の人。官は史院使にまでなった。生涯は『元史』本伝にある。本書は延祐丁巳に国子司業のとき作られたものである。

冒頭に自序(*1)があり,「今の春秋は聖人が二十国の史記を合わせて作ったものである。三伝がただ褒貶のみを追求してからというもの,諸国の分合と春秋の春秋たる所以については,ほとんど言及がなくなった。だから本書によってそれらを論述し,諸学者の闕失を補おうと思ったのである」と言っている。

本書は全二十二篇。まず魯があり,次に周,次に宋,次に斉,次に晉,次に衛,次に蔡,次に陳,次に鄭,次に曹,次に秦,次に薛,次に杞,次に滕,次に莒,次に邾,次に許,次に宿,次に楚,次に呉が配列されている。魯を自国内のこととし,周に敬意を表し〔て冒頭に置き〕,それ以外は各々五等の爵の順に配列している。春秋開始以後に爵を降格された場合は,降格された爵によって配列している。また楚と呉は王号を僭称したので最後に置かれている。『目録』には,「これらの国々はいずれも国史があったので,聖人はそれに基づいて春秋を作ったのだ」とある。(*2)さらに小国と亡国を二篇にまとめて巻末に附している。『目録』には,「これらの国には国史がなかったので,上の二十国に関係することについてのみ掲載した」とある。各国ごとにまず国勢の盛衰と配列順序の理由を論述し(*3),「某国春秋統紀」と名付けている。これらはおそらく『墨子』の「百国春秋」や徐彦『公羊疏』の「孔子は周の史記を求め,百二十国の宝書を手に入れた」などの言葉に基づいたものであろう。そのため〔履謙は〕「〔春秋は〕魯の国史に基づいて作ったものであり,国史は赴告の言葉によって作ったものである」との学説に従わなかったのである。(*4)

そもそも春秋がもし魯の国史に基づかないのであれば,魯の十二公の年を用いるはずがない。もし赴告を用いなかったのなら,僖公以後は晉について特に詳しいのに,僖公以前は晉について全く記載のないはずがない。履謙のような考えは,巷説を取り混ぜたものに過ぎず,経文に即して考究したものではない。(*5)

また魯の国史は周王の年を記載しないが,これについて魯を自国内のこととみなしたというのはまあ宜しい。しかし履謙は各国を分類して,魯を第一とし,周を第二に置いているが,〔春秋では〕王人は身分の卑しいものであっても諸侯の上に置くというではないか。ましてや天王なのだ。

また隠公八年に蔡の宣公を葬り,宣公の十七年に蔡文公を葬ったことについては,どちらも経文にはっきり書かれてある。ところが履謙はこの二条を引き漏らしたばかりか,桓公の十七年に蔡の桓侯を葬ったことについて,「諸国はみな公爵を僭称したが,ただ蔡の国だけは旧来のやり方を守っていた」といい,左氏伝を証拠として引用している。全く滅茶苦茶である。

また経文には,桓公の三年に「夫人姜氏 斉より至る」,六年に「九月丁卯,子同 生る」とあるが,殊更疑問とすべきものはない。穀梁伝に「疑念あるが故に記した」とあるが,これは事実に基づくものではない。ところが履謙はついに莊公を斉侯の子供と見なしたのである。(*6)これなどは最も酷い間違いである。

しかし本書は巧みに経文を分類しており,頗る閲覧に便利であり,その論述にもまま見るべきところがある。だから本書を〔四庫全書に〕残すことにした。呉澄の序文に「本書は〔経文の〕隅々にまで目を通し,書法に合致すべく尽力している。まま深読みしすぎた嫌いもあるが,これとていい加減に論述したものではない」とある。美点でもって欠点を隠し得なかったこと,既に澄が微辞に留めている。

『四庫全書総目提要』巻28



(*1)正確には目録の総序を指す。
(*2)目録の最後に見える。下も同じ。
(*3)各国の目録序文を指す。
(*4)春秋は魯の国史に基づいて作ったと考えるのが普通の考え方である。しかし齊履謙は,春秋は各国の歴史書をもちよって作ったと考えた。だから春秋を再び各国の国史に分類しようとしたのである。齊履謙の考えも春秋学では珍しくない。
(*5)四庫官には悪いが,経文のこのような差異に聖人孔子の筆削を見る学者もおり,その立場に立つ限り,四庫官の論拠は全く成り立たない。
(*6)魯の莊公は斉の襄公の子供だという説がある。桓公六年の経文「子同 生る」の同は莊公のことだが,他に魯君の誕生を記した経文はない。莊公だけが特別に記されるのはなぜか。これに対して穀梁傳は「莊公は斉の襄公の子供ではないか」との疑念があるゆえに,経文に敢えてその誕生を記したのだとする。『毛詩』にも似た学説があり,少しく論争になるところではあるが,通常は荒唐無稽な学説として一蹴される。

スポンサーサイト

テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
プロフィール

awatan

Author:awatan
HN:江藤清通
かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

自営サイト
最近の記事
カテゴリー
リンク集
全記事表示

全ての記事を表示する

FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。