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四庫提要(春秋類3)055

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

程端学『春秋三伝辨疑』20巻

○永楽大典本

元の程端学の撰。本書は三伝批判を主旨としている。端学が疑念をもった全ての場所に対し,経文と伝文を節録して論証を行ったものである。ほとんどは三伝否定の心が先にあり,あらゆる方法を用いて三伝の欠点を探し出したもので,もし欠点が見つからなければ「〔伝のいうことなど〕信じられぬ」と言い捨てている。

そもそも三伝を疑うようになったのは啖助と趙匡からでありる。(原注:韓愈の盧仝に贈った詩に「春秋三伝を高閣に束ね,独り遺経を抱えて終始を究む」の句がある。仝は啖や趙と同時代の人であり,恐らくや啖・趙両氏の学説を宗旨としたのであろう。仝の書いた『春秋摘微』は既に散佚しているので,ここでは現存の書物を基準として,啖助と趙匡の二人のみをあげることにする。)これは後に三派に分かれた。まず孫復の『尊王発微』以下は,三伝に見向きもせず,三伝批判すらしない者どもである。つぎに劉敞の『春秋権衡』以下は,三伝の義例を批判した人々である。最後に葉夢得の『春秋讞』以下は,三伝の典故を批判した人々である。ところが端学ときては,三派を兼ね用いたばかりか,さらには左氏伝を偽作だとみなすようになった。著しく学問の根本を狂わせ,あるべき道理を顧みないもので,端学に至って〔三伝批判の〕弊害は極まったと言えるだろう。

心を落ち着けて論ずるならば,左氏はみずから国史を修めたのであるから,その記録は最も信用できる。公羊と穀梁は聖人と近い時代に生きていたのだから,〔後世のものよりは〕聖人の言動を知り得たはずである。それらを排斥して全く信用できぬと言ってしまっては,世の中に信用できる書物などなくなってしまうだろう。本書は真偽の弁別に虚言を用い,優れた先学を深く侮辱したものである。しかしながら褒貶の義例という点からすれば,左氏の意見はもとより杜撰であるし,公羊と穀梁の両家の書も,口授によったため,経師の私説がみだりに付加されており,後世の学者が精密〔に義例を研究したもの〕には及ばない。端学のこの書は,書法を研究し,是非を駁正した点に於いて,千慮に一得がないわけではない。ならば端学の大胆不敵を憎んでその学説までも廃絶してしまってはなるまい。

『通志堂経解』には『本義』と『或問』のみが収められ,本書は含んでいない。納蘭性徳の序文によると,欠落があったので収録を見合わせたとある。〔四庫官に届けられた〕この本は浙江の呉玉墀の家蔵本である。第一巻は虫食いが特に甚だしく,数文字しか残っていない行もある。しかし第二巻以下は完全な状態のままであった。そこでこのたび『永楽大典』所載の本文によって呉氏家蔵本を増訂することで,完本にもどすことができた。(*1)

呉氏家蔵本は,左氏伝掲載の事柄につき,各条文下に「本義ではないので記録しない」と注釈がある。これは端学の脱稿時に削除すべく附していた簽題を,書写の者が間違って残したままにしたものであろうか。原本がこうであるから,この度の編集でもそのままにしておいた。

『四庫全書総目提要』巻28



(*1)本書は「永楽大典本」とあるが,提要の内容を推せば,呉氏家蔵本を底本に,永楽大典本で校正したことになる。訳者は呉氏家蔵本や元版と四庫本を比較したことがないので,提要の真偽のほどは不明である。訳者が生きて元版などを見ることはないだろうから,訳者にとってこの問題は永遠に謎である。

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