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四庫提要(春秋類3)056

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

王元杰『春秋讞義』9巻

○浙江汪啓淑家蔵本

元の王元杰の撰。元杰,字は子英,呉江の人。至正年間に郷里の推薦を受けたが,兵乱のため仕えず,郷里で教授に勤しんで生涯を終えた。

むかし程子は『春秋伝』を作ったが完成せず,朱子も春秋について論じたが専論の著書がなかった。元杰は程子と朱子の発言を集めて経文の下に並べ,また胡安国の『春秋伝』を節録して主旨を明確にしている。安国の著書は朱子の前にあるが,すべて朱子の後ろに配置している。これは〔元杰の〕尊崇する朱子を安国と区別すべく,あえて時代の前後にこだわらなかったからである。また隠公四年の州吁の条には朱子の邶風撃鼓篇の解釈が全文引用されているが,〔その朱子の解釈は〕春秋の書法と無関係である。これなども元杰が朱子を尊崇するあまり,一文字たりとも〔朱子の文字を〕削りたくなかったからである。

程子・朱子・胡安国の解釈の末尾には,「讞に曰く」と標識を設けて三者と区別し,元杰じしんの意見を付している。しかし,例えば桓公四年の紀侯大去の条など,程子は大を紀侯の名であるとして(*1),紀への批判を主眼に置き,斉を批判していない。ところが元杰の讞は縷々論述して紀を許し,程子の学説に従っていない。しかし本書を通じて,朱子に対しては一文字たりとも異論を唱えていない。元杰の宗旨を伺うに足りるというものである。

恭しく『御題詩註』を読むに,元杰を程朱の奴隷(*2)とみなしているが,全くもって田舎者で頑迷固陋な学者の謬見を破るに十分である。また本書は葉夢得の過誤を襲い,「讞」を書名に選んでいる。これもまた『御題』に厳禁される通り,法家が罪人を処罰するごとき目で春秋を論ずるものを戒めるに十分である。しかし本書は伝来の学説に依拠しており,師説なき勝手な論述(*3)に比べると少しく勝っている。そのため〔四庫全書に〕収録し,さらに敬しく聖訓を述べ,右の如くその欠点を明白にしておいた。

原書十二巻は長らく刊本がなかった。現在,どの蔵書も後三巻を欠き,校補する術がないため,しばらくこのままにしておく。

『四庫全書総目提要』巻28



(*1)経文には紀侯大去其国とある。普通は「紀侯 其の国を大去す」と訓むのだが,程頤は新説を出して,「紀侯大 其の国を去る」と訓む。つまり「大」は「大去」の「大」ではなく,紀侯の名だというのである。宋代にはこんなおもしろ学説もあったという意味では面白い。
(*2)原文「重儓」。奴隷の奴隷のこと。ここでは春秋の本義に返らず,ことさらに朱熹にとらわれすぎているという意味で,「囚われに囚われている」ということ。
(*3)書前提要には「差勝明代諸儒無師瞽説」とあり,明代の春秋学者を前提としていたことが分かる。

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