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四庫提要(春秋類3)064

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

汪克寛『春秋胡伝附録纂疏』30巻

○浙江呉玉墀家蔵本

元の汪克寛の撰。克寛には『経礼補逸』があり,既に収録している。本書冒頭の克寛の自序にはこうある。――「諸国の紀年と諡号を詳細に記すことで,事柄の実相を究明できるようにした。経文の異同を列挙することで,聖人筆削の真意を追求できるようにした。これに諸学説を加えることで,胡氏(*1)の欠落や疑問を補正した。『辨疑』『権衡』(*2)を加えることで,三伝の得失を明らかにした。」しかし本書が胡安国の『春秋伝』を宗旨としていることには変わりない。

『元史』の選挙志によると,延祐二年に経義・経疑の取士条格が制定され,春秋〔の解釈〕は三伝と胡安国の『春秋伝』を用いることになった。虞集の序文もこれについて言及している(*3)。本書は科挙の参考書を兼ねたものなのであろう。ちょうど呉澄が兪皐の『春秋釈義』に序文を草し,「胡安国の『春秋伝』を用いるのは,当今の評判によるものだ」(*4)と発言したことと同じである。

陳霆の『両山墨談』には,本書が魯の郊祀を夏正としながら,魯の烝と嘗の祭を周正としていることを批判している。(*5)これも胡安国の『春秋伝』に迎合したため,真偽の判断に迷いの生じた一証拠であろう。しかし胡安国の『春秋伝』に対して,まるで注に対する疏のように,一つ一つその根拠とした学説を探し出しており,一家の学として詳細を究めたものと言えるだろう。

明の永楽年間に胡広らが『春秋大全』を編纂した。その凡例には「紀年は汪氏の『纂疏』に依拠し,地名は李氏の『会通』に依拠し,経文は胡氏に依拠し,〔諸侯・大夫の王伯華夷の辨にかかわるものについては〕林氏のやり方に依拠した」(*6)とある。しかし実際はまったく克寛の本書を剽窃したものであった。原本が残っているのだから,〔その事実を〕一つ一つ調べ上げることができる。

『四庫全書総目提要』巻28



(*1)胡安國のこと。
(*2)陸淳『春秋集傳辨疑』と劉敞『春秋權衡』を指す。
(*3)虞集の序文は本書に収録されており,そこには「國家設進士科以取人,治春秋者,三傳之外,獨以胡氏為説」とある。
(*4)これについては兪皐『春秋集傳釋義大成』の提要にも見える。
(*5)四庫全書は陳霆『両山墨談』を存目に落としている。書物は現存するらしいが,未見につき具体的にどの条文によって論難したかは不詳。
(*6)汪氏『纂疏』は本書のこと。李氏『会通』は李廉の『春秋諸伝會通』,胡氏は胡安國,林氏は林堯叟を指す。林氏のことは,凡例に「周及列國易世嗣位,齊晉秦楚大夫為政,有繋乎王伯夷夏之輕重者,依林堯叟例,備列于十二公之首,以便觀覽」とある。

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