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とりあえず『大全』まで終了

ようやく昨日で春秋大全まで終わったので,四庫提要の訳は一時休止。実のところ,清朝の提要から読み進める予定だったのを,それだけでは意味も分かるまいと思い,既に研究の進んでいる三傳を除いて,唐の陸淳たちから始めて見た。ところがページを開いて量的に難しそうだったので,とりあえず大全まで終わらせようと目標を変えて莅んだのである。

*以下,余りに漢字の変換ミスが多いので,漢字変換は原則一回で止めてみた。(固有名詞を除く)

陸淳から大全までは,提要はもちろん,書物についても目を通した事があったので,こちらの予想では簡単に追われるのではないかと思っていたが,思いの外,時間がかかった。いや予想以上に体力を消耗させてしまい,おかげさまで本来メインだったはずの清朝の春秋類提要(4~5)に到着するまでにくたびれ果ててしまった。やはり目標変更は正解だった。

元来私は飽きっぽい性格なので,一つのことが長く続かないのだが,今回にしてもまた同断。結局,元朝に入ったころから精神的に疲れて......というか,訳文作りに飽きてしまった。しかしいったん決めた目標は,事の当否,ものの善悪に関わらず貫徹すべきだというのが私の精神なので,11月俟つくらいからピッチを上げ(つまり嫌なものをはやく終わらせるべく我慢して),ようやく昨日終わったのだ。

翻訳というのは,訳者の腕が相当あったとしても読みにくい。流暢な日本語で書いてあっても,論旨の展開に理解しがたい典が出て来る。夫れは当然で,原本の書き手は日本人じゃないわけだから,日本人のルールにのっとって文章を作りはしない。だから日本人からすれば,ルール違反をたびたびおかした文章を読まされることになり,それだけ骨がおれるのである。ましてそれが古典であれば,そもそも価値観が違うのだから,ルール違反どころの騒ぎではない。

例えば,古典世界に於いては,人間の世の中に(私は社会と言う言葉が嫌いだから使わないようにしている)差別があるのは当たり前,というよりも,差別こそが人間の美点であると思っている。だからそれを前提にものを書かれると,現在の読みてには理解できない。いや,表面上の理屈は分かっても,実感的に分からないのである。ところがもしこれを現代の日本人にすんなり理解できるような訳文にしたりすると,それは原典の翻訳でもなんでもなく,原典をかりただけの単なる訳者の主張になってしまう。それなら訳者が著者となって,「自分の文章を書け」と言わることにもなるだろう。

話が変な方綱に飛んでしまったが,要するに誰も読みもしない下手な訳文を数ヶ月にわたってやってきた私としては,改めて無駄だったと思う次第だ,というだけのことである。しかしこれも私が当初計画したことなので,杜注であきらかに失敗だと思っても,最後まで(少なくとも中目標までは)貫徹することにした次第である。

難の感慨もないが,とりあえずこれで大全までの提要は終わりと言うことで,紀年として記録に残しておこう。

......私の文章の書き方がまずいからだろうが,ATOKでも妙な変換が多いな。


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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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