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存目を隔てるもの

四庫提要の関係で,杜澤遜氏の『四庫存目標注』を読む機会を得た。これは四庫全書で存目に落とされた著作を調査した報告書のようなものだが,杜氏は『四庫全書存目叢書』の編纂にも加わった学者だけに,本書は出るべくして出たものと言えそうである。(まあ本人を知らないから,その人の学力も噂も分からないが)

一応本書の構成を書いておくと,『標注』本体部分は,四庫全書存目の提要の是非,および存目の著作が現存する場合にはその総評・書誌などを記し,散佚している場合には総目の表記を引用するというものであった。ネット上の検索精度の向上しつつある現在では,存目現存の有無やその所蔵場所などはかなり精確に判断できるようにはなったが,現物を見た人間が書いたものだけに,現物(『存目叢書』を含む)を見れない私のような人間には,書物の輪郭を探る手助けにはなる。

それはともかく,本書を手にとって私が一番興味を覚えたのは,冒頭の杜氏の手になる序論(解説のようなもの),特に上篇の「存目の由来」についてだった。

杜氏の指摘は至極常識的なものではあるが,日本の研究にありがちな所感でものを言ったり,ごく一部の資料だけで発言する類のものではなく,全存目の提要を調べ,現存の存目を実見し,さらに四庫全書の成立を研究した上での指摘だけに,その発言は重みのあるものだった。

四庫全書には本文を収録したもの(正目とでもよんでおく)と存目の区別があるわけだが,一般的には,杜氏も指摘するように,内容的に価値のない書物と道義上・正当性に問題ある著作であり,且つ無視するわけにいかないものを存目に落とし,価値ある著作だけを四庫全書に収録したことになっている。ところがこの基準は極めて曖昧で,提要を読んでいても相互に矛盾する場合が多い。

あっちでは「平凡だが四庫全書に収録する」と言いながら,こっちでは「平凡だから四庫全書には収録しない」と言ったり,そちらでは「問題は多々あるが,まあ四庫全書に入れておこう」といいながら,あちらでは「問題が多々あるので,四庫全書には収録しない」と言ってみたり。このようなことが多々ある。

これに対して,一般的には,元以前はかなりの問題作以外は原則上四庫全書に収録し,明以降は相当の著作でない限り四庫全書に収録しない,という方針のあったような感じではある。むかし研究室にいたころ,他の人に話を聞いても大体似たり寄ったりの感想を得られたので,たぶん多くの人が思っている所だろうと思う。

そこで杜氏の見解だが,やはり同じだった。杜氏によると,四庫全書の正目と存目との区分は,正当性とか内容的価値以前の大前提に,以下の2つの基準があったという。

1.規模の制約
2.貴遠卑近

規模の制約というのは,四庫全書の規模には制約があるということ。そもそもどんな編纂物であっても,世の中に残っている全ての著作を収録することは不可能である。だから四庫全書編纂の当時,財力的・時間的・その他諸々的に編纂可能であった分量を超える著作は,価値の有無にかかわらず,どうしても四庫全書の収録からはずさなければならなくなる。この規模の制約が,あらゆる問題の大前提として存在する。

そしてこの大問題を解決する最も有効な方法が,次の貴遠卑近であるという。つまり元以前の遠い時代の著作は貴んで出来るだけ収録するが,明から清中期という近い時代の著作は,相当価値ある著作以外は収録しない,という方針である。

当然と言えば当然だが,この2点を改めて確認できたことだけでも,『標注』を調べたかいがあった。

ちなみに,「四庫全書は明代だけを仲間はずれにしている」と思っている人がいる。思想的弾圧らしい。しかしそれは間違いである。清代の著作も,明代の著作以上に省略されている(存目に落とされている)。

もちろん明代の著作を意図的に外した春秋類や,陽明学徒のゴミのような著作の例もあるが,この場合,両方とも価値がないから,まあ四庫官の判断は妥当としかいいようがない。しかしそれを割り引いても,清代の著作は相当程度,四庫全書未収録である点は知っておかなければならない。まあ早い話が,明代の著作のみが省かれた,と思っているのは,明代の自意識過剰としか言いようがないわけである。

そうそう,杜氏の解説にも少し触れられているが,四庫全書には正目と存目の外に,禁書があり,さらにこの3者のどれにも入らなかったもの(無目とでもよんでおく)がある。

四庫全書編纂のため,地方からあまねく書物を探り出し,それをふるいにかけ,重要な著作を四庫全書に収め,収録に満たないものを存目に落とし,且つ怪しからん著作を禁書にした,というだけではなく,全く顧みるの必要すら感じられないものは無目となっている。

例えば劉敞の文集である『公是集』は総目提要に3種類登場する。第1は四庫全書に収録された『公是集』で,『永楽大典』輯佚書である。第2は別本の『公是集』で,まあそこそこ輯佚していた文集だったらしく,存目に入れられている。そしてもう1つが『新喩三劉文集』中の『公是集』で,これは無目であり,且つ正目と存目の『公是集』提要で徹底的にこき下ろされている。

確かに『三劉文集』はこき下ろされても仕方のない出来なわけだが,それとは別に,四庫全書編纂のときには,正目・存目・禁書以外に,多くの書物が確認されていたことがこれだけからでも分かるわけである(あたりまえだが)。清中期にどれほどの文章が残存していたのか,これは四庫全書の編纂や元朝以前の著作に興味ある人間には血湧き肉躍る題材ではあるが,その全貌は杳としてうかがい知れないままである。

少し話がそれてしまったが,要するに四庫全書の正目存目の基準は,単なる書物の価値とか正当性とかいうだけのものではなく,該当著作の製作時代がかなり重要だった,という当たり前のことが確認できたわけである。杜氏は,だから存目には価値があるというのだが,まあそれはどうだろうか。これはまた日を改めて少し別の角度から書いてみたい(......気もするし,しない気もする)。

最後に蛇足。

「正目と存目との差は,著作の価値や正当性によるものでない」と断定するのは必ずしも正しくない。正確には,「元以前の著作と明以後の著作は扱われ方が違う」というべきであり,明以後の著作に対しては,正当性とか価値とかが問題になってくる。

しかしここでも,例えば,同じ王守仁の弟子でも,王畿の文集は存目なのに,羅洪先の文集は正目で,しかも羅洪光と同傾向の欧陽徳は存目だとか,不思議な傾向がある。また王守仁と少し傾向を異にする湛若水の著作は,聖学格物通は正目なのに,文集は存目に落とされている。これはなぜか?

答えは『標注』に書かれていなかった。あるいは答える必要の無いほどの微々たる問題だったのかもしれない。王守仁に注目するのはそれが好きな人間だけであって,私を含む一般の古典研究者にとって,そんな連中が正目だろうが存目だろうが,全く問題にする必要もないほどどうでもいい問題だから。それより著名な文芸家や物書きの著作が入ってない方がもっと重要だろう。乾隆帝に憎まれていた徐乾学とか。

四庫全書にまつわる逸話はいろいろあって興味は尽きない。とはいえ,私はこの四庫全書の研究がそれほど実り多いものとは思っていない。批判好きの人間(私も大いにその仲間だが)のよく口にする「研究の価値」とやらを尺度にするなら,おそらく四庫学はほとんど価値のない研究分野だろう。

しかし人間は複雑なものや不可解なものに興味を引かれるので,それを解明したいというのが,おそらくこの手の研究に足を踏み入れる最大の原因だろう。やくには立たないが......というより,やくに立たないから。そして古代からつい最近にいたるまで,面白くて為になったような気になる書物というのは,大抵この手の著作だったりする。

もちろん「研究の価値」を声高に叫ぶ古典研究者は,現実的に,自分の研究がなんらかの成果をあげていることを証明できるのだろう。それが過去の著作であれば,当然現在でも高く評価されて然るべきはずだ。ところが残念なことに,その手のものはなぜか大東亜共栄圏を空々しく叫んだ,仰々しい文言だけが踊った作文だったりする。

価値ある研究とは,空理空論を振りかざすことだったのか?古典の世界に逃避行することではなく,現実に直面して,最も現実的に価値ある結論を導くものではなかったのか?狐に摘まれるとはまさにこのことだ。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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