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四庫提要春秋類終わり。多分。

王當と章沖が終わったので,いちおう中唐宋元明初の春秋類は終わった,と思う。リンクもはりおわったし。ちなみに,ほんとうは存目が残っているのだが,これはまた暇があればそのときにでも。

もう今年も終わってしまう。あと一回くらいは高畠サイトを更新しないとまずいだろうなあ。それでちょっと面倒くさいけど,林癸未夫氏の「西洋思想の日本化」でもタイプしようかと思っていたりもする。林氏といえば『国家社会主義原理』なのだが,これは驚くほどつまらん本なので,ちょっとタイプする気になれない。これに比べると「西洋思想の日本化」は短い論文だし,先ほど紹介もしたし,なんとなく手が出しやすい。もちろん林氏の著作権は切れている。

そうそう著作権で思い出した。まだ書物の保護期間は50年のはずなので,今月の31日で山田孝雄と山川均の両氏の著作権が切れる。山川さんはどうでもいいが,山田孝雄氏は50年前に亡くなっていたんだねぇ。国学の伝統を引く学者だから,敗戦後はいやな叩かれ方をしたが,国文法に全く興味もない私ですら小学生のときに名前を知っていたくらいだから,相当有名人であることは間違いあるまい。

どんな立場でもいいが(もちろん好き嫌いは強く持っているが),自分の立場に徹底しない人間はつまらない。ころころ立場を変える人間というのは,議論におもしろみもないし,感銘も受けない。もちろん表面的に面白い文章というのはあるだろうが,表面はあくまでも表面で,何度か目を通すとなんの感銘もうけなくなる。やはり高畠さんではないが,徹底してくれないと重みもでないのだろう。その点,山川さんはともかく,山田孝雄氏の研究には(事の当否は私に判断できないが)頗る興味を覚えるものがある。

なににせよ素人談義であることには変わりないが。

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テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

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江藤さん、お久しぶりです。

お久しぶりです、江藤さん。
島田 俊(旧HN、島田實昭)です。
あれから私の関心が神宗皇帝や北宋から、日本の古代、織豊期、近代に移ってしまったので、なかなかコメントも書かず申し訳ありません。
私もこのエントリーにあるような「自分の立場を徹底しないで、ころころ立場を変える人間」に当てはまってしまいますよね。
過去のコメントで
新法は素晴らしい→林語堂の著書の影響で新法は駄目だ→ある掲示板の書き込みの影響で→新法はやっぱり素晴らしい、サイ京も頑張った

そして今現在、新法は素晴らしい、でもサイ京はやっぱり駄目だ。
になっています。
やはり漢文も読めない、原史料読めない、大学の紀要や論文も読まない人間には北宋や神宗や新法について語らない方がいいってことですかね・・・
ただ私が歴史を好きになるきっかけがIFを想像する事だったので、
神宗が長命で哲宗の上の兄たち全員も長命でその兄たちの誰かが神宗の跡を継ぎ、その子孫が現在まで北宋の皇帝であり、北宋が現在まで存続しているIFを想像してしまうんです。
個人的に神宗皇帝は好きな人物なので上記のような妄想をしてしまうんですよね。
意味不明なコメントで失礼しました。

お久しぶりです

ご無沙汰してます。コメントの件はお気になさらず。ネットは一期一会ですからね。

徹底云々ですが,あまり深い意味はありません。私は自己の主張に徹する人間も好きですが,意見が変わったなら変わったことを表白できる人間も好きですよ。私もよく意見が変わりますしね。ただ言い訳がましい言辞を並べて弁解に努めたり,知らぬ顔をする人間が好きになれないだけです。

コメントの件について,大学の紀要はどうでもいいと思いますが,日本に宋代史関係の翻訳本はあまりないですから,原史料を読めない場合は,なにかの著書や参考書・小説の影響を受けるのはやむを得ないところだと思います。

とはいえ,どれほど原史料が読めても,それだけではなにも立論できませんから,結局は自分の持つ知識を前提に,それを何度も修正して妥当な結論を導くことになります。その前提となる知識に先行研究の理解が必要となり,修正(もしくは抜本的な変更)の段階で原史料が重要になるのですが,正論を組み立てるつもりなら,その両者は必要でしょう。もちろん立論や証明や修正の前提となる目的は必要ですがが,これは改めて言わなくてもよいと思います。

学者の中には天才的なひらめきで研究する人もいますから,その場合は現今の研究論文とほとんど没交渉の人もいるかも知れません。画期的な研究を提出する学者にはこの手の人も結構います。既存の枠組みを破壊してしまうので,既存の研究(即ち現今の研究)は参照するに当たらないというのでしょうね。私の好きな劉敞なんてのもそうです。たぶんこれはどの分野でも同じだと思います。

しかしこれはいわゆる純粋な学問や研究だけのことで,人と議論でもして面白い意見を知りたいとか,人に自説を認めさせたいという類のものであれば,先行研究なり原史料の読解はあまり意味のないものだと思います。正論が世に認められるわけでもなければ,世上に流布している学説が正しいわけでもなく,そもそも正しい学説や有益な学説とやらがあるのか否かさえ疑問です。

議論した場合,学問上のテクニックをもっていたり,説得力のある文章を書ける方が有利でしょうし,それによって読者はその議論を正しいと思うかもしれませんが,歴史の問題は論理的に説明されていれば正しいわけではありません。論理的な論文は,書いた人間が論理的思考の持ち主だというだけです。簡単な話,自説に都合の悪い事柄を全て無視すれば,論理的な論述になります。そしてそれを誰も指摘できなければ,正論として通行することになるでしょ。

とはいえ実際にはこの中間くらい,つまり学問的にもある程度正しいことを知りたいし,それをある程度意識しつつ,人ともいろいろ議論して,いろいろなことを知りたいし語りたいという所なのかもしれませんが,両立はなかなか難しいのではないかというのが,私の考えです。

ご自身が真実(存在すればですけど)を追求したいなら,現今の研究はともかく,原史料が読めなければならないでしょうが,人に語り,人から語られることによって,知見を広めたり,ご自身の人生や娯楽の足しにしようというのなら,原史料が読めなくてもかまわないのではないかと思います。結局,全ては求めるものの性質によるのだと思います。

ただ最後に,中国の皇帝と風土は日本の天皇や風土と違いますから,たぶん神宗が長命でもいずれ宋は滅びたと思います。

コメントはお気楽にどうぞ。気の利いたことは申せませんが。

やっぱり現在までは無理ですよね。 後、上の投稿は名前欄失敗したので削除してください。

コメントの件、わかりました。
江藤さんに言われて安心しました。これからも色々知見を深め、私の考えを変えていきたいと思います。
真実の追求に関しては半ば諦めています。原史料及び海外文献や論文を読む力量がない。国内の文献や論文を読める環境が余りないのではやはり無理かなと。私の所持文献は、中国の歴史講談旧版の新法部分のコピー、中国の歴史講談新版、中国の歴史中公版(文庫)の新法部分のコピー、木田知生さんの「司馬光」、東アジア遊学「徽宗とその時代」、中国の歴史下巻 創元社、岩波講座(70年代)の北宋関係のコピーぐらいで、後は図書館で見られる文献から得られる情報しかないんです。ですから江藤さんの言われる通り、知見を広めたり人生や娯楽のたしにしようかなと、でもやはり真実がどうであったかというのは知りたいんですよね。悩ましいです。
神宗が長命でもいずれ宋は滅んだ。
そうですか。やはり蒙古の侵攻に耐えられなかった可能性は高いですよね。
そういえば、開封は何度も黄河の氾濫で水没してるので、北宋が存続しても氾濫で皇帝以下皇族や官僚が死亡してしまうような。
最後に質問ですが、哲宗の兄たちが長命だった場合、誰が帝位を継いだんでしょうか?

コメントありがとうございます

なんといいますか,日本の論文は研究室のある大学ならそれなりに購入されていると思いますが(それなりですが),海外の論文は大学によって所蔵がまちまちですから,「自由に読める」かどうかは微妙だと思います。また史料は大学によって全く違うと思います。金持ちの新しい大学なら『四庫全書』『続修』『存目』等々があるかも知れませんし,古い大学ならむかしからの蔵書である程度カバーできますが(宋代の場合はであって,明と清は駄目だと思います),それこそ東京からも京都からも遠い地方大学であれば,多分どうにもならないと思います。まあ東京近郊なら国会図書館に研究雑誌とか漢籍が入っているでしょうから,見ることも不可能ではないと思いますが,学生でもないと多分そんな時間はないでしょう。

真実云々の件は,島田様のことを存じませんのでなんとも申しかねますが,真実があるかどうかはともかく,事柄を探索する場合,書物も時間も膨大に必要になりますから,本当にその気になれば,やはり専門家として賃金をもらえる人間でもないとやり続けるのは難しいと思います。

人生で一つ二つの簡単な事柄(人の生没年とか)だけを追求するというならともかく,島田様が知りたいと思われる内容の場合,専門の研究対象となっていないことが多いと思われますので,専門家の論文を読んでもなかなか納得できる答えが獲られないのではないかと思います。どこの分野でも似たり寄ったりだと思いますが,専門家とそうでない人との興味は往々にして乖離しておりますから。

それと跡継ぎの件ですが,あれは時々の政治状況で変わるので,なんとも言いようがありません。まあ妃の出が卑しくなければ,長男が有利なことに変わりはないとは思います。
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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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