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宋名臣言行録

一般に『宋名臣言行録』というと、朱熹の編した『五朝名臣言行録』と『三朝名臣言行録』の二つを指す。このなか五朝は北宋の太祖・太宗・真宗・仁宗・英宗を、三朝はつづく神宗・哲宗・徽宗を指す。したがって『宋名臣言行録』は、「北宋の名臣の言行を記録した書物」ということになる。本書はかつてはよく読まれ、それだけに世上にファンも多かったのだが、時代の移りかわりとともに読者数も減ってしまった。そのためか本書は漢籍の中では比較的著名であるにも関わらず、現代語による全訳はいまだ存在しない。

前回更新日:2009/10/04
最終更新日:2010/03/21

A.『宋名臣言行録』の種類

『宋名臣言行録』は、上に述べたように、『五朝名臣言行録』と『三朝名臣言行録』の総称とされる。しかし実体はもう少し複雑で、これ以外にも「宋名臣言行録」は存在する。朱熹という人は、朱子学の名で知られるように、後世に大変な影響を与えた。そのため朱熹が『五朝名臣言行録』を編纂するや、この「名臣の言行録」というスタイルが好評を博し、類似の書物がたくさん出版されたからである。

そのような類似本(今風にいえば便乗本)のなかでも、朱熹の『宋名臣言行録』の続編的位置づけにあり、かつ内容的にも立派なものが南宋末に登場した。李幼武という人の著した『宋名臣言行録』がそれである。後、朱熹の『宋名臣言行録』と李幼武の『宋名臣言行録』はセットで売り出され、『宋名臣言行録』はここに複数のヴァリエーションをもつことになった。

とはいえ同名の書物がたくさんあるとややこしいので、通常は以下のように区分する。
  • 朱熹『五朝名臣言行録』→前集
  • 朱熹『三朝名臣言行録』→後集
  • 李幼武『宋名臣言行録』→続集、別集、外集
これ以後も「名臣言行録」はいくつも編纂され、その際に対象とする時代も、南宋、明と変わっていった。しかし複数の「言行録」が存在するとはいえ、幸か不幸か、我が日本ではふつう「名臣言行録」と言えば『宋名臣言行録』を指し、『宋名臣言行録』といえば朱熹の前集と後集を指すことになっている。したがって特に断りのない限り、『宋名臣言行録』なる書物が出て来れば、朱熹の前集と後集だと思って差し支えないだろう。


B.『宋名臣言行録』の体裁・内容

『宋名臣言行録』は朱熹と李幼武の各種ヴァリエーションが存在する。しかし李幼武は原則的に朱熹の『宋名臣言行録』をまねて作ったものであり、体裁(内容)的に同じものであり、朱熹の『五朝名臣言行録』と『三朝名臣言行録』は同じ体裁である。そこで以下では朱熹の『五朝名臣言行録』を利用して、体裁と内容の特徴を簡単に説明しておく。

『五朝名臣言行録』は全10巻から成っており、各巻に3人~9人の言行録を収めている(5人~6人が多い)。そして各人の言行録は、(1)名臣の官歴(某知事から翰林学士、そこから三司使等)が簡略に記される、(2)若い頃から歿年に至るまでの主要エピソードが列挙される、(3)名臣の生涯を通しての発言や態度が篇末に列挙される、の3種の構成になっている。ただし各巻にはふつう主要な名臣1人が置かれており、巻の大部分はその1人の言行録に費やされている。

さて、上の3種の構成のなか、(1)は単なる肩書きの列挙であるから問題ないとして、(2)と(3)はどのようなエピソードを集めているだろうか。例えば巻4の巻頭に配された畢士安は、全8条のなか、6条までを神道碑が占め、残りの1条は『蓬山志』、他の1条は出処を無記名の史料を利用している。

まず神道碑とは何であろうか。神道碑とは、碑銘文とよばれる伝記資料の一種で、通常は本人の死後、子孫や弟子が執筆した「行状」とよばれる比較的長文の伝記をもとに、名文家が製作したものである。これと類似にものに墓碑銘が存在する。この行状と墓誌銘、神道碑は各々役割があり、墓碑銘は墓の中に、神道碑は墓の通路(これを神道という)に置かれ、行状は朝廷に提出され、各々場所を変えて死者の顕彰に充てられることになっていた。したがって、この神道碑や行状、墓誌銘に、死者にとっての不都合な事跡が記載されることはまずない。それどころか時に事実を曲げるがごとき記載も少なくない。

では残る2条の『蓬山志』と出処無記名の史料的性格はどうであろうか。宋代には同時代人のことを記した多くの聞見録が残っている。また皇帝が変わるごとに歴史書(実録)が編纂され、またそれを重ねて国史が編纂されと、公式の歴史書も多く存在した。公式の歴史書は、『太宗実録』のごく一部を除き、全て散佚したが、北宋に限っては『続資治通鑑長編』などに引用されるものも少なくない。『宋名臣言行録』が採用した行状、墓誌銘、神道碑以外の史料は、概ねこの公式の歴史書(あるいはそれに準ずるもの)と同時代人の聞見録である。

行状、墓誌銘、神道碑が故人の顕彰を目的に記されたのに対して、公式の歴史書や同時代人の聞見録は、必ずしも顕彰のために記されたものではなく、時には故人の隠された悪事を暴露するものもある。したがってこのような史料をもちよって『名臣言行録』には、当然ながら名臣の知られざる素顔を除かせる逸話も紹介されていることだろう。しかし、ここで忘れてはならないのは、『名臣言行録』の目的である。本書はいわゆる歴史書ではなく、ましてや種本では全くない。『名臣言行録』はその名のごとく名臣の名臣たる事跡を記録したものであり、これをみて後人が自己を奮励させるものである。したがって、本書に引用される歴史書や聞見録も、ごく一部を除き、基本的には名臣の事跡を顕彰するためのものが多く、名臣の瑕疵については記されない。

さて、上の畢士安の場合は、大半が神道碑というやや極端な構成ではあるが、他の名臣の言行録も少なからず基本となるのは行状・墓誌銘・神道碑であり、そこに補足的に別の史料が附加されているに過ぎない。したがって、本書には名臣たちの「都合の良い言行」が収められた嫌いがないではなく、歴史資料や名臣の伝記集としては、少しく偏ったところがある。しかし名臣は一時代の著名人であり、また名臣どうしのつきあいも盛んである。そのため畢士安の言行録に見えない畢士安の欠点が、別の名臣の言行録に見えるということは多々ある。したがって各人の言行録にはややえこひいきの嫌いがないではないが、『五朝名臣言行録』全体を通して読むのであれば、名臣たちの事跡も、それなりに、公平に知ることができるよう配慮はされている。

なお「宋名臣言行録」には、「言」という文字が入っているので、もしかすると「言行録」ではなく「名言集」と思う人がいるかもしれない。後述する一部の抄訳には、事実上の「名言集」と化しているものもある。しかしそれは本書の体裁とはかけ離れたもので、本書は決して名言集ではない。上にあげた神道碑、行状、墓誌銘や各種資料には、確かに「名言」も含まれている。しかし本書はそのような名言を列挙したもの、あるいは名言を中心として行事を記したものではない。むしろその逆で、ある出来事があり、たまたま名言らしいものがその中に見られるというにとどまる。したがって名言集を求めて『宋名臣言行録』を探すと失望させられるので注意を要する。


C.『宋名臣言行録』の原本・訳本

『宋名臣言行録』は名前こそ有名であるが、原本・訳本ともに入手はかなり難しい。しかし原本で本書を購入したい人は、おそらくこのブログで調べることはなかろうから、以下、参考までに少しだけ触れておきたい。もちろん稀覯本の類は説明しないでおく。

(1)原文
一口に原文といっても、実は朱熹の『宋名臣言行録』には少し問題がある。朱熹の原本と、明代に流伝した本(張采本)の2種類が存在するからだ。しかも両者は単なる文字の異同のみならず、収録条数にかなりの異同がある。詳しい経緯は不明なところもあるが、まず朱熹の『五朝名臣言行録』が成立し、その後、名臣の言行録として不都合なものを削除した張采本が登場し、それが一世を風靡したらしい。この張采本は中国の明代で広く流通したのみでなく、遠く我が日本にまで伝来し、明治時代あたりまでは、朱熹の『宋名臣言行録』というとこの張采本を指すことになっていた。

張采本は、朱熹原本のダイジェストとまではいかないにせよ、朱熹原本から名臣の言行録としてふさわしい逸話やおもしろい条文を抜萃し、また原文の若干読みにくい部分や宋代にのみ通用する箇所を削除したものである。そのため通読に便利であるばかりか、名臣の悪事を記さぬ張采本の方が、むしろ『名臣言行録』の名にふさわしいところもある。しかし張采本が朱熹の原本でないことは確かなので、朱熹の原本が容易に見られるようになった現在、張采本を利用する必要はほとんどないだろう。したがって、もし『宋名臣言行録』の原本を入手しようと思うのであれば、張采本ではなく、まず朱熹の原本を入手すべきだろう。

朱熹の原本は『四部叢刊』なる叢書に収録されており、研究室にいる人であれば容易に見ることができる。とはいえ、そういう人はこのブログを見ないであろうし、研究室にいない人には無意味な情報だろう。また現在、『四部叢刊』本体は容易に入手できず、また出来ても相当な高額になる。したがって原本の入手経路も限られる。
  • 宋史資料萃編』……このシリーズの1つに『宋名臣言行録』が収録されている。朱熹と李幼武の両方を収める。影印本で、当然ながら句読などは一切ない。分売可。ただし値はかなり張る(高畑書店で1万3千円くらい)。
  • 朱子全書』……このシリーズの1冊に朱熹の『宋名臣言行録』2種(五朝と三朝)を収め、李幼武のものは未収録。校点本で整理も行き届いている。ただし『朱子全書』全巻セットでしか購入できない。書虫の特価で6万円を越える。
  • 拇指数据庫……原文の画像とテキストデータを両方を収録するUSBメモリ。本文の検索もその原文も両方確認できるすぐれもの。東方書店の記事を参照。なお本書の利用にはユーザー登録が必要だが、個人情報の扱いがどうなっているか私は知らない。
  • 凱希メディアサービス……これは原文の画像はなく、テキストデータのみであるが、検索ができて便利だろうから一応載せておく。北九州中国書店の検索で「言行録」とすれば幾つか出て来る。朱熹と李幼武の両方が購入可能で、各々3000円。
なお『四部叢刊』所収の『宋名臣言行録』は、確かに最善の本ではあるが、一部に欠落がある。そのため『朱子全書』では可能な限り原史料にあたり、関係文献を脚注に加えている。上の画像データは四部叢刊本を底本にデータ化したらしいが、欠落部分をどのように処理したのかは、筆者未見につき、分からない。もし購入を考えている人がいるなら、前もって書店に聞いておいた方がいいだろう。

(2)訳本
長くなったので、訳本の一覧はこちらの記事にまとめなおした。


D.朱熹編『宋名臣言行録』の構成

朱熹の『宋名臣言行録』は『五朝名臣言行録』と『三朝名臣言行録』の2つがある。いずれも対象範囲は北宋にとどまり、しかもその崩壊期の欽宗一代は含まない。模式的に収録範囲を挙げると以下の通り。
  • 五朝‐太祖、太宗、真宗、仁宗、英宗
  • 三朝‐神宗、哲宗、徽宗
ただし各皇帝の時期に活躍した名臣がその皇帝の朝に入っているとは限らない。例えば、韓は仁宗後半から活躍を始め、英宗の擁立に功績があり、絶大な権力を握った名臣だが、死んだのが神宗の時期とあって、その言行録は『三朝名臣言行録』に収められている。このような事例は多々見られるところで、実質的には下のような区分になる。
  • 五朝‐太祖~仁宗中盤までに活躍した名臣
  • 三朝‐仁宗末期~徽宗最初期に活躍した名臣
収録人物は下に掲げたので、それを参照していただきたいが、本書に名臣として取られた人物は、現在でいうところの政治家・学者・軍人に限られ、商売人はいない。もちろん悪名を馳せて有名な人間、例えば丁謂や王欽若、夏竦、章惇、曾布、蔡京などの言行録は一切存在しない。

しかし現実の政治は、そのような「姦臣」との戦いの中で進むのだから、彼らの事跡を知らずに本書を読んでも、おもしろ味は半減する。いや、そもそも政治事件を全く知らずに本書を読んでも、その意味するところは分からないだろう。宋代の歴史に興味がなく、単に本書にのみ興味を持った人は、簡単なものでいいので、あわせて北宋の歴史も読まれることをお勧めする。ただしその場合は、やや古めの概説書を読んだ方がいい。最近の中国史の概説書(中国の歴史や世界の歴史の一部)は、最近の学者の好みが入っており、古典的世界を楽しむための書物としては不適切なばかりか、有害なときすらある。学者のいう真実を盲信するのは危険である。

なお朱熹の『宋名臣言行録』に対しては、宮崎市定氏の「宋代の士風」(『宮崎市定全集』第11巻)が参考になる。


E.李幼武編著『宋名臣言行録』の特徴

李幼武の『宋名臣言行録』は朱熹の続編であるが、収録範囲は北宋末期(徽宗末期)~南宋最初期に限られる。
  • 続集(8巻)……北宋末~南宋初期に活躍した人々。政治家が多い。
  • 別集上(13巻)……北宋末から南宋前半に活躍した人々
  • 別集下(13巻)……南宋政権確立に活躍した文武官
  • 外集(17巻)……道学者の伝記

別集下には李綱・趙鼎という現代の日本では無名であるが、古典的世界では極めて有名な人々のほか、岳飛・韓世忠など日本でも「抗金の名将」として知られる武将の伝記逸話が記されている。また外集の冒頭には「道統伝授之図」が配され、それ以下、周敦頤などの道統継承者の伝記が掲載されている。外集の半分くらいは朱熹の『伊洛淵源録』と同じで、そこに朱熹・呂祖謙など南宋の道学者の伝記を加えたものに過ぎない。ひろい意味で外集は朱子学者の伝記一覧であり、「名臣言行録」の名に恥じる部分である。普通の人は読まなくてよい。


F.『宋名臣言行録』収録人名一覧

以下,本書収録の人名だけあげておく。現代の日本ではまったく無名な人間が多いが、当時は有名だった。

○五朝名臣言行録
巻1:趙普/曹彬/王質/竇儀/李/呂蒙正/張齊賢
巻2:呂端/錢若水/李/王旦
巻3:向敏中/陳恕/張詠/馬知節/曹瑋
巻4:畢士安/寇準/高瓊/楊億/王曙
巻5:王曾/李迪/魯宗道/薛奎/蔡齊
巻6:呂夷簡/陳堯佐/晏殊/宋庠/韓億/程琳
巻7:杜衍/范仲淹/种世衡
巻8:龎籍/狄青/呉育/王堯臣/包拯/王徳用
巻9:田錫/王禹偁/孫奭/李及/孔道輔/尹洙/余靖/王質/孫甫
巻10:陳摶など/胡瑗/孫復/石介/蘇洵

○三朝名臣言行録
巻1:韓
巻2:富弼/欧陽脩
巻3:文彦博/趙概/呉奎/張方平
巻4:胡宿/蔡襄/王素/劉敞
巻5:唐介/趙抃/呂誨/彭思永/范鎭
巻6:曾公亮/王安石
巻7:司馬光/司馬康
巻8:呂公著/呂希哲
巻9:曾鞏/曾肇/蘇軾/蘇轍
巻10:韓絳/韓維/傅堯兪/彭汝礪
巻11:范純仁/王存/蘇頌
巻12:劉摯/王巖叟/劉安世
巻13:范祖禹/鄒浩/陳瓘
巻14:邵雍/陳襄/劉恕/徐積/陳師道

◎『宋名臣言行録続集』
巻1:黄庭堅/任伯雨/江公望/豐稷/陳過庭/陳師錫
巻2:呉敏/曹輔/孫傅/許份/錢即/种師道
巻3:傅察/劉韐/程振/李若水
巻4:歐陽/宇文虚中
巻5:洪皓/張邵/朱弁
巻6:張叔夜/張克戩/鄭驤/向子韶
巻7:孫昭遠/郭永/楊邦乂
巻8:呂祉

◎『宋名臣言行録別集』上
巻1:李邴/權邦彦/張守
巻2:陳康伯/范宗尹/朱倬
巻3:張/鄭㲄/滕康/王庶/沈與求/汪/周麟之
巻4:葉夢得/程瑀/王大寶
巻5:廖剛/胡舜陟/衛膚敏/陳公輔/陳戩
巻6:張闡/王縉/杜莘老/黄龜年/辛次膺
巻7:汪藻/綦崇禮/呂本中
巻8:王居正/胡寅/潘良貴
巻9:呉玠/呉璘
巻10:周葵/王庭珪/范如圭/翁蒙之
巻11:向子諲/向子/陳規
巻12:趙密/王/張子蓋/李寶
巻13:李彦仙/趙立/魏勝

◎『宋名臣言行録別集』下
巻1:李綱
巻2:呂頤浩/朱勝非
巻3:張浚
巻4:趙鼎
巻5:宗澤
巻6:楊沂中/韓世忠
巻7:劉光世/張俊
巻8:岳飛
巻9:張九成/晏敦復
巻10:劉
巻11:李顯忠
巻12:劉子羽
巻13:胡銓

◎『宋名臣言行録外集』
(道統伝授之図)
巻1:周敦頤
巻2:程
巻3:程頤
巻4:張載
巻5:邵雍
巻6:呂希哲/朱光庭/劉絢/李籲/呂大鈞/呂大臨/蘇
巻7:謝良佐/游酢
巻8:楊時/劉安節
巻9:尹焞/張繹/馬伸/孟厚/侯仲良/周行已/王蘋/李郁
巻10:胡安國
巻11:胡宏/胡憲/劉子翬/劉勉之/李侗/朱松
巻12:朱熹
巻13:呂祖謙/張栻
巻14:魏挺之/劉清之
巻15:陸九齡/陸九淵
巻16:陳亮
巻17:蔡元定/蔡沈


以上。面倒なのでとりあえず書いてみた。そうそう「智の館」というところで本書の解説をしていた。結構おもしろかったので紹介しておく。

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宋名臣言行録

これから購入して

頑張ります!!

Re: 宋名臣言行録

当時の官名や俗語などが多く、書名に反して手軽な書物ではないですが、お読みになるのでしたら頑張ってください。
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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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