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『南狩録』序文(味池修居)

(追記:2010/02/06)
南学・秦山・崎門関係の記事はサイトの方に改訂整理しました。以下は拍手をいただいた記念に残しておきますが、間違いは訂正していません。
(以上、追記終わり)

こちらも崎門関係の学者の発言。三宅尚斎の弟子・味池修居の著『南狩録』の序文。全体的に跡部氏の『南山編年録』よりも漢学者的な感じがしますね。特に正統観念をあっさり天下一統に持ってくるあたり,跡部氏のような日本的(?)な粘っこさがなくて好感が持てる。大義を重んずること跡部氏と同じとはいえ,こちらは帝系一尊の一姓のと云わないところ,さすがに正統派の朱子学者なのだろうか。本文を読んでいないのでなんとも云えないが......。なお底本は岡直養氏校訂の『南狩録』(文成社印刷所,昭和6年)。

*2009/01/30改訂

南狩録序(享保十九年,味池修居)

名分の学 明らかならざれば,則ち綱紀 壊れ,万事 廃れ,国 随って亡ぶ。昔日 衛国の乱るる,子路 之を治むる所以を問う。夫子 之に告げて曰く「必ずや名を正さんか」と。夫れ天下国家を治むる,大体の首務,綱紀を維持するより急なる莫し。而して綱紀の実,名分より重きは莫し。故に名分 正しければ則ち綱紀 張り,而して上下 治まる。名分 正しからざれば則ち綱紀 壊れ,而して簒奪 起こる。天下の治乱,此に由らざる莫きこと,歴歴 見るべし。

後醍醐天皇 文保年中より,後亀山天皇 中元の末に至る,凡そ六十余年,僭犯刧奪の賊,相尋で起こり,王子を挟みて帝と為し,遂に南北 統を分かち,乾綱解紐し,絶えざる綎の如く,国家の衰乱,生民の塗炭,殆んど斯に極まる。亦た名分の正しからず,綱紀 張らざるに由るのみ。夫子の言,万世に徴すべき,此に於いてか昭昭たり。

近世 伝うる所の王代編年,及び諸家の伝記,南北皇統を議する者,往往 帝室の衰弱,北主の強大なるを見,異論紛紛,或いは直ちに北朝を以て正統と為る者有り,或いは南北を以て両統と為し,仍て北朝を主とする者有り。此れ皆 大義を失い名分を紊るの甚だしき者なり。

蓋し衰替凋残,播越流離,一旅一成の微と雖も,伝授の命有り以て登極する者は,直ちに正統を以て之に帰し,位号を攘み自立する者は,淫威重勢,一時を傾動すと雖も,黜け書して以て賊と為す。而して其の天下を統一し,号令 四海に訖たり,所謂一旅一成の微なる者も,亦た漸尽(*1)して遺る無きに至りては,則ち正統を以て之に帰す。此れ春秋綱目の大法,万世に亘りて易らざる者なり。

南帝の如き,凋残衰弱,一旅一成の若かずと雖も,世世相承け,璽を奉じ命を伝うる,歴歴 此の如ければ,則ち帝系の本統と為る,大義明白,疑うべき者無し。而して後亀山天皇 神器を北主に伝え,北主 帝を尊び太上天皇と為るに及び,則ち天下一統,南北の分無く,北主を天地人神の主と為れば,則ち帝系の本統 茲に帰す。此れ春秋綱目の大法,亦た何ぞ疑んや。

頃日 議論 偶々此に及び,因りて伝記の載する所を抄録し,以て宝祚授受の序を明らかにし,且つ一時の君に忠し国に殉うの士を採りて,以て其の間に附し,題して南狩録と曰う。若夫れ朝廷興衰の幾,及び忠臣 節に死するの事,歴挙備載する能わずと雖も,然れども南北皇統真偽正潤の大義に於いては,則ち其の梗概を覩るべしとしか云うのみ。

享保甲寅夏五月十二日

味池修居 識す



(*)訓点の適否については詳細不詳ながら,底本附載の岡氏所蔵本(写真)にも返り点があるので,今回は原則として底本の訓点に随った。
(*1)「漸尽」は「澌尽」の誤。


南狩録序(享保十九年,味池修居)
名分之学不明,則綱紀壊,万事廃,国随而亡矣。昔日衛国之乱,子路問所以治之。夫子告之曰:必也正名乎。夫治天下国家,大体首務,莫急于維持綱紀。而綱紀之実,莫重乎名分矣。故名分正則綱紀張,而上下治。名分不正則綱紀壊,而簒奪起矣。天下之治乱,莫不由于此,歴歴可見矣。後醍醐天皇文保年中,至後亀山天皇中元之末,凡六十余年,僭犯刧奪之賊,相尋而起,挟王子為帝,遂南北分統,乾綱解紐,不絶如綎,国家之衰乱,生民之塗炭,殆極於斯焉。亦由於名分不正,綱紀不張而已矣。夫子之言,可徴乎万世,於此乎昭昭矣。近世所伝王代編年,及諸家伝記,議南北皇統者,往往見帝室之衰弱,北主之強大,異論紛紛,或有直以北朝為正統者,或有以南北為両統,仍主北朝者。此皆失大義紊名分之甚者也。蓋衰替凋残,播越流離,雖一旅一成之微,有伝授之命以登極者,直以正統帰之,攘位号自立者,雖淫威重勢傾動一時,黜書以為賊矣。而其至統一天下,号令訖四海,所謂一旅一成之微者,亦漸尽而無遺,則以正統帰之。此春秋綱目之大法,亘万世而不易者也。如南帝雖凋残衰弱,一旅一成之不若,世世相承,奉璽伝命,歴歴如此,則為帝系之本統,大義明白,無可疑者矣。而及後亀山天皇伝神器於北主,北主尊帝為太上天皇,則天下一統,無南北之分,北主為天地人神之主,則帝系之本統帰於茲焉。此春秋綱目之大法,亦何疑哉。頃日議論偶及乎此。因抄録伝記所載,以明宝祚授受之序,且採一時忠君殉国之士,以附其間,題曰南狩録。若夫朝廷興衰之幾,及忠臣死節之事,雖不能歴挙備載,然於南北皇統真偽正潤之大義,則可覩其梗概云爾。
享保甲寅夏五月十二日
味池修居識



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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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