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四庫提要(春秋存目・宋元02)

追記(2009/03/15):以下の翻訳はこちらのページ(別館:公孫樹内)に訳し直しました。

『春秋道統』2巻

○両江総督採進本

本書はわずか上下二巻であるが,小字の鈔本で八冊もある。撰者の氏名はなく,ただ巻頭に乾道八年の晉江の傅伯成の序文があり,「元祐年間に春秋博士の劉絢質夫が作った」と言う。陳振孫の『書録解題』には劉絢の『春秋伝』を載せているが,〔書名に〕「道統」の文字はない。また『文献通考』は十二巻,『玉海』は五巻といい,〔本書の〕二巻と合致しない。さらに振孫は「〔劉絢の〕解釈は明白簡明である」と指摘するが,この本に解釈はなく,ただ左氏伝を要約しただけで,まま公羊伝・穀梁伝・国語や諸家の学説一二条を摘録するに過ぎない。また伝文に節録が多いだけでなく,経文すらも一二字を摘録するに止めている。宋人の経解だと偽る明代の書物にも,他にこのような例は存在しない。

序文に「何休学」の三文字を人名だとしているが,これなどは極めて程度が低い間違いである(*1)。また「後世,春秋に功績のあったものは,杜預と林堯叟である」と指摘しているが,林堯叟は南宋中頃の人である。伯成のこの序文は南宋の初期(*2)に作られたはずなのに,どうして〔林堯叟の書物を〕見ることができたのだろうか。また「杜林合註」(*3)は明代末期の書肆が売り出したものだが,伯成はなぜ「杜林」と併称し得たのだろうか。また伯成は〔南宋の〕慶元初期に太府丞となり,宝暦初期に始めて龍図閣学士を授けられた。序文の書かれた乾道八年壬辰の頃,伯成は進士になったばかりである。前もって龍図閣学士の身分を記し得るだろうか(*4)。誤謬は多々あり,全てを挙げることはできない。偽書の杜撰なこと,本書以上のものはあるまい。巻首に蔵書印があるが,一人の手になったものであろう,信ずるに足らない。

『四庫全書総目提要』巻30



(*1)「何休学」は「後学の何休」というような意味。何休は公羊伝の注釈書を書いたことで有名。本書の編者は「学」の意味が分からず,「何休学」の三字を人名だと思ったのだろう(おそらく何・休学)。普通の知識人では間違いようのない間違いである。
(*2)序文に乾道八年とあるのによる。
(*3)杜林合註は杜預と林堯叟の注を合わせたもの。略して杜林合註という。
(*4)この件は分かり難い。恐らく序文に「龍図閣学士傅伯成」とあったのだろう。
(*)本書は現存しないらしく,提要の内容の是非は確かめられない。

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