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待ち望まれた本

きょう書虫を見ていたら,『春秋大義』というのが売っていた。どうせまたしょーもない本だろうと思いはしたものの,目次が掲載されていたのでそれをちょいと拝見したところ......感動した。中国のことだからいずれこういう研究をしてくれるとは思っていたが,ようやくやってくれた。全くもって恐れ入る話だ。

春秋学は左氏伝をつかって経文をよむ学問だと思っている人がいる。もちろんそういう流儀の一派もあるのだが,あくまでもそれは一派であり,春秋学のすべてがそうなのではない。春秋学の本義は経文を直に読解するところから生まれるというのは,春秋学に於けるもっとも正統的な方法である。随って,春秋学を志すものは,当然ながら経文を軸に研究していく必要がある。

しかし経文を軸に研究するとはいっても,その研究過程はいざしらず,最終的な結論は当然ながら個々の経文に対する解釈として結実させることが望まれる。もし春秋の大義を現代の論文形式で発表するとなると,それはもう春秋学でもなんでもなく,春秋を利用しただけの別個の学問になってしまう。その典型的な学問が,春秋学の歴史の学とでも言うような,歴史学の一部としての春秋学史であることは論を待たない。

それはともかく,本書の目次を見たところ,筆者は経文一条ごと(もちろん連続する経文を一条に数える場合もあるであろう)に著者の考えを付しているようである。少しく羅列的な印象を受けないではないが,総論を書いただけで春秋が分かった気にでもなっている普通の学者よりはよほど気持ちいい研究方法である。随って形式面だけからいえば,著者は頗る春秋学の正統的研究者である。内容はまだ見ていないので知らないが,少なくとも学問は形式あってのものである。

人間にせよ学問にせよ,形式があってはじめて中身が伴うものである。換言すれば,外見的に引き締まることによって,はじめて内面が鍛えられる。外見がふやけていながら内面が引き締まった人間などいない。(*1)その意味から言えば,もし本書の内容に満足のいかぬところがあったとしても,研究方法の第一歩が正しい以上,自ずから研究の進展につれて正しい解釈に落ち着くはずであり,まったく気にする必要はないであろう。

(*1)その意味で私は『大学章句』八条目の配列は極めて正しいと思っている。日本人にこれを疑う人がいるのには頗る不満を持っている。

以上,本書を見て少しく感動と興奮を覚えたので書き付けておいた。(あー,でもいちおー言っておくと,私は本書を推薦しているわけじゃないので。本書を読んでつまらなかったとか文句を言われても困る。こういう現代では荒唐無稽として退けられた研究方法を敢えて選んだところに,感動を覚え,また正しさを感じたというだけだから。お間違えなきよう。)

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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