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『春秋学入門』1-2

サイトの方に改訂版を公開しました。改訂済みの訳文は『春秋学綱要』と改題し、こちらサイト本館)にあります。なおブログ掲載の訳文は、煩瑣を避けるため、補注を削除しております。ご了承ください。
○最終更新日:2009/11/01

第一論文

(つづき)

〔天子の事〕

世の秩序が守られておれば、天理はもとより明らかであり、人の心もまた正しい。そのため天下の人々は、天下の是非を尺度にして、身の振り方を考える。しかし世の秩序が暗がると、天理は衰え、人の心も濁ってしまう。そのため天下の人々は、我が身の利害を天下の是非だと考えるようになる。

世のいわゆる乱臣賊子は、好き勝手に人欲のまま振る舞い、天理を失ったものどもであるが、是非の心が全くないとは言えない。だから好き勝手に振る舞い、制御すべきものがないときでも、その実、心の中では自分の振る舞いが道理に反していることを知っており、人が自分を非難することを憎みもするのである。しかしそのわずかに残った天理も、日々侵蝕を続ける人欲に打ち克つことはできない。そのため心を惑わせ、正しき状態に戻ることができず、どんな悪事にも手を出すようになる。道理に反することだと知りながら、平然としておれるようになる。こうなれば天下の是非を乱してでも、自分に対する非難を逃れようとする。ましてや幸いにも、正しき法によって罪を正すことのできる、道理に明るい君主はいない。そればかりか、さらに幸いなことに、世の秩序は狂い、人の心は曲がり、人々は自分の見慣れた世の有様を正しいと思い込んでいるのである。道理に悖った振る舞いを非難するものはいないのである。ならば乱臣賊子にとって、幸運な上にまたなんと幸運なことであろう。

だから唐虞三代(*5)までの世の中は、天理はもとより明らかであり、人の心もまた正しく、是非善悪の基準も定まっていた。そのため不善を働く人は、刑罰や拷問を加えるまでもなく、おのずとこの天地の間に身の置きどころがなくなった。ところが世の秩序が崩れると、天理は狂い、是非善悪の秩序も顛倒してしまった。かくして乱臣賊子は、ようやくその身の置きどころを手に入れたのである。ただ礼楽征伐が王から発せられなくなっただけのことではないのである〔補9〕。

孔子が『春秋』を作ったのは、つまるところ、是非の道理を明らかにし、この天下と将来に教えを示すためである。是非は人の心にやどる共通の道理である。もし聖人がこれを明らかにすれば、おのずと人々の心にしっくりくるものがあるだろう。ならばあの乱臣賊子であっても、これを知れば、上っ面では平気ぶっても、心では懼れるだろうし、人前では平気ぶっても、人知れぬところでは懼れるだろう。刀や斧を前にしては懼れずとも、一人たたずむときには懼れるだろう。人欲が日々侵蝕を続けるときには懼れずとも、天理がわずかでも兆したときには懼れるだろう。これこそ天理を扶持し、人欲を止めた功績である。なんと偉大なことではないか。孟子が決然と治世の功ありとみなしたのは、ここに鑑みてのことであろう。

古代の聖王たちが作った綱紀や法度が全く失われ、天子の礼楽征伐の権が全く制御できなくなったとき、わずかに頼みとし得るのは、人の心に宿る是非の公理(*6)だけである。しかしそれまで顛倒錯乱し、全てが曖昧になってしまったとき、天地と人は何を頼りに正しく生きればよいのだろうか。人としての正しいあり方は、何を頼りに守ればよいのだろうか。これ〔を明らかにしたこと〕こそ、『春秋』なる書物が万世にわたり称えられる理由である。ところが世の学者は孟子の真意が分からず、『春秋』は聖人が善を賞め悪を罰するために作った書物だと考えるようになってしまった〔補10〕。孟子の言う「天子の事」は、ただの賞罰の権になってしまったのである。そもそも「天子の事」がただの賞罰の権に過ぎず、道理に従って民を安寧に導く責任を問わないのであれば(*7)、それは劉氏など漢朝以後の君主(*8)のことに過ぎない。唐虞三代の天子のことではないのである。この種の発言をするものは、ただ『春秋』について理解が足らないばかりか、「天子の事」についても分かっていないのである。

〔訳者注〕
(*5)唐虞三代‐唐は陶唐氏(堯)、虞は有虞氏(舜)、三代は夏・商・周の三王朝を指す。聖王が天下を治めた理想の時代を意味する。
(*6)是非の公理‐是非という天下に共通の天理という意味であろうか。
(*7)道理に従って‐本論冒頭の『尚書』湯誥の言葉。(*1)および〔補4〕を参照。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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