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恵公仲子

どーでもいい話ですが,隠公元年に「秋七月天王使宰咺來歸惠公仲子之賵」という経文があります。この経文,解釈上いろいろ問題があります。その中の一つに「恵公仲子」の読み方というのがあります。

第一に,左氏伝と公羊伝の訓で,「恵公と仲子」とするもので,この場合は二人のことになります。もう一つは,穀梁伝の解釈で,「恵公の仲子」と訓み,仲子一人を指すとします。

(1)左氏伝:惠公と仲子
傳:秋七月,天王使宰咺來歸惠公仲子之賵。緩,且子氏未薨,故名。
(2)公羊伝:惠公と仲子
其言惠公仲子何。兼之,兼之非禮也。何以不言及仲子。仲子微也。
(3)穀梁伝:惠公の仲子
母以子氏,仲子者何。惠公之母、孝公之妾也。禮,賵人之母則可,賵人之妾則不可。君子以其可辭受之。其志,不及事也。

左氏伝は「緩,且つ子氏は未だ薨ぜず」で,公羊伝は「之を兼ぬ」で,恵公と仲子の二人に賵が贈られたことが分ります。

穀梁伝は少し微妙ですが,二伝と異なり,仲子を恵公の母,孝公(恵公の父)の妾として,「人の母に賵するは則ち可,人の妾に賵するは則ち可ならず。君子は其の可の辞を以て之を受く」と解しますから,恵公の仲子に賵を贈ったことになり,随って賵を贈られたのは仲子一人ということになります。

もっとも穀梁伝の「君子以其可辭受之」を上のように読むのは,鍾文蒸の学説に従った場合で,他にも「君子は其の可を以て之を受くるを辞す」,「君子,其の辞すべきを以て之を受く」というのもあります。後者はやや厳しいように思いますが,前者はどうでしょうね。

それだけなんですけどね。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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