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『秦山集』を読む

(追記:2010/02/06)
南学・秦山・崎門関係の記事はサイトの方に改訂整理しました。以下は拍手をいただいた記念に残しておきますが、間違いは訂正していません。
(以上、追記終わり)

幸運なことに『秦山集』全巻を読む機会を得た。いや,『秦山集』を読み得る機会を得たと言う方が正確で,まだ全部に目を通したわけではない。

『秦山集』は谷重遠の著書を集めたものである。谷重遠は秦山(ジンザンとよむ)と呼ばれたので,『秦山集』と名付けられたものである。谷秦山は土佐の国に生まれた江戸中頃の学者で,山崎闇斎とその高弟・浅見絅斎に従学した人物である。やや特異な人で,朱子学と神道を混ぜて研究し,天文地理にも造詣が深かった。土佐南学の中心的人物である。

『秦山集』は分量的にそれほど多くない。もしかしたら日本人の著作としては多いのかも知れないが,同時代の中国人の文章量に比べると,かなり少ない。私が見た本は,明治時代に子孫の谷干城(熊本城で西郷軍と戦った人)が出版した和装本で,全5冊。1冊120~200丁くらいだから,5冊で1000丁くらいになる。例の1/4縮刷で発売されたら,130枚250頁前後になるから,その分量は推して測るべしである。

内容は第1冊が詩,第2冊が書簡と雑著,第3冊~第5冊の途中まで雑著,第5冊後半に題跋などの雑文があり,最後に谷氏族譜,秦山の子・垣守の跋文がある。なお本書巻末には,明治時代に実際に出版整理にあたった松本豊多氏の秦山先生小伝が付されている。なお第3~5冊の雑著は,甲乙録(第3冊),丙丁録,戊己録,庚辛録,壬癸録(1~3までが第4冊。4以下が第5冊)に分かれている。

甲乙録は1~8までが秦山幽閉前の学問論議,9以降は神社の考証などに充てられている。丙丁録,戊己録,庚辛録は秦山の知見が書かれてあるようだが,まだ詳しく見ていない。壬癸録の大半は渋川春海の言葉を書き綴ったもので,天文に関するものがほとんどのようである。なお甲乙録の1~8は『土佐國群書類従』に収録されている。

と,ご存じの人には無価値な,知らない人にも無意味な記事を列挙してしまったが,ぱらぱらと読ませてもらったところ,1つ面白い記事があったので,ちょっと紹介してみたい。ちなみに秦山の思想を窺うに価値ある資料ではなく,単に私の好みで選んだだけなので,深く考えてもらっては困るので,それだけはあらかじめ断っておく。

『綱目』の凡例,朱子すでに没して,ほとんど湮淪す。王魯斎の力を極めて探索するに頼りて,復た世に行うことを得(咸淳乙丑)。然るに尹起莘 「発明」を作り,劉友益 「書法」を作る(二人,みな宋人)。みな未だ凡例に考えざれば,則ち王が本もまた久しからずして晦蝕するなり。その後,八十年を経て,至正壬午に至りて,新安の倪士毅 再びこれを得て,梓に鋟して以て伝う。今の本は即ちこれにして,汪克寛が「考異」,徐昭文が「考証」(二人,みな至正中の人),共にこれに拠りて作り,紛々の論,遂に定まる。蓋し王・倪の功,実に尹・劉の数百万言の上にありて,而して尹・劉の一生の研精覃思する所,徒に一箇の妄作を成すのみ。学は要を知るを貴ぶ。豈に信ならざらんや。刊本 宜しく「発明」「書法」を削り去り,ひとり「考異」「考証」を附刻するのみにして可なるべし。(『庚辛録』一。原漢文)



要するに,朱子の『通鑑綱目』凡例は朱子その人とともに埋没したが,王柏(魯斎)のおかげで復活した。しかし尹起莘や劉友益は『綱目』に対して「発明」 「書法」を作ったが,『綱目』凡例をよく理解していなかったので間違いだらけだった。そして時代がたつと王柏の本も消えてしまった。その八十年後,倪士毅(元の人)がふたたび『綱目』を発刊し,さらに汪克寛等が「考異」「考証」を書いたが,それは朱子の凡例に基づくものだった。これによって『綱目』の意味はようやく明らかになった云々,というものである。

それ自体はどうでもいいのだが,私が興味を引かれたのは,「尹・劉の一生の研精覃思する所,徒に一箇の妄作を成すのみ。学は要を知るを貴ぶ。豈に信ならざらんや」というところである。「尹劉両氏の一生をかけた研究は,まっくの間違いで,無駄だった。ここに鑑みても,学問はその要を知らればならぬことが分かる」というのだが,この「一箇の妄作を成すのみ」に笑ってしまった。私のことを言ってるのかね,と。

確かに秦山のいうことに道理を感じる。しかし敢えて言わせてもらえば,事の本質は「学は要を知るを貴ぶ」の「要」が何かという点ではないか。人が同じ目的や同じ価値を信じられるというのなら,秦山の主張は至当であろうが,その根本にある「要」が違っておればどうであろう。

人はみな同じ目的に向かって進もうとするわけではない。正反対の方向に向かう人間に,それは間違っていると言ってみたところで,「おまえが間違っているのだ」と言い返されるだけではないか。しかもその進む方向とは,ほとんど学問や思考によって変更できるものではなく,むしろその学問や思考そのものを,より本質的に規定するものである。

秦山の発言には感動を覚えるが,この発言の先を聞いてみたい気もする(なにを言われるかだいたい想像できそうだが)。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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