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『秦山集』を読む(3)

(追記:2010/02/06)
南学・秦山・崎門関係の記事はサイトの方に改訂整理しました。以下は拍手をいただいた記念に残しておきますが、間違いは訂正していません。
(以上、追記終わり)

引き続き『秦山集』28以降を読む。今回は28~30の『戊己録』のみ。『庚辛録』と『壬癸録』は次回以降に感想を書きたい。

『秦山集』28~30には『戊己録』が収められている。内容は前巻同様,講学雑記といった感じのものだが,前巻が日本に関することだったのに対して,『戊己録』は純然たる漢学に関するものである。薛敬軒や李退渓,歴代諸儒に対する論評が数多く見られ,殊に薛敬軒にはとりわけ高い評価を加えている。なお『戊己録』も『土佐國群書類従』所収『秦山随筆』2~4に収録されている。

『戊己録』は1~3まである。まず戊己録一(『秦山集』巻28)は二十代後半のものを,戊己録二(同巻29)は三十代前半のものを収めている。二には詩経や四書に関する議論のほか,文末に『朱子文集』『近思録』の抜粋が見られる。

戊己録三(『秦山集』巻30)は文章中に年代を断定できる記述が少なく,執筆時代を特定するのは難しいが,上の2巻から少し飛んで,四十代後半から五十代にかけての記録,つまり秦山最晩年の記録のようである。最後には次男の死亡記事があり,秦山の哀痛の様が感じ取れる。内容の特徴は,『朱子語類』からの引用が多く,師匠の闇斎や同門の絅斎・直方に対する批評も存在する。総じて他著の論評が多い。若干の考証もある。

秦山の講学記録は幽閉前のものが多い。そのため秦山幽閉後の精神的進展を知るにはやや不足気味である(これらは書簡に伺えるとはいえ)。その意味で戊己録三は面白い資料である。ただ分量的に決して多くなく,他書の引用が多く,秦山その人の感想が少ないため,期待するほどの収穫は得られなかった。しかし子供達を相ついで失った秦山が,「運命は前定されている」「人生の目的は義理の当然を尽くすことだ」といって納得しようとする姿勢には,朱子学者としてのある種の美しさが感じられる。

明道先生,至誠は神明に通ず。而るに九子を生み,六人 先に卒す。土津霊社,亦た近世の有徳君子。而るに十子を生み,八人 早世す。吉凶禍福,各々自ずから前定し,奈何すべからず。予 累りに子を喪い,悲哀 気を出す能わず。其れ命を知らざること甚だし。(乙未)

子孫の衆多を願うも得べからず,壽命の長久を願うも得べからず,爵禄の裕厚を願うも得べからず,身世の優閑を願うも得べからざるは,命なり。命に於いて知る有れば,凡そ為にする所有りて為る者は,皆な徒為のみ。豪髪も効を得る能わざるなり。然れば則ち人世一生,惟だ義理の当然を尽くすを,究竟の手段と為すのみ。『易』に曰く,君子は命を致して志しを遂ぐ,と。至れり。

死生はみな天命なり。花雲が子,百死の理あり。而るに竟に免かる。豈に人謀の能く及ぶ所ならんや。

周新 直臣,枉殺を免れず。此れ天命なり。吉凶禍福 善悪邪正と契勘せざるや,此の如し。命を知ること難からんや。

『秦山集』30(原漢文)


精神的に強靱な人間は,近しい者の死に対しても強い態度で臨む。その意味からすると,子供の死を嘆く秦山には一見すると人間的弱さを感じもする。しかし自分の心に潜む弱さ未熟さを率直に見つめ,さらなる人間的向上を目指すところに秦山の魅力を感じる。

今日は『庚辛録』まで進む予定だったが,時間がなかったので明日に回すことにした。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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