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『春秋学入門』4-1

サイトの方に改訂版を公開しました。改訂済みの訳文は『春秋学綱要』と改題し、こちらサイト本館)にあります。なおブログ掲載の訳文は、煩瑣を避けるため、補注を削除しております。ご了承ください。
○最終更新日:2009/11/01

第四論文

世変

〔世変〕

春秋を読むものは、まず大義(*1)を明らかにし、次いで世変を知る必要がある。

では世変とは何か。春秋の始まりは、世道(*2)が一変したことを示している。春秋の終わりもまた世道が一変したことを示している〔補1〕。劉知幾はこう言った。――「孔子の歴史叙述は、堯舜に始まり、獲麟に終わる」と(*3)。『尚書』終篇が春秋の篇端に当たるためこう言ったのだろう。孔子は『尚書』を編纂したとき、文侯之命で終わらせた(*4)。それは文侯之命が平王の始年だからである。そして〔『春秋』の始まる〕隠公の初年は平王の末年である。平王が即位したとき、不倶戴天の仇に報いぬばかりか(*5)、文侯に命を与えては、「汝は功労多く、我を艱難から救ってくれた。患いは既に止んだ。汝にひと樽の秬鬯を授けよう。功は既に報いた。汝は帰って汝の民を見てやり、汝の国を安んぜよ。国家にもはや騒動はない」と言った(*6)。この一篇を読んだだけでも、もはや周室復興に望みのないことは明白である。しかし聖人はなおも〔周の天命を〕断ち切ろうとしなかった。そして平王の治世四十九年にして少しも周室復興の志がないのを見て、ようやく望みを絶ったのである。そしてこれ以上を西周とし、これ以下を春秋としたのである。これを世道一変の機と言わずにおれようか。これこそ春秋の始まる理由である〔補2〕。

〔訳者注〕
(*1)具体的には第三論文の分義・名実・幾微を指す。
(*2)世道は世の中の習慣やあり方を指す。道徳的理念を込めて使われる場合が多い。
(*3)『史通』巻6の叙事に見える。孔子の歴史叙述は、堯典(『尚書』冒頭)に始まり、獲麟(『春秋』最終条)に終わるという意味。
(*4)文侯之命は『尚書』の一篇。堯の時代の堯典から始まる『尚書』は、春秋直前の文侯之命で終わる、という意味。『尚書』には秦の穆公を記した秦誓があり、文侯之命より時代が降る。しかし周室に関わる篇としては、文侯之命が最後の篇になる。
(*5)犬戎に殺された前の君主・幽王の報復をしなかったことを意味する。
(*6)文侯之命の言葉を踏まえたもの。『春秋或問』巻1隠公条にも同様の指摘がある。秬鬯(きょちょう)は黒黍と鬯で造った祭祀に用いる酒。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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