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『春秋学入門』5-1

サイトの方に改訂版を公開しました。改訂済みの訳文は『春秋学綱要』と改題し、こちらサイト本館)にあります。なおブログ掲載の訳文は、煩瑣を避けるため、補注を削除しております。ご了承ください。
○最終更新日:2009/11/01

第五論文

三伝の得失

〔総論〕

春秋を学ぶものは、三伝なくしては考究すべき術を持たない。しかし篤学の士は往々にして三伝を捨て去り、経文のみを解読しようとする(*1)。これでは相互に矛盾を生み、統一的な理解はできないだろう。

私はかつてこのようなことを考えた。――左氏は事に詳しく、〔公羊伝と穀梁伝、すなわち〕公穀二伝は理に深い。左氏はかつて国史を見たのか、事には詳しい。しかし理には不明なところがある。公穀二伝は経生(*2)の所伝に拠ったものか、理には深い。しかし事には誤謬が多い。だから〔左氏と公穀二伝の〕両者を併せ読む必要がある。しかし左氏は事を備えるとはいえ、まま事の実(*3)を得ていないものがある。公穀は理に通ずとはいえ、まま理の正に害あるものがある。これらは熟知しておかねばならないものである。

〔訳者注〕
(*1)いわゆる「三伝を高閣に束ね、独り遺経を抱えて終始を窮む」という韓愈の言葉を踏まえた発言。三伝を無視し、春秋経文のみを読んで経文の主旨を理解していこうとする宋代に流行した立場を形容したもので、肯定・否定のいずれの立場からも用いられる。
(*2)経学の先生(経師)から旧説を伝承した人々の意。
(*3)「事の実」は「事実」の意。事の実相、あるいは真実の謂。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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