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谷真潮の春秋論(2)

(追記:2010/02/06)
南学・秦山・崎門関係の記事はサイトの方に改訂整理しました。以下は拍手をいただいた記念に残しておきますが、間違いは訂正していません。
(以上、追記終わり)

前回の谷真潮の春秋論(1)で『北渓集』所収春秋を読んだので,今回はその短評をしてみようと思う。特に気の利いたことは言わないので,期待されても困る。まあ誰も期待していないだろうけど。

こういうと真潮に失礼だが,真潮の春秋論は基本的に朱熹の春秋学説の焼き直しなので,ほとんど見るべき所がない。朱熹よりも進歩していると思われるのは,真潮が渋川春海の天文研究を利用して,周正を天文学的に立証している箇所だが,真潮その人はあまりその点を強調していない。むしろ真潮が強調するのは,「春秋に一字褒貶説は存在しない」という理屈を,道義的に説明するところにある。そしてこの道義的説明による一字褒貶説批判は,宋代春秋学の帰結とでも言うべき理論である。随って真潮の学説は焼き直しになる。強いて評価するとすれば,宋代の春秋学説を理解できるまでに,真潮は研究を進めていたということだろうか。

では真潮はなぜ一字褒貶説を批判したのだろうか。これは彼が祖父秦山以来の朱子学者であることを考えれば,当たり前とも言い得る。では別の角度から,真潮の一字褒貶説に意味はあったのだろうか。もともと門外漢なのではっきりとは分からないが,この「意味」に関しては,少しく疑わしい気がする。

そもそも朱熹の一字褒貶説批判に意味があるのは,中国に於いて春秋学=一字褒貶説という地盤があるからである。春秋学=一字褒貶説であるにも関わらず,春秋学を語りながら一字褒貶説を否定した。ここに朱熹の学説の意味があったし,周囲の人間は衝撃を受けもしたのである。ところが日本に於いて春秋学といえば,ほとんど左氏伝の学問であり,一字褒貶説とは無縁の存在であった。もちろん知識として一字褒貶説はよく知られていただろう。現代の我々に於いてすら,春秋の筆法などといって一字褒貶説が知られているのであるから,江戸の当時は推して測るべしである。

しかし胡安国伝こそあるていど読まれはしたが,一字褒貶説の大元である公羊伝や穀梁伝については,わずかに羅山の訓点が残るのみで,他は絶えて存在しなかった。左氏伝の流行に比べて,日本に於いて如何に一字褒貶説的な春秋学が軽視されていたか,これだけからでも了解できる。

もちろん一字褒貶説的な春秋学を語るということは,取りも直さずそれは中国中心思想(中華思想)を是認することに他ならない。それも春秋学はあらゆる経学の中で最も中華思想を鼓舞する学問である。そして日本人は中華の人ではない。ならばそのような中華思想を鼓舞する一字褒貶説を好んで読まなかったのも当然といえば当然である。朱子学を熱烈に信奉した崎門の連中にして,春秋はあまり省みられなかった。春秋には朱熹の注解こそないが,新注系列のものに胡安国の伝があるのにである。彼らは春秋よりも,あらゆる歴史に適応可能な,朱熹の『通鑑綱目』の書法を取り入れ,『本朝通鑑』的なものを量産する。秦山にも『保健大記打聞』というのが存在する。

しかし中国で通鑑綱目』が編纂され,書法が提示されたのは,長い春秋学の研究成果である。そもそも書法とは,春秋の筆法に他ならない。ところが一旦その成果(書法)が生まれたとき,それを受容する人間は,春秋学的積み重ねなど問題とせず,ただその成果だけを他の歴史書に向けて利用する。要するに,日本では一字褒貶説的な春秋学的研究は無視されて,単純な歴史理論として『通鑑綱目』の書法が取り入れられるのである(歴史理論と書法とがどう結びつくのか,春秋学をご存じない人には分からないだろうが,結びつくのである。というか書法=歴史理論と言っても差し支えない)。

ならば真潮が春秋学の一字褒貶説を日本で否定してみせて,果たしてどれほど意味があっただろうか。極めて高踏的学際的な意味に於いては,これにも価値があっただろう。しかしそれが果たして日本の一般の学者に衝撃を与えるものであったかどうか,頗る疑問としなければならない。納得され,感心され,賛同され,称賛されることはあっても,恐らく宋代の春秋学で一字褒貶説が否定されたときの衝撃に比べるなら,真潮のそれはほとんど問題とするに足らないような衝撃しか与えられなかっただろう。

真潮の経学的な著作は,他にも詩と書に対するものがあり,特に書に対するものには神道を宗旨とした真潮らしい意見が窺える。客観的というわけではないが,日本と中国を相対的に捉えた論法が見い出せるのである。その真潮にして,春秋学に対しては,結局朱熹の亜流,中国春秋学の焼き直しに止まらざるを得なかった。もちろんこれは中国の春秋学が永久不変で,日本に於いてなんらの修正も必要としなかったから,そうなったわけではない。むしろ春秋学の牙城は神道をもってしても破れなかった,換言すれば,それほどに春秋は日本人の手におえぬ異質の存在だったのである。

もし真潮が春秋学を消化すればどうなっただろうか。それは真潮が中国の偉大さを追求し,日本の夷狄性を曝露するため,必死に書法を考究し,それを証明することになっただろう。真潮が神道を宗旨とせず,中華信者であっても,これは驚くべきむなしい作業である。春秋学には,中華人になるべき努力もなければ,可能性もない。それはただ中華の人間が己が中華の人間であることを確認するだけの作業だからである。

このような些細なところからも,日本人が春秋学を理解せねばならぬ理由が発見できる。自己にないものを理解しなければ,他者は理解できない。その理解がどのような理由によるものであっても。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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