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真潮の行状と遺事

(追記:2010/02/06)
南学・秦山・崎門関係の記事はサイトの方に改訂整理しました。以下は拍手をいただいた記念に残しておきますが、間違いは訂正していません。
(以上、追記終わり)

前に北渓行状と遺事はどうちがうんだ?という記事を書いたが,最近松山白洋(秀美)氏の「土佐歌人群像(十四)・谷真潮」(『土佐史談』45,S38)を読むことができた。この論文は谷真潮の生涯を詳細に論じただけでなく,既に亡失した史料を多く含むことから,真潮を知るには必ず参照を要するものとされている。その中に北渓行状と遺事について次のような記述があった。

真潮の学問や,歌道や,性格や,施政などの一面を知るには「北渓先生行状」「北渓先生遺事」の両書によるが一番捷径である。尤も行状と遺事とは双方書名を異にしてゐるが内容は同一の物が多い。今同書により当時学界の巨擘であり,政治家であり,歌人であり,武士であった人間真潮の横顔を素描せんとする。(原文旧漢字)



両書を実見した人の言葉である以上,行状と遺事は別物で,しかも重複が多いことに疑いを容れる余地はない。両書はなぜ重複があるのか,どのようないきさつで生まれたのかは不明だが,両書が別著であることはこれで分かった。こういう知識を書いておいてくれると,実際に書物を読めない私のような人間には頗るありがたい。久しぶりに先学のありがたさを身にしみて感じた。

それはそうと真潮にどれだけの著作があるのかを知りたかったのだが,こればかりは松山氏の論文も完備していなかった。山内文庫のものは吉崎久氏に『秦山書目』『谷秦山・垣守・真潮関係書目録』がある。特に後者は谷家三代の詳細な調査報告書だが,著作目録ではないので,真潮の著作を調べるとなるとまた話しは別である。

史料が全国に散っており,しかもなかなか利用に便がわるい(研究者でもないと見せて貰えないという意味)ので,近世前後の史料は基本資料を抑えるだけでも一苦労を強いられる。ところが中国の宋代あたりだと,稀覯本でもない限り,重要史料は公刊されているので,一度でも専門の研究室に身を置くとほぼ全てに触れることができる。やや奇異な感じもするが,とはいえ明代以後の史料は量が多すぎて,『続修四庫全書』や『存目叢書』でも全く完備し得ないわけだから,時代が近い史料の不便さは同じといえば同じなのかも知れない。

ここしばらく時間のあるとき秦山関係の資料ばかり読んでいたせいか,いちど高知に行ってみたくなった。どうこう言いつつ秦山に牽かれつつあることは確かなようだ。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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