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分野説

『秦山集』を読んでこのかた,少しずつながら関係論文やら何やらを読んではいるが,時間がないのはともかくとして,資料の閲覧が難しいのと私自身に研究蓄積がないのと相俟って,よく分からない点が多い。

その1つに分野説,やや広くして天人相関説がある。分野説は天体観測の必要上設けられた二十八宿(二十八の区分)を地上に当てはめ,天体二十八宿の性質によって該当する地上の運命(のようなもの)を決定しようとする考えである。つまり某々の地は天体の某々の宿に該当する,某々の宿は吉だ,では某々の地も吉だ,という考え方である。平たい話し,星座占いの地域版だと思ってもらえばいい。天人相関説は読んで字の如く,天と人とか相関しているという考えである。

この種の考えは,中国において,通念としては清朝まで残存したが,現実的には宋代以降あまり相手にされなくなり,分野説を直接根拠とした施政や軍事は,正常な政治状態のもとではなくなった。現代の日本人にしても,星座占いを強固に信ずる人はそう多くない。少なくとも国会議員が星座占いで政治や戦争をするとなると,ほとんどの日本人は反対するだろう。だから分野説の否定は,現代の日本人からすると頗る分かり易く,また受け入れやすい考えである。

ところが秦山はなぜかこの分野説・天人相関説をやたらと推している。彼は渋川春海からこの考えを得たらしいのだが,なぜ秦山は分野説をこうも簡単に信じられたのだろう。秦山は朱子学を修めた人物で,少なくとも朱熹に関するさまざまな学説(当時の日本に於いてだが)を研究している。秦山の論理構造や発想のかなりの部分は典型的朱子学者としてのそれである。しかもその朱熹は分野説などの天変もどきの学説には否定的である。

もちろん秦山にも言い分はあるらしく,彼によれば中国を中心に分野説を述べると間違いだが,日本を中心にすると,窮めて正しく,歴史的に見ても妥当なところが多い(つまり矛盾が少ない)という。渋川春海は貞享暦を作った人間であり,秦山もその天文学を受けた人間である。秦山はその詳しい天文観測技術を用いて,この分野説の正当性が立証されたと考えたらしいのである(『壬癸録』には天人相関説の矛盾も多く載せているが,全体的に分野説や天人相関説を信用していた節が見られる)。

まあ人間の常識というのはいい加減なものだから,もしかすると神様から見れば天文と人事は相関関係があるのかもしれない。しかしそれはともかく,中国思想の常識では,宋代前後で天文技術が高度化し,それにともない思想上でも分野説などの天人相関説が否定され,なんとなく通念だけ残り,近代に至り消滅する,ということになっている。ところが秦山の場合は,朱子学を受け入れ,さらに宋代よりも高度な天文技術を手にいれ,分野説を認めるという,逆転した結果に行き着いている。

秦山の研究書や論文には,秦山の分野説を激賞する向きもあるようだが(そもそも秦山の思想を研究している人間自体が珍しいが),私には秦山の分野説是認がどうにも気持ち悪いものに映った。当時に於いて最も「進歩的」な知識と思想をもつ人間が,それ故に最も「古代的」な知識と思想の正しさを確信するに至ったように見えて仕方がなかった。

恐らくこれは私の理解が足らないことから来るのであろうが,秦山についてはもう少し調べて見るつもりなので,なにか知見があればまた書いてみたい。


............どうでもいいがATOKは変換ミスが多すぎる。何回変換ミスすれば気が済むんだ。単語登録のせいもあるが,日常会話・ビジネス用語以外の言葉を使う人間には年々使いづらくなっている。高性能すぎるのも問題だなぁ。

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