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『李源澄著作集』全4冊

それにしてもこういう形で李源澄の本を読むことになるとは思わなかった。李源澄(1909-1958)は,清末から人民共和国初期まで生きた四川の学者で,廖平や蒙文通の弟子として知られている(蒙文通を先生とするかどうかは不明)。いわゆる晩清経学から民国時代の経学・歴史学の一齣を飾る人物で,当時(の四川)にあってはそれなりの名声をもっていたが,不幸にも大陸で「反動分子」扱いされた。最近になってようやく四川で再評価され始めた。著書に『経学通論』『秦漢史』『諸子概説』『李源澄学術論著初編』などがある。

かつて私は廖平の学問に興味を持ったことから,廖平思想の顛末を知るべく,その弟子達の著作を読みたいと思っていた。廖平の弟子の中,最も有名な蒙文通は全集も出版されており,著作を読むには苦労しなかったが,当時四川で活躍していたらしいこの李源澄は,名前こそ出るものの,著作については残念ながら読めなかった(日本でも一部の大学には所蔵していたが,ツテがなかったので諦めていた)。それがこのような形で読めるとは,予想外の出来事であり,また感動だった。人間長生きするものだ。

この著作集の構成は以下の通り。
  • 第1冊:『経学通論』『秦漢史』『諸子概説』
  • 第2冊:『李源澄学術論著初編』,経学及経学史
  • 第3冊:哲学思想,政治及政治制度史
  • 第4冊:社会史,経済史,雑著,附録(伝記一覧)
この『李源澄著作集』(リンクは東方書店)は李源澄の著書と学術誌掲載論文を網羅し,かつ第4冊に豊富な伝記資料を付したものである。なお第4冊は附録が半分以上を占めている。本文の文字はやや大きめでゆとりあるレイアウトだが,眉をひそめたくなるような「ゆとり」加減ではない。大陸の理学叢書より少し余裕がある程度だろうか。だから四冊なのも「ぼったくり」ではないと思う。2008年11月,林慶彰・蒋秋華主編で,中央研究院中國文哲研究所から「民国以来経学研究計画」研究成果の1つとして発刊された。

一通り説明しておくと,民国時期の中国は晩清経学と近代的学問との間にあって複雑な学問を生み出した。例えば李源澄の四川関係でいうと,晩清経学の代表的経学者の廖平は最後まで経学者ではあったが,経学世界から歴史学的な視点を導くことに成功した。そしてその成果は弟子の蒙文通に受け継がれ,風土と進歩史観・民族学を加えた近代的な歴史学に結実した。つまりこの時期の経学・歴史学は,王朝時代の学問から現代の歴史学に向かうための一過程として捉えられるのである。ただしこの学問は大陸では長続きせず,例の如くマルクス主義の台頭によってああいう結果に了った。

しかしこの民国時期の学問は,現代の歴史学を生み出したという歴史的な所にのみ存在するわけではない。この時代に生きた人間は,伝来の経学世界と歴史学の両者に脚を踏み込んだ人間である。特に顧頡剛のような疑古派にならなかった四川の学者は,穏当ゆえに保守的であり,歴史学を基調としつつも,その一部に経学世界を保持したような学問を展開した。それ故に彼らは単なる歴史学者でもなく,もちろん経学者でもなかった。少し大げさに言うと,彼らは歴史学とは何であるかを,常に研究し続けていた/続けざるを得なかった人間たちであった。ならば歴史学の無価値が叫ばれる昨今,蒙文通らの学問は,歴史学の本来的意味を探る上でも,あるいは歴史学を否定する意味に於いても,極めて価値ある研究テーマと言えるのである。

まあそれはともかく,今の私にはそのような大きな問題を解明する実力はないので,とりあえず以前から読みたかった『経学通論』を読むことにした。『経学通論』,新装版の本書でわずか71ページの小著であるが,少なからず価値ある発言があった。

『経学通論』は,自序,1論経学之範囲性質及治経之途径,2論経文,3論経学流変,4論今古学,5論唐修五経正義以前之経学,6論宋元明経学,7論清代経学,8論読易,9論読尚書,10論読詩,11論読三礼,12論読三伝の12篇から成っている。晩清経学の影響を受けつつも,ある程度それとは距離を置きつつ論じたものだが,宋明の理学にはあまりページは割かれていない。推して著者の意を察すべきものがある。

各篇を簡単に説明すると,1は論題の通り,2は経文の発生由来,3は漢代から清代までの経学史,4は今古学の説明だが,廖平の学説を容れて,今文・古文と今学・古学を区分しているのは李源澄の学の淵源を察するに余りある。5は六朝以前の経学,6は唐代中期以後のそれ,7は清代のそれ,8~12は各経書を時代的特徴を混ぜながら説明したもの。3以後は経学史に属すテーマで,まま「清人の所謂徴実は,故書に徴しただけで,事実に徴したものではない」などの立派な視点も垣間見えるが,紙数の制限からか,ダイジェストの感をぬぐえない。これなら元明以前の経学は皮錫瑞で,清は梁啓超や銭穆の本を読んだ方が勉強になる。2(および3・4)にしても,それこそ『周予同経学史論著選集』の今古学の説明を読んだ方が詳しい。要するに,本書は経学史の流れを知った人間が,新しい知識を得るためではなく,別の視角を得るために読むべき本と思われる。

なお本書には多くの引用文が見えるが,特に廖平と蒙文通,龔道耕(後述)の引用が多い。また廖平には「師」(師匠の意。日本語の「先生」の語感に近い)を,蒙文通などの自身の関係者には「先生」(日本語の「さん」に近い)を記し,他は敬称が略されている。これらからも李源澄の学統の重きを知ることができる。私は最近この手のかき分けに好意的だったりする。以前は見ただけで嫌悪感を覚えていたのだが,人間の考えは変わるものだ。

さて本書の価値は言うまでもなく1にある。李源澄は経学を史学(歴史学)の下に置くことに反対し,独立の別分野とすべきことを主張している。この点は蒙文通と異なる。李源澄によると,経学は哲学であると同時に宗教(神学)である,換言すると史学であると同時に子学(諸子百家の)である。経学が単なる歴史学でない以上,歴史学の下に置くのは間違いだという。ただし李源澄は,経学が現在に生き続けるには,漢学や宋学の糟粕を嘗めても意味はなく,新たに生まれ変わる必要を説いている。その方法として,治経,治経説,経学の各時代の中国文化に対する影響の3点を研究する必要を説く。治経は経文(歴史学としてではなく経学としての)の意味の解明を,経説は重要な経学説それ自体の意味の解明を意味する。

李源澄の論述は,経学の独立性を重んじつつも,全体的に歴史学的な傾向を感じさせる。あるいは所謂歴史的には,経学を歴史学の一分野として扱った当時の風潮があったにも拘わらず,あえて経学の独立性を主張したところに価値があったというべきなのかもしれない。経学が歴史学と異なることは言うまでもないことだが,経学がなくなった現在となっては,過去の遺物を探る意味で経学を扱うので,経学は歴史学の一部となる。しかし李源澄のように経学を現在のものにしようとすれば,当然ながら歴史学の外に出さなければならなくなるだろう。李源澄の発言は自明のものであるが,経学(経学史ではなく)の復活を企図する場合,あるいは私のように経学を歴史学から脱却させる方法を考える場合,無視できない重みをもっている。この明白な主張を改めて確認できたことだけでも,本書を読む価値はあった。


ちなみに本書には「龔先生」なる人物が頻出する。はじめは龔自珍かなと思っていたが,章太炎の後の人間なので,そのはずはない。では誰か。断定はできないが,恐らく龔道耕なる四川の学者ではないかと思う。同氏は夥しい経学著作があったらしいが,李源澄が多く引くのは恐らくその『経学通論』(同名)だと思われる。刊本があるらしいが未見。そもそも日本に輸入されたのかさへ不明である。龔道耕ついては,舒大剛氏に詳細な論文(一位不該被遺忘的経学家-略論龔道耕先生的生平与学术-/忘れてはならぬ経学家-龔道耕先生の生涯と学術-)がある。舒氏は四川で活躍されている著名な学者である。

以上。久しぶりに良い本を読んだ。

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